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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第103回   真実〜外伝4 月影の晩に〜
 静まり返った亡国の民はクーリヤの発言を信じられず、誰しも茫然自失で立ち尽くしていた。中には城の召使もいたのだが、怯えて悪魔でも見るようにクーリヤを窺っていた。
 一人トモハラだけが朦朧としながらも、それでもクーリヤへと足を伸ばした。いてもたってもいられない、トモハラにとって、マローは心の底から大事な人だった。
 自分などより、マローにこの場に居て欲しかった。

「マロー姫様は? マロー姫様は?」
「動くなトモハラ! まだ本調子じゃないだろ!」

 必死に押さえるミノリを振り払って、トモハラは進む。何故、自分が生きているのか。マローはどうなったのか。生きている自分がいるならば、マローを捜し出さねばならないという使命感だけが、トモハラを突き動かしている。
 強靭な精神力だからこそ可能だ、おそらく他の人間なれば、このように動き回ることすら出来ないだろう。だからミノリは思った、もし先日トモハラが起きていたならば、自分に代わってアイラの前に立ったのではないか。マローでなくとも、アイラを護っただろう。騎士として、マローの大事な姉と知って、そして”人として”。
 何もかも、全て幼馴染のトモハラには完敗だ。マローへの想いは本物で、自分とは違っていつまでも美しく輝き続けるだろう。堅実の親愛、純粋な願い。幼馴染が眩しく感じられたミノリは、自嘲して口元に笑みを浮かべる。地面を見れば、影が嗤った気がした。夕日に照らし出された伸びている影が、愚かで儚い自分に見えた。
 歯軋りしながら近寄ってくるトモハラを一瞥し、クーリヤは静かに口を開く。トライにはほぼ解っていたことだったが、知らなかったのは、疑わなかったのは民だ。先入観なしで双子姫を見つめていれば、どちらか繁栄かすぐに理解出来たことだと、トライは思った。

「あの日。姫様方が産まれた日、女王様は最期の御力で私にのみ、本当のことを話されました。『皆に伝えたことは”逆”、緑が繁栄、黒が破滅』だと、こう仰られたのです」

 静まり返るその場に「どうしてそんなことを」と思わずリュイが呟いた。無論、解ってはいたが言わずにいられなかった。

「緑の子を護る為に。こうして破壊の黒の姫君が攫われても緑の姫様だけは、アイラ姫様だけは取り残されると確信していたからです」

 あの日。
 雪降る凍える夜。参謀にのみ、女王が伝えた真実。
 六人で他言無用としたにも関わらず、城内は愚か国民までも、そして他国にまでも広まった双子の話。全て、クーリヤが流したのだ。他の五人は守った、守秘していた。だから、何故広まってしまったのか五人には判らなかった。しかし、誰かが裏切っているとは考えたくなく、また言い出す勇気もなかったので誰も問う事はなかった。見てみぬ振りをしたのだ。
 まさか参謀のクーリヤだとは、夢にも思わなかっただろう。
 未来の女王であるアイラを護る為に、立派な女王に育てる為にクーリヤはアイラに本を贈った。自ら指導したかったが、それでは誰もが不審がるだろうと断腸の思いで、懸命に耐えた。
 アイラが一人で居る時、何度抱き締めたいと思ったろう。部屋に閉じ篭り、出てこられないアイラを何度連れ出そうと思っただろうか。けれども、それではアイラの為に、強いては未来の為にならない。
 童話に混じって、城内の見取り図、他国の勢力図、歴史、魔法の使い方、植物の育て方に種類……無論、帝王学。知識を与えるべく代々伝わる本を、ひっそりとアイラに送り届けた。
 アイラは疑うことなくそれを読み耽っていた、ゆえに、城内に詳しく、薬草にも詳しく、虐げられていたからこそ、民の痛みが解った。成長したアイラを見て陰から涙するクーリヤを、誰かが目撃していたならば。
 ベルガー王子だけは最後まで双子を疑っていた様子で、逸早く気付いていたクーリヤは手から逃れる為に一人随分と前から身を潜めていた。
 アイラを、信じて。未来の女王の素質を信じて。
 繁栄の予言の緑の娘ならば、誰にも穢される事なく、今から始まるであろう虐殺の中でも生きていけると願い。
 あとは行動を起こした二人の浅はかな王子に、破壊の妹姫を連れて行かせ、姉姫を保護すれば。……それだけでよかった。
 まさかここまで大規模な破壊をしていくとは思わなかったが。
 クーリヤは唖然としているミノリに視線を移す、心底残念そうに。

