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作品名:宝石蛙 作者:把 多摩子

第2回   少女と宝石蛙のお話
 あるところに、花々が咲き誇る美しい場所がありました。
 人の足が入らない山奥に、その楽園のような場所はありました。
 可愛らしい小動物や、美しい声で啼く鳥達、色彩鮮やかな蝶達が、その花畑に集まっておりました。
 やがてそこへ、一匹の醜い蛙がやってきました。
 頭部に紅玉石を持つ、異形の蛙でした。
 その場に居た動物達は恐れ戦き、距離を置きます。蝶達は食べられまいと、高い高い木の枝へと避難しました。
 その蛙は寂しそうに一匹で花畑に佇み、開いているのか閉じているのか解らない瞳で、花の香りを愉しんでいました。何日も何日も、じっとして動きませんでした。
 罠かもしれないと、蝶達は囁き合いました。近づいた途端に長い舌を伸ばして、食べられてしまうのではと恐れ戦きました。
 好奇心旺盛な仔鹿が、親が止めるのも聞かずに蛙を蹴ると、ころころと転がり不様に鳴きました。
 それでも蛙は立ち上がると、よたよたと動いてまた、花の中に佇みました。
 ウサギは、おっかなびっくり近寄り、匂いを嗅ぎます。蛙は動かず、じっとしていました。
 安全そうだったので、ウサギは近くにあった草を齧り始めました。
 爽やかな草の香りが風に乗ると蛙はのっそりと、草を見つめました。
「食べる?」
 ウサギが一羽、話しかけてみました。蛙は、微妙に頷くと皆が見守る中で草を一口、齧りました。
 美味しそうに、にっこりと微笑んだ気がして皆はその蛙が敵ではないことを判断したのです。
 やがて蛙は、皆と花畑で遊ぶようになりました。

 長生きな蛙は、動物の友達が死んでいくのを見ていました。とても哀しくて、冷たい亡骸を見つめて鳴いていました。
 花も、季節が移ると枯れていきます。切なくて鳴いていました。
 真冬には寒いので、地中に穴を掘り寂しいながらも一人きりで春を待ちました。
 何度死を目の当たりにしても、時間が立つと新たな命が産まれて育ち、蛙は世の中は不思議なものだと感心しながら長い年月をその花畑で過ごしました。
 そうしていると、人間達が山中へやって来たのです。
 春、花畑を見て歓声を上げた少女は、いつものように佇んでいた蛙を見つけました。
 蛙は何気なく少女を見ました、向日葵のような明るい髪を二つに結んだ軽快な少女でした。
 柔らかな葉の様な、綺麗な緑色の瞳をしていました。
 掌にずっしりと乗る蛙を捕まえて、嬉しそうに両親の元へ戻った少女は興奮気味にそれを見せます。
 悲鳴を上げてひっくり返った母親に不思議そうに視線を投げかけ、少女は父親に飼ってもいいか訊きました。
「見て、この蛙さん。ここに綺麗な宝石が埋まっているの。きっと、この花畑の守り神様よ!」
 捨ててきなさい、と言っても泣き喚いて拒否する少女に、両親は呆れ返って蛙を飼うことを許可しました。
 人間達は山に調査に来ていただけで、直様町へと引き返しました。
 蛙は名残惜しそうに花畑を見つめておりましたが、温かい香りのする少女に撫でられて、喜びを感じました。動物達と遊んでいた時とは違う感覚でした。
 拾われた蛙は、少女の部屋で暮らすことになりました。
 餌として父親が虫を獲ってきましたが、勿論蛙は食べません。机の上でじっとしている蛙に、少女は困り果てて、色々なものを目の前に並べました。
 ようやく1つのものに興味を示した蛙は、それを美味しそうに舐めました。
「変な蛙だな、蜂蜜が好きなのか」
 歓声を上げた少女の隣、父親が首を傾げてその様子を見つめます。
 甘い花の香りがしたので、蛙は蜂蜜を舐めたのです。あの花畑にいた時も、蜂蜜が大好物でした。
 やがて、庭に色取り取りの花や草が植えられ、蛙はそれらを美味しそうに食べました。
 花が好きな蛙に、父親は首を毎回捻りますが、少女は大喜びです。やはり普通の蛙ではなくて、神様なのだと少女は皆に言って聞かせました。
 少女にとても可愛がられ、他の人には不気味がられましたが、それでも蛙は幸せでした。
「ミラボーちゃん。見て、またお庭にお花を植えたの。美味しいかな、美味しいかな!」
 自分の為に花を育ててくれるこの少女に、ミラボーと名付けられた蛙は、嬉しそうに頷きました。
 しかし、幸せは長く続きませんでした。
 その町を、山賊が襲ったのです。慎ましく暮らしていた町でしたが、近隣では日照りが続き飢餓で死に絶える人々がおりました。
 生きる為に山賊になった人間達もいました、互いの生活を賭けて小さな町に騒乱が広がります。
 少女の悲鳴に、蛙のミラボーは飛び起きました。
 庭で眠っていたのですが、大事な少女が髪を捕まれて泣いている姿が瞳に飛び込んできました。
 ミラボーは、なんとかしたくて跳びはねました。
 醜いであろう自分を、それでも可愛がってくれたこの少女を護りたかったのです。
 小さな身体から、電撃が迸りました。
 眩い輝きが周囲を覆いつくし、恐怖した山賊達は一目散に町から出て行きます。
 少女は、そして町の人々は慌てて蛙のミラボーの元へと集まりました。
 ミラボーは、ひっくり返っていました。瞳を閉じて、硬くなっていました。
「ミラボー、死んじゃったの……?」
 少女を護ったのですが、必死の思いで魔力を放出したので、息絶えておりました。
 少女は泣き喚きました。町の人々は、不気味だからと近寄らなかったことを悔い、泣きながら謝罪しました。
 やはりこの蛙は神様だったのでは、と皆が噂しました。町の人々は怪我こそしましたが皆、無事だったのです。
 庭に、蛙のお墓が作られました。少女は種を蒔き、必死に花でそのお墓を囲みました。
 毎日お墓に話しかけました、泣きながらも少女は、花を絶やす事を忘れませんでした。

