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作品名:白い風船 作者:把 多摩子

最終回   1
 ふぅわりと、白い風船が揺れている。
 寂しそうに、ぽつん、と揺れている。
 マンション建設が不況で中止になり、荒れ果てた空き地の中央で揺れている。
 空き地は”立入り禁止”の柵で囲まれている、しかし簡易な柵の為好奇心旺盛な子供達ならばくぐって入れるだろう。ただの、一定間隔に埋められた木の杭に黄色と黒色の注意を促す紐が結んで囲ってあるだけだ。そして、手書きで書かれた貧相なプラスチックのプレートに、赤の油性マジックで”立入禁止”とだけ記されている。
 白い風船は、その中で揺れていた。雑草が生い茂っているが、まるで風船の花が咲いているかの様にひょっこりと顔を覗かせている。
 風に、ふわふわと揺れながら。

 気がついたら、その白い風船の隣で赤い風船がゆぅらりと揺れていた。
 白い風船と赤い風船、花のように風に揺られていた。
 寂しそうに揺れていた白い風船は、赤い風船が傍にあったので寂しそうには見えなかった。並んで寄り添うようにして、揺れていた。
 
 いつの間にか、赤い風船が四個になっていた。 
 白い風船の周囲で、ゆらゆらと揺れている。空気が足りないのか一つは今にも地面に落下しそうだった、酷く弱々しい。
 反面、白い風船は妙に張りがあって元気があるように思えた。空気を入れたての様に、ピンとゴムが張っている。
 五個になった風船は、通り過ぎていく人々の目を愉しませていた。大人達は『そういえば子供の頃、風船に”花いっぱいになぁれ”と花の種をつけて飛ばしたこともあったな』と懐かしんだ。
 多分あの風船達も何処かの子供達が花の種をつけて飛ばしたものなのだろう、いつまで空き地か解らないが、花で埋め尽くされれば良いのに。
 早朝のジョギング中に、慌しい通勤途中に、主婦達の井戸端会議中に、日光降り注ぐ炎天下に、赤く染まる夕暮れの空の下に、薄暗い街灯で照らされる暗闇に。通りすがる人々は、そう思って顔を綻ばせた。
 幼い頃の、胸がわくわくする楽しい思い出だ。

 暗闇に不気味に光る幾つもの赤色ランプと喧しいサイレン音に、近隣の人々は震えた。まさかこんな小さな街で事件が起きるとは思っていなかった。閑静な街は、ある日を境に一変した。
 幼い子達を狙った誘拐だろうか、快楽殺人犯がやってきたのだろうか。
 幼稚園、小学校に通う子供達が、四人行方不明になっていた。身代金の要求もなく、ぱたりと消えてしまった子供達。手がかり何もなく、警察は公開捜査に踏み切り日中夜問わず捜索を開始した。
 少女一人に、少年が三人、その内二人は兄妹だった。消えた日付は兄妹は同じだが、他の二人は前後している。全く目撃情報はなく、捜査は難航した。家を出て消えた子供、学校帰りに消えた子供。
 両親達は励ましあって、愛する子供らの写真を配布し懸命に捜した。
 住人達は恐怖に怯え、子供達は外へ出歩く事を禁じられた。学校へ行く際も、必ず大人が一人以上付き添うことになり、ボランティアで通学路に立つ者もいたし、警察も巡回していた。
 それ以後子供が行方不明になることはなかったが、消えた子らは見つからない。絶望的だった、一気に街中が沈んだ。
 まさか、四人同時に消えるだなんて。囁き合う。