「アイラ姫がこうして繁栄の姫だと知る前に。呪われた姫でもそれでもアイラ姫を愛してくれていたならば、たかが一階の騎士であれとも、アイラの夫としてもよかったのですよ」

 赤面するミノリ、自分に言われたのだと解った。恐ろしくてクーリヤを見る事が出来ないが、明らかに自分に侮蔑の台詞を投げかけている。
 自分は騎士ではなく王子になりたいと願ったが、騎士でもアイラ姫の傍に居てもよかったのだ。……自分が、あの日姫を裏切らなければ。
 ミノリは震えながら落胆し、地面に倒れ込む。リュイが気遣うように隣に立ったが、情けない自分を誰にも見られたくなくて、起き上がれない。「誰かこの場で殺してくれ」と叫びながら、恥じて嗚咽を漏らす。
 一瞥し、クーリヤは続けた。

「女王の専制国家ですから、夫の血筋は望みません。アイラ姫を見極め、愛した人物であるならば、ね。そこでお願いです。
 ラファーガ国唯一の生き残りである騎士・トモハラ。
 水の国ブリューゲルの王子・トライ様。
 風の国ラスカサスの皇子・リュイ様。
 大地の国の偉大なる女王となるべく生まれたアイラ姫様の救出を願います、無事に救出して戴いた方には、夫となる権利が御座います。産まれる御子は、間違いなく覇王。どうかどうか、アイラ姫をお助け下さい」

 騎士からミノリが外された、名指しされたのはトモハラ。地面を掻き毟るミノリだが、どうにもならない。あの日、あの日にさえ時間が戻れば今度は間違いなくアイラを庇うのに、と爪で地面を引っかき続ける。そうしたら、今名前を呼ばれていたはずだった。
 堂々とアイラに求婚してもよかったのだ。
 ミノリは、あの日自らその資格を放棄していた。時間など、戻す事は出来ない。

「誤算がありました。皆の先頭に立ち導く力量があれどもアイラ様が、まさかお一人でマローの救出に向かうだなんて。”あれ”は捨て置けば良いのです」

 ”あれ”?
 耳にした途端、迷わずトモハラはクーリヤの胸倉を掴んだ。トライが剣を引き抜きかけた、リュイが思わず足を踏み出した。
 皆それぞれ激怒している、当然だろう。言いたいことはあった、が、トライはトモハラに任せて剣を震える手で押し戻す。あまりに身勝手な目の前の参謀に、腸が煮えくり返る。

「今、何と? マロー姫を何と!?」
「騎士、トモハラ。解ったでしょう、貴方が護るべき姫はアイラ姫。気付いていたでしょう、優しく恩恵を誰にでも振りまくアイラ姫を。マロー姫の魔性に惑わされてはなりません、あれは破滅の」
「国の参謀様でも、言っていいことと悪いことがありますっ!」

 殴りかかったトモハラを、観念したようにトライが押し留めた。流石に老女を殴ることだけは止めさせたい。仮にも、騎士なのだから。
 暴れるトモハラを引き摺る、一人では力が足りずにリュイも必死に押し留めた。流石のトライも顔を引き攣らせる、まさかここまでの力があったとは。伏せていたとは思えない腕力は、愛しい人を侮辱されたから。その力が、トモハラのマローへの愛を証明している。

「俺は! マロー姫様の騎士です! 護るべきはマロー姫、愛するのはマロー姫、俺が必ずマロー姫を救出します、呪いの姫など知ったことではありません!」
「いけません、トモハラ。貴方の正義感はラファーガ国を創るに相応しいのです、アイラ姫の夫となりなさい」
「俺は! アイラ姫様は尊敬しますが、愛するのはマロー姫ですから! 愛する姫君以外、夫になる気はありません!」

 トモハラの絶叫。二人掛りで抑えていても、今にもクーリヤに剣を抜きそうな勢いである。
 トライは不謹慎だが、微笑した。愉快そうに笑った、徐々に大きくなる笑い声に、怪訝にトモハラも動きを止めてトライを見上げる。

「よく言った。トモハラ、気に入った。ついて来い、二人の姫君を救出する」

 マントを翻し、トモハラを解放したトライ。皆にわざと聴こえるようにそう言うと、剣を抜きかけたトモハラに微笑する。一瞬だけ、クーリヤを汚物でも見るような視線で哀れむ。

