20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:宝石蛙 作者:把 多摩子

最終回   運命の恋人のお話
 向日葵のような長い髪を高い位置で1つに縛り、元気な声で花を売る女性がおりました。
 比較的大きな街の片隅に彼女の家はありました、庭中に咲き乱れる花を切り、時には鉢ごと台車に積んで毎日売り歩きました。
 特に美人というわけではありませんでしたが、彼女の声はとても柔らかく、聴いているだけで心地が良いものでした。また、始終笑顔でしたので、疲れを癒してくれると評判の女性でした。
 家は小さく、庭が大きく。温室もあり、住んでいる場所は窮屈でしたがそれでも彼女は毎日が幸せでした。花に囲まれて生活出来ることが何より楽しかったのです。
 彼女には両親がおりましたが、花屋の経営を任されていたのは彼女でした。
 そんなある日、花屋の前に一人の男が立っていました。
 猫背で髪は伸び放題、前髪に隠れて表情は見えませんでしたが、時折髪が揺れるとニキビだらけの皮膚が見えます。瞳は伏せ目がちで、黄色く光っておりました。
 明らかに清潔ではない男は、じっと庭の花を見つめておりました。
 通りすがりの街の人達は、気味が悪いと男を避けていきました。
 花を売り、岐路に着いていた女性に街の人達は大慌てで告げました。
『不審人物がいるよ、気をつけて』
 女性は首を傾げて、家の前に立っていた男を見ました。確かに身なりは汚いのですが、悪い人には見えませんでした。
「あの、何か御用でしょうか?」
 なので、彼女は躊躇うことなく話しかけたのです。男はその声に飛び上がると、数歩後退したのですが、もじもじと身体を動かします。
 彼女が近寄ると、何か男は呟いていました。
「き、綺麗なお庭だなぁと、おも、思いまして」
「あら、お花が好きなのかしら? ……庭弄りをしていた手をしているのね!」
 男を見ていた彼女は、傷だらけの手に気がつき、そっと手に取ると微笑みます。  
 柔らかく包まれた自分の手に、男は一気に顔を赤くしました。
「私の手と一緒だわ! 貴方も花屋を?」
「は、はい、以前の街で……。ですが、職を失くしてここへ来ました。す、すいません。眺めてしまって」
 慌てて手を振り払うようにすると、男は深く頭を下げ、立ち去ろうとします。
 彼女は、呼び止めました。
「待って! ねぇ、うちで働かない? 人手不足なの。給料は安いけど、庭の小屋でよければ貸すから住み込みでどうかしら?」
「え、えぇ!?」
 彼女は、にっこりと微笑むと男に駆け寄りました。自分でも何故そんなコトを言ったのか解りません、見ず知らずの人間でしたが、どうしても彼が悪い人には思えなかったのです。
 それどころか、知っている気がしました。
「私は、ウルスラ。貴方のお名前は?」
 ウルスラに手を掴まれて、慌てふためいていた男ですが、身体を震わせて名乗りました。
「ミラボーと、申します」
 その名前に思わずウルスラが息を飲みました、小さい頃一緒に居た不思議な蛙と同じ名前でした。
 そういえば、瞳の色も似ていますし、何処か動きが鈍そうなところも似ています。
 ですが、まさか蛙と同じ名前だと言われて喜ぶ人などおりませんのでウルスラは言いませんでした。