 それはほんの些細なことだった。
 不況で建設が中止になっていた、あの荒地。風船が浮かんでいたあの荒地。風船は萎んで地面に落下していた、風に晒され日光に照られて色薄くなった赤色の風船が四個。
 子供達を捜すボランティアが、気になるからとその荒地に入った。他の者達は苦笑して首を横に振ったが、一人はどうしても気になると風船に近寄る。行くだけ無駄だと野次を飛ばされたが、足を止めなかった。
 その場所はすでに何人かが捜索していた、が、荒地には萎んだ風船のゴミ以外に何もなかった。犯行に使われた凶器や血液の付着した衣類などがないかと警察も捜していた場所だった。
 柵を軽々と乗り越えて、風船へと向かう。成長している草を掻き分けて、進む。足元に萎んだ風船が四個、落ちていた。
 ともかく、ゴミは捨てておこう。
 しゃがみこんで一つ、手にした。糸が地面に続いている、地中に埋まっている。
 首を傾げた、力任せに引っ張ると、糸が抜けた。
 じっと、地面を見つめたそのボランティアは、慌ててシャベルを取り出すと掘り起こす。どっと全身から汗が吹き出た、震える手で掘り起こした。
 そんな願いも虚しく、ボランティア達の絶叫が響き渡る。
 
 警察が飛んできた、野次馬で荒地の周囲は埋め尽くされた。
 地中から、行方不明になった子供らが四人、出てきた。勿論、消えた当時の衣服のままだ。右手にしろ左手にしろ、片腕を上げた状態で地中から見つかった。
 まるで、風船を掴んでいたような格好だった。
 何故今までその荒地を誰も捜索しなかったのか、いや、掘り起こさなかったのか。
 それは、荒地の地面に背丈の長い草が生い茂っていた為だ。
 地面を掘って子供らを埋めたのならば、綺麗に草は生えていない。不自然なく、周囲と同じように草は生えていたのだ。
 とすると、子供らはどうやって地中に埋まってしまったのだろう。
 死因は窒息死であったが、首を絞められた痕跡も、溺死でもなく。ただ、血液の量が故意に抜き取られたように無きに等しかった。
 第一発見者は懸命に状況を説明した。
 萎んだ風船の先は深く地中に埋まっていた、まるで手にしていた子供らがそのまま生き埋めにされたように。
 自分が掘り起こすまで、地面には不自然な跡などなかった。
 ボランティアは、必然的に容疑者になってしまった。だが証拠不十分で釈放される。
 世間を震撼させた子供四人失踪事件は、こうして幕を閉じた。だが原因は未だに解っていない。
 警察の撮影した現場の写真には、貧相な赤色の萎んだ風船が四個。
 白い風船が最初に浮かんでいたことなど、誰も覚えていなかった。
 赤い風船の内側に、血痕が付着していた。DNA鑑定の結果、子供らの血液だと判明した。だからといって、謎が解けたわけではない。

「ねぇ、おにいちゃん! あんなところに白い風船が浮かんでいるよ!」
「あれ、ホントだ。行ってみるか」
「うん! 柵乗り越えたら行けるよね」

 ふぅわりと、白い風船が揺れている。
 寂しそうに、ぽつん、と揺れている。
 工場建設が不況で中止になり、荒れ果てた空き地の中央で揺れている。
 空き地は”立入り禁止”の柵で囲まれている、しかし簡易な柵の為好奇心旺盛な子供達ならばくぐって入れるだろう。ただの、一定間隔に埋められた木の杭に黄色と黒色の注意を促す紐が結んで囲ってあるだけだ。そして、手書きで書かれた貧相なプラスチックのプレートに、赤の油性マジックで”立入禁止”とだけ記されている。
 白い風船は、その中で揺れていた。雑草が生い茂っているが、まるで風船の花が咲いているかの様にひょっこりと顔を覗かせている。
 風に、ふわふわと揺れながら。
 近寄った兄弟達の姿が消え、白い風船の左右に赤い風船が揺れていた。三個の風船はゆぅらりと揺れる。

「まさやー! たくとー! 何処へ行ったのー! ああああああっ!」
「きょうこちゃん! きょうこちゃん、返事をしてぇっ!」
 風船浮かぶ荒地の程近い場所で、大人達が消えてしまった子供らを探して必死の捜索を続けていた。
 白い風船は、満足そうに嬉しそうに揺れている。周囲には赤い風船が七個、浮かんで揺れていた。
 暫くして、萎んだ赤い風船の下には行方不明になった子供達の死体が埋まっている事に、死に物狂いで半ば発狂しながら捜していた母親の一人が気がついた。
 警察が出動し現場検証して撮影された写真には、萎んだ赤い風船が七個。
 白い風船は、どこにもない。

 白い風船は今日も何処かの空き地でふぅわりと揺れている。


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