「私は、間違った事をしたのでしょうか」
「何故ですか?」
「護りたかったあの少女が、ずっと悲しそうに泣いているからです。私は、間違えましたか。あの子の泣き顔を見たくなかったのですが、私のせいで泣いています」
「……優しい子ですね、蛙のミラボー。何故、あの子は泣いているのでしょう? 大事な貴方を失くして、泣いているのです。
 貴方もあの子が死んだら、泣くでしょう?」
「泣きますね」
「良いですか、ミラボー。出会いと別れがあります。哀しくもあれば、喜びもあります。永久に共に生きることは、有り得ないのです。辛い事があれば、幸せもあるでしょう。”生きる”とは、そういうことなのですよ。難しいことなのです」
「ならば私は、生きたくありません。哀しい思いはしたくありません」
「でも、ミラボー。あの子に会えて哀しかったですか?」
「いいえ、とてもとても、幸せでした」
「そうですね。幸せを感じれば、悲しみも薄れます。逆に幸せが大きいと、悲しみも大きくなるときもあります。
 けれど、生きるとはそういうことです。色々学んで、苦しい思いも楽しい思いも味わって命を全うしましょう。今回の貴方は、何も間違っていませんでしたよ。あの子を、護ったのですから。例え、泣かせてしまったとしても」
「私は、どうしたら良いですか」
「……行きましょう、ミラボー。また次に、大事な何かを探しましょう」
「生きるとは、なんと困難なことでしょうか。でも、私は、また……幸せを感じたい」
 ミラボーは、泣いている少女に必死に叫びました。声は届きませんでしたが、懸命に叫びました。
「有り難う、有り難う! 可愛がってくれて有り難う、こんな醜い異形の私を大事に育ててくれて有り難う! 君の事は決して忘れないよ! 美しい花のような、愛しい君よ」
 宇宙の創造主はそっとミラボーを抱き上げると、優しく額を撫でます。
 足元のお墓の前で泣いている少女を、静かに見つめながら。

「大事な大事な愛しい生命を受けし者達よ、どうかあなた方が幸せに満ち足りた人生を過ごせますように」


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