「そんな卑劣な老婆を斬ると、お前の光る剣が台無しだ、”それ”は”捨て置け”」

 リュイがトモハラの肩を叩く、我に返りトモハラも震える手で剣を離し、憎々しげにクーリヤを見つめる。口を噤むとトライの後をふらつきながら、追った。怒りで我を忘れたが、人殺しをしてはいけなかった。それでは、あの王子達と同じになってしまうからと、懸命に未だに怒りを沈める事ができない左腕に爪を突き立てる。
 そんなトモハラだが、不自然な歩き方にトライが不審に思った。脚がふらついている、ということよりも、何か前を見ずに視点がずれていたからだ。

「お前」
「目が。目を、トレベレスに斬られました。微かにしか……視界が」

 盲目ではない、瞳は傷もなく光っているが、視力が格段に奪われていた。ようやく、トモハラはここで今の自分の状況を皆に話した。近くなら見えるのだが、今も振り向いたトライの姿は、おぼろげだ。致命的な、損失である。
 それでもミノリは息を飲んだ、あの状況で盲目ではないなど、ありえないだろう。瞳を斬られたトモハラを間近で見たのはミノリだ、失明していて当然だと思っていた。
 それは、アイラのお蔭。アイラの看病と治癒魔法の賜物だった。懸命にあの日、自分とトモハラを救出したアイラを思い浮かべると、地面に伏せっている自分が本当に腹立たしい。
 ミノリは立ち上がった、自分も行かなければ、謝らなければ。ようやく、瞳に光が戻ってきた。トモハラのマローへの想いに負けてはいられない。アイラに、謝罪しそして感謝しなければいけない。それが、今自分が出来る事だった。それしか、なかった。

「トライ王子! 俺も、俺も一緒に!」
「腑抜けた騎士は、必要ない」
「もう一度、もう一度俺に! せ、折角忠告してくれたのに、俺は」

 土下座したミノリを、トライは冷めた瞳で見下ろす。

「あぁ、謝るな。オレがイラついているのはお前の下卑た本質を見抜けなかったオレ自身にだから、な。気にするな」

 トモハラは視線を細めて土下座しているミノリを見ていた、困惑気味に会話を聴いていた。
 トモハラは、アイラにミノリが叫んだ言葉を知らない。もし知ったなら今この場でトモハラがミノリを斬っていたかもしれない。
 屈辱感、だが、それは自分が犯した罪故。ミノリはそれでも地面に額を擦り付けて、必死に願う。
 呪いの姫君だと知っても、マローを愛していると叫んだトモハラ。瞳に光が消えていても、伏せっていた身体で起きたばかりにも関わらず、必死にマローを探したあの熱意と想い。
 嫉妬心を抱いた。自分にもあれくらいの想いがあれば、アイラを……護れただろうに。いっそのこと、瞳を斬られたのが自分であればよかったのに。

「ミノリ?」

 トモハラに声をかけられ、引き攣ったミノリ。震えながらそれでも、トライに土下座をしたままだ。
 重苦しい溜息一つ、トライは私兵達に出撃の準備を伝える。

「母上に毒を盛った指示者が、トレベレス。十分戦争を仕掛ける口実だ。証拠の品も手に入れた」

 指示した書簡に、偽者の書簡、指示されていた書簡には間違いなくトレベレスの印がある。動かぬ証拠だ、言い逃れなどさせない。これを捜し求めて、トライは何度アイラのもとへと戻りたい願望を振り捨てた。

「僕も、私兵を殺され。もしかしたら妻となっていた姫君の国を滅亡に追いやった者達ですからね、口実は出来ています」

 街中にある剣や弓矢、それらは形や創りで何処の国かを示してくれる。
 大規模な戦争が始まる。発端は双子の姫君。土の国の魔女が産み落とした、麗しい姫君達。

「マロー姫を捕らえたのはトレベレスとベルガーの二人だ、国を潰す前に姫達を救出する」

 トライの一声に、皆が歓声を上げた。民の瞳に、この他国の王子がなんと雄雄しく見えただろう。「救世主だ!」と口々に呟き、崇めて涙する民。

「もはや、光の国フリューゲル、火の国ネーデルラントのどちらかは災難に見舞われますよ。マローの……呪いの姫君の子の父親に、どちらかがなっているでしょうから」

 そんな中に、凛と響いたクーリヤの声。
 瞬時に、トモハラが絶叫した。
 攫われた、ということは、そういうことだろう。腹の底から込上げる吐き気、憤怒、憎悪、殺意。
 自分の不甲斐無さも加わってトモハラは宥めるリュイの片割ら、自身の頬を何度も殴った。