 両親はやって来た不気味な男に、あからさまに眉を顰めましたがウルスラがそれを叱咤します。
 ミラボーは埃だらけの庭の小屋を、寝泊りする場所としました。
 固い床の上に、ウルスラが持ってきてくれた毛布で寝るだけでしたがミラボーは感激しました。
 身なりが不気味で誰も雇ってくれず、途方にくれていた為です。
 そして、花屋での生活が始まりました。
 男でしたが、ウルスラより力がなく、肥料を運ぶのも一苦労です。また、不気味な為に通りかかった人々はミラボーを指差して嘲笑しました。
 その度にウルスラは激怒し、必死に唇を噛み締めます。
 ウルスラは知っていました、確かにミラボーは上手く仕事を進めることが出来ませんが花達へは愛を注いでいました。切る時は声をかけます。優しく水をやり、丁寧に肥料も与えます。
 不器用なだけで、真面目な人だと思いウルスラはミラボーを遠くから見つめました。
 暫くして、ようやく暇になったので思い切ってミラボーを改造することにしたウルスラは、悲鳴を上げるミラボーを強引に椅子に座らせると伸びきった茶色い髪を切ります。
 適当に短く切りました、すると泣きそうになりながら幼いミラボーの顔が出てきます。
「あら、意外と若いのね……って失礼ね私。幾つなの?」
「ぼ、僕は今年で18歳です」
「若い! 私なんて今年で36歳よ、やだぁ、2倍なのね!」
「そ、そうですか。美しい方なのでもっと若いかと」
「あら、そんな事言っても何も出ないわよ?」
 と、言いながらもウルスラはご機嫌でした。鼻歌でミラボーの髪を整えていきます。
「顔立ちは悪くないわね……。ミラボー、ほら、目を見て話すの。ここね、ここ。人の鼻の頭を見て話す癖をつけましょう。あと、言葉ははっきりと! 口を大きく開けて!」
「む、無理です。僕はウルスラさんのように美しくないので、人と目を合わせるなんて、そんな、そんな、心臓が止まりそうなことっ」
 美しい、と言われて頬を染めたウルスラは、照れ隠しでミラボーの背を強く叩きながら、会話の練習を始めました。
 その日から、視界が開けたのでミラボーは必死にウルスラの言う事を頭において生活しました。
 腹から声を出したので、空腹感が直ぐに訪れ、ご飯をよく食べるようになりました。
「お、おかわりください!」
 元気よく茶碗を突き出すミラボーに、ようやく両親も笑いながらご飯をよそってくれました。
 髪が顔にかからなくなったので、顔の吹き出物は徐々に少なくなりました。
 たくさんご飯を食べるようになったので、身長が伸び、身体を懸命に動かして筋肉もつきました。
 何より、人と会話する時にまだ俯き気味ですが、人の目を見るようになったので好感度が上がりました。
 花をウルスラと共に売りにいくと、声を出して売り込みます。
 若くて照れ屋な男が花を売っていると、次第に噂は広がりました。
 その頃には身体は細長いものの、筋肉が程好くついており、ミラボーは普通の好青年になっておりました。その為、少女や中年女性から熱い視線を向けられます。
 異性に囲まれ、困惑気味のミラボーを、ウルスラは複雑な気分で見ておりました。
 急に大事な弟が、盗られてしまったような気分です。
「やあウルスラ! 今度の休みに出かけないかい、2人で」
「駄目よ、花屋は忙しいの」
「若いのが入ったんだろ? 任せて遊びに行こうよ」
 ウルスラも、歳はともかくよく働くし、笑顔も可愛らしく気立ても良いので異性から声が毎回かかりました。
 その度にミラボーは、控え目にそちらを見つめておりました。

 肥料を運んでいたウルスラは、あまりの重さに大きく溜息を吐き、腰を軽く伸ばします。
「重いものは僕が運びますよ、無理しないで。ウルスラさんは女性なのだから」
 ミラボーが運んでくれるようになりました、最初は拒んでおりましたが、最近は素直に甘えるようにしました。
 何時の間にやら逞しい青年になったミラボーを眩しく見つめる、ウルスラ。
 短髪が似合う、評判の青年です。真面目で、笑みを絶やさない、人気者になりました。
「ミラボーは良い子ね」
「また子供扱いしましたね」
「子供……じゃないか、もう立派な大人よね」
 笑うウルスラに、ミラボーも笑います。
 どちらも、言い出しませんでした。歳が、違い過ぎたのです。けれど、想いは同じでした。
 笑いが途切れると、気まずい雰囲気になります。どうして良いのか解らず、2人は沈黙で庭の花を見つめておりました。
「……花は、綺麗ですね。花を愛する人も、とても綺麗です」
「そうね、素晴らしいわよね。子供の頃ね、すっごく美しい花畑に行ったの。そこでね、不思議な蛙さんを拾ってね、一緒に住んでたのよ。頭に宝石がついていたの」
 しんみりと呟いたウルスラに、ミラボーは静かに頷いたのですが。
「同じ名前なの、ミラボーちゃん、って呼んでたの」
 その、瞬間でした。ミラボーの脳裏にはっきりと甦った記憶がありました。