「姫が! 姫が攫われてから一体どのくらい月日が?」

 トモハラの問いに、民の一人がおずおずと進み出る。

「ほぼ、二ヶ月です」

 二ヶ月。
 マローがどのような扱いを受けているのかそれが恐ろしい、あの笑顔が泣き崩れていたらどうしたらよいのだろう。トモハラは嘔吐し、どうしようもない怒りで身体を震わせる。

「アイラ姫が一人で旅立ったのが、約半月前」

 ぼそ、っとミノリが呟いた。途端、トモハラがミノリの胸倉を掴む。

「どうして知ってるんだ!? ミノリ、お前一緒に行かなかったのか!?」

 口走った瞬間、ミノリに焦りが走る。
 トモハラにだけは騎士として最低な行為をした自分を、知られたくなかった。尊敬する親友の、汚点になることに怯えた。
 唇を噛みながら揺さ振られているミノリを、リュイに止められたが渾身の一撃で殴りつけたトモハラ。
 吹き飛び、低く呻いたがミノリは立ち上がった。地面にそのまま倒れ込んでいたほうが楽だったが、死に物狂いで立ち上がると再びトライに土下座する、もう、間違わないように。

「どうか、どうか! 俺も連れて行ってくれ!」

 トライは無視し、発つ準備を始めている。視線すら投げかけない。リュイだけが気の毒そうに見ていたが、トモハラも腸が煮えくり返っているのか声をかけなかった。
 知っていたのに止めなかった、後を追わなかったことが、何を意味するのか。
 そしてミノリのあの謝罪、何が半月前に起きたのか、トモハラは知りたくもなかった。二人で誓ったではないか、語り合ったではないか。姫への想いはどうなったのだろう。
 トモハラには理解出来ない、使命感を折ることない真っ直ぐな性分だ。劣等感と期待に押しつぶされたミノリの気持ちは、汲み取れなかった。

「噂では、両国の境に不自然な建物が数ヶ月前に建設されたとのことだ。警備が厳重な塔の四階に、黒髪の少女が捕らえられていると。塔に立ち寄る馬車には某両国の紋があり……」

 トライの淡々とした説明が始まる、地図をリュイと見つめながら剣を握り締める。

「アイラがその場所へ辿り着けるかどうかが、問題だ」
「俺は! 一人でその場所へ行く!」

 トモハラが喰いかかるようにトライににじり寄った、アイラ優先のトライとリュイとは行動を共に出来ない。マロー優先なのは、トモハラ唯一人だ。

「ほぼ盲目のお前が単身乗り込んでも、殺されるだけだぞ」
「それでも! マロー姫が今にもどんな辱めを受けているか」
「助けたいのなら、お前が死なずに救出しろ。無下に命を散らすな、たわけ」

 大声のトモハラに、匹敵するトライの咆哮。
 静まり返る皆、トモハラもその言葉にアイラに言われたことを思い出していた。
『護り抜くと誓うなら、トモハラ、貴方自身も死なないで下さい』

 そうだった。死んではいけないのだ、確実にマロー姫を救出するまでは。

「安心しろ、マロー姫も必ず救出に向かう」

 落ち着かせるように、大人しくなったトモハラにトライは視線は送らず声だけかけた。民達は息を飲んだが、歓喜に打ち震えながらトモハラは深く礼をする。

「なりません、トライ王子。救出はアイラ姫様だけで良いのです」

 クーリヤが杖をついて諦めずに歩いて来ていた、なんという執着だろうか。呆れ返ってトライは視線を参謀に送る、冷ややかに睨みつける。

「アイラが幾ら利巧で偉大で、絶大な力を持とうとも。元側近がこのように他人の命を軽んじていてはラファーガ国も落ちぶれたもの。女王とてそうだ、我が子をそこまで勝手に運命の渦に引き込むか? 他に手立てはあったろう、最初から同等に育てるべきだったろう。そうすれば、他国に一方的にここまで攻め落とされることもなかったろうに。時が来れば、どちらかが補佐について女王を全うしたのではないのか」
「愚弄するか、女王を! 栄華の繁栄を誇った偉大なる女王を!」

 老婆とは思えないクーリヤの一声だった、流石は参謀か。あまりの気迫に騎士達ですら後ずさった、まるで物の怪でもとりついているようだ、と。女王の霊魂がしがみ付いているのではないか、と。
 しかし。

「馬鹿らしい! 民をここまで追い込み、騎士達を全滅に導き、二人の姫君を手放したのはお前と女王! これの何処を誉めろと? オレはアイラ姫を娶りたいが、こんなふざけた国の王になどなるつもりはさらさらない! 民は気の毒だ、だが、民とて噂に翻弄され愚かの極み。アイラは、こんな国に置いてはおけない!」

 そこまで妄信的に信頼していた女王ならば、皆から称えられる女王の力が真実であったならば。
 他に回避出来る道を、参謀に伝えたのではないのか。双子姫を、母親の愛を持って導けたのではないのか。
 しかし金きり声を上げるクーリヤに、もはや言葉など通じなかった。発狂したのだろう。
 クーリヤから、徐々に人々は離れていった。血走った目で言葉にならない声を上げている、ただの哀れな老婆がそこにいる。 

「クレシダ!」

 トライが愛馬の名を呼ぶと颯爽と跳ぶ様に駆ける、俊敏な馬が現れる。リュイが軍を整え、指揮官として馬に乗ればトライもクレシダに跨る。

「指示通り! 国へ戻り、兄上達に増援の願いを」
「はっ!」

 先にリュイの一声で一隊が駆け出す、それは本格的な戦争の知らせだった。

「来い、トモハラ」

 トモハラの腕を掴み、クレシダの後方に乗せたトライ。

「クレシダは、最速の馬だ。お前を乗せることで若干落ちるだろうが、盲目に等しいお前では一頭与えると足手纏い。瞳が慣れれば自分で馬に乗るが良い」
「はい。有り難く思います」

 姫君の為に、最善を尽くす。トモハラはトライの意見をすんなりと受け入れた、トライの後方でトモハラは固く目を閉じ、少しでも視力が回復するようにと願う。
 トライは次に未だに這い蹲っているミノリへと視線を移す、溜息を吐いて肩を竦めた。なんと貧相な騎士だろうか、震えながらも未だに土下座しているミノリは数ヶ月前剣の手ほどきをした男とは別人のようだ。
 トライの私兵達は、その無様な姿に含み笑いを漏らしていた。民からも、指差されている情けない男だ。
 けれども、軽く私兵を睨みつけトライは呟く。

「オフィを出せ」

 その声に我に返り、トライの私兵は慌てて咳をすると駆け出す。
 その一声に連れてこられたのはまだ幼い、純白の馬。クレシダよりも二まわり程小さな、それでも筋肉が逞しい馬であった。

「乗れ、ミノリ。二度はない」

 唖然としていたミノリだが、直様泣き顔でオフィ、と呼ばれた馬に跨る。

「クレシダやデズデモーナより幼いが、今後期待できる愛馬だ。名をオフィーリア。気に入らない者は容赦なく地面に叩き落すから注意しろ」

 冗談か本気か、トライの表情からは判らないがミノリは必死で祈った。アイラ姫を助ける為に、足手纏いになりたくないから、助けてくれ、と。オフィーリアに必死に訴え、背を撫でてから跨る。
 オフィーリアは、ミノリを落とさなかった。軽く身じろぎしたが、頷いた気さえした。
 込上げてくる感謝の気持ちを、どう表して良いのだろう。トライの懐の広さに屈服し、ミノリはただ心で感謝を述べる。これが最後の好機だろう、恩に応えようと誓った。

「問題はアイラの馬だ。デズは……クレシダより速度は落ちるが上等の軍馬。おまけに賢い。あれにアイラの知識が加わると、間違いなく目的地に確実に到着出来る。与えたのは吉と出たのか、凶と出たのか」

 太陽の昇り具合、星の位置、世界の地図が頭に入っているであろうアイラは、何処へでも行けるだろう。デズデモーナ、という最強の相棒がいる。
 何処へ行くかが問題だ。マロー姫の捕らえられている場所さえ判明すれば、確実にアイラはそこへ行くだろう。その情報を手に入れるかどうか、そこが解らない。

「両国に探りを入れろ! 商人を偽り歩兵の半数は二分し両国へ入れ! アイラ姫の情報を掴めば伝令を送ると共に救出へ! 援軍も要請する」
「はっ!」

 アイラが情報を手に入れていた場合、向かう先はマローが幽閉されている、塔。
 トライは、空を見上げた。リュイが、風を感じた。
 何度も思案したが、これしか思いつかなかった。アイラならば、やり遂げている気がした。二人は顔を見合わせて、頷いた。