『見て、この蛙さん。ここに綺麗な宝石が埋まっているの。きっと、この花畑の守り神様よ!』
『ミラボーちゃん。見て、またお庭にお花を植えたの。美味しいかな、美味しいかな!』
『ミラボー、死んじゃったの……?』

 ガタン、と音を立てて立ち上がります。手にしていたスコップが手から滑り落ちました。
 庭を見つめます、思い出しました。蛙だった時代に、可愛らしい少女の家に導かれて、その庭に佇んでいた時の事を。
 あの日、庭に溢れていた花々と同じ花がここにはあります。そして、山奥の花畑にあったような花々も、ここに溢れ返っていました。
 だから、ここで足を止めたのです。懐かしくて、懐かしくて、あの少女に会いたくて。
 それで、ここに立っていた自分を思い出しました。
「ミラボーです……僕がその、蛙のミラボーです!」
 叫んだミラボーは、反射的にウルスラを抱き締めました。小さく悲鳴を上げたのですが、ウルスラは悪い気はしませんでした。
「あの時、泣いてくれてありがとう! お墓を作ってくれて、花を埋めてくれた。見てたんだ、ずっと、見て後悔したんだ。護った筈なのに、君はずっと泣いていた。
 本当に嬉しかった、あんな醜い僕を拾ってくれて。凄く感謝してるんだ。
 今度こそ、貴女の笑顔を護りたい。どうか、護らせてくれませんか。大好きな貴女の笑顔を護り抜く、僕はきっと、ウルスラという花を護る為にココまで来たんだ」
 何が何やらわかりません、ウルスラはそれでもミラボーの鼓動を聴きながら、心地良くて思わず頷いてました。
 目の前の青年が、あの、蛙?
 混乱していますが、同時にそうであると受け入れた自分もいました。
 何故ならば、何処かで逢ったような気がしていたからです。
 力強く抱き締められ、ウルスラは戸惑いがちに、それでもそっとミラボーの身体に腕を回しました。
「愛しています」
 ミラボーが告げた、その瞬間でした。
 パン、と何かが爆ぜたような音がして、2人は唖然と庭を見つめます。
 何処からともなく降り注ぐ、薄い桃色の花弁が2人を祝福してくれました。庭中の花が一斉に開花し、光の粒子を放出します。
 甘い香りが、2人を包み込みました。何事かと近所の人達が、一斉にウルスラの家を見つめます。
 花の中に佇む2人を見て、皆が拍手をしました。似合いの2人でした。寄り添い、頬を染めながらも穏やかに微笑むその恋人達。見ている者が幸せになれる、雰囲気を醸し出しておりました。
「……今、解ったよ。君の仕業だね……有り難う」
 ミラボーは、唇を小さく動かしました、1人の少女の名を呼びました。応える様に、庭に咲いていたマリーゴールドの花が一瞬だけ、大きく揺れました。

 醜い蛙、欲した物を、見つけました。
 それは、甘くて温かく、寄り添い護り抜くたった一人の、自分だけの恋人でした。

 惑星クレオ。
 ドゥルモという街に、小さな花屋があります。
 小さいけれど花は誇らしく咲き誇り、常に人々の目を癒してくれます。
 経営しているのは向日葵の様に明るい女性と、その彼女の傍で常に微笑み続けている青年でした。
 2人の愛情で育つ花は、それはそれは見事に開花しております。
 


← 前の回  ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 818