「……塔へ向かう」

 トライの一言に、トモハラは感謝した。マローのもとへ真っ先に向う事が出来る、今は自分が出来ることを、と視力が回復するように願い続ける。
 こうして。二人の姫君を救出すべく、二国が動いた。

 トライとリュイは数人の兵を残していったので、街の復旧は以前に増して進んだ。
 人々はアイラに石を投げつけたことを恐れ怯え、深く悔い、夜星に向かい誰が言うわけでもなく皆懺悔を始めていた。
 そして、妹姫の安否も願った。可哀想な妹姫、誰もが無言でそれでも祈る。呪いの姫であると判明したが、祈り続けた。
 発狂したクーリヤは、簡易な牢に入れられた。人々は叫び声を恐れて、近寄らなかった。今回の惨劇の発端であるのだから、当然か。

「おぉ、おぉ! 女王よ、ラファーガの偉大なる女王よ! 私のしたことは間違っていましたか!?」

 女王は数年前に死んでいる、答えはない。牢屋から叫ぶクーリヤの声を、誰も聞き入れなかった。

 双子の姫は、魔性の姫君。近寄る男を虜にし、戦乱を撒き散らす。
――姉が勝てば、繁栄の国家を創る子が産まれるだろう――
――妹が勝てば、滅亡へと導く子が産まれるだろう――
 光と影は、紙一重。国が大きくなるということは、消える国が出るということ。混乱と殺戮の末に出来るのは、新たな国家。
 ”全てを一掃し、新たな国を創り上げる”

 偉大なラファーガ国の女王は、全魔力を振り絞り、神聖なる森で祈りを捧げた。自分の魔力は最早無きに等しく、近年勢力を伸ばす他国から自国を護る為に最後の力に賭けた。
 森で願ったのは、絶大な魔力を秘める次期女王。
 その父親は今となっては解らない、人か、精霊か、魔物か、神かも解らない男。森で出遭った男により身ごもったのは、双子。
 女王は、激震した。腹から湧き出る、膨大な魔力。間違いなく、脅威の魔力を秘めた子供だった。だが、それは二つ。腹からの波動に青褪めた、双子だと知ったからだ。
 女王は焦った、自分の魔力を超える双子が腹に居るのだ。おまけに、聖か邪か、どう出るか解らない。古来より、双子は忌み嫌われている。
 産んで良いのか女王は狼狽した、しかし、もはや神通力もなく答えが出ない。
 焦った女王は、再び森に出向く。そして、森で声を聴いた。
 間違いなく、それは”声”だった。
 木々のざわめきで最初は聴こえなかったが、”神の声”だった。
 風で泉の水面が荒立ち、木々の枝が音を立てる中、必死で女王は声を聴いた。信ずるべき”神の声”だと、疑わなかった。

 それは。
 後に解る、いや、誰も気付かないかもしれないが。確かに”神”の声だった。だが、聴いてはならない”神”の声だった。
 だから、風が邪魔をしたのだ、女王に声を聞かせないように必死で声を掻き消すように荒れた。木の葉を揺らして、聞かせまいと懸命に吹いた。
 それを魔力を失った女王は勘違いしたのである、神の降臨だと。魔力を失った女王に、神の声など聴こえない。
 吹き込んだのは、神にして、神にあらず。
 もし、普通に双子が産まれていたならば。
 忌み嫌われる双子の片割れは、慈愛に満ちた人の手に渡り、街でひっそりと暮らしたろう。もしかしたら、それは一般人として暮らしたかもしれない。そうすれば、一般人の子供達と共に過ごせたかもしれない。
 その街には、トモハラとミノリという子供がいた。街へ送られた片方の姫は、どちらかと出会っていただろう。
 姫として育てられることになった片方は、美しさゆえに吐いて捨てるほどの求愛を受けただろう。やがて、トモハラとミノリのどちらかが、姫に惹かれて騎士になったろう。
 騎士が、姫と民になった姫を繋ぐ。同年の四人は、地位など関係なく過ごせただろう。
 それは、どちらがどちらでも構わなかった。繁栄も、破滅も、関係なかった。
 ただ、二人が巨大な魔力を所持している、というだけのことで。
 そう、魔力を失った女王が聞いた声こそが。まさに、破滅への声だった。
 その”声”に抗える人物は、唯一人。
 彼女は、一人で抗う。今も抗っている。繁栄と破滅、身に覚えのない謂れを受け、それでも抗う。愛する妹を助ける為に、民を導く為に。

 キィィ、カトン。


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