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作品名:宝石蛙 作者:把 多摩子

第1回   魔王になった蛙のお話
 以前小さな村があった場所に、古ぼけた井戸が1つ、ありました。
 誰も使わなくなった井戸の水は、徐々に水嵩が減りましたが涸れる事はありませんでした。
 そこに、何時の頃からか一匹の蛙が住み着きました。
 蛙と言っても、蛙ではありません。
 頭部に大きくて美しく光る紅玉石を持つ、蛙に似た魔物でした。
 宝石は綺麗でしたが、その蛙自体は色合いが汚泥色、不気味に光る瞳と、イボに包まれており不気味でした。
 大人の拳程度のその蛙は、時折落下した虫や、水中に生えた苔を食べて生活していました。
 たった一匹で、その井戸の中に身を潜めていました。
 
 ある日、大雨が降りました。
 どんどん水嵩は増して、井戸を満たしていきます。
 その蛙は、泳ぎながら身を委ねていました。
 やがて井戸から水が溢れ、蛙はそのまま外へと流れ出ます。
 小さく、低く鳴きました。鳴きながら、何処へでもなく、跳んで行きました。
 外の世界は食料が豊富にあったので、蛙は腹が一杯になるまで、虫を食べました。
 小さかった身体は、大人の人間の頭部程度にまで成長していました。
 一層、イボが醜く感じられました。触れるだけで、皮膚が爛れそうでした。

 森の中で虫を捕らえ食していたその蛙は、悲鳴に気付き硬直します。
 暫くすると、蛙が見ても美しい娘が近くに倒れこんできました。
 後から、数人の男達がやって来ました。
 悲鳴を上げる娘に、皆がそれぞれ武器を手にし無慈悲にも娘を切り刻み始めます。
 蛙は、石の振りをしてその場にじっと留まりました。
 男達は、ばらばらになった娘の身体を美味そうに食べ始めました。
 食べている男達の様子が、徐々に変わり始めるのをじっと、蛙は見ていました。
 先程まで痩せこけていた男は、急に若返り美しい青年になっていました。歓声を上げて、飛び跳ねていました。
 太っていた男は、容姿は変わりませんでしたが両の手を天に翳すと、落雷を何本も森に降り注ぎました。歓声を上げて、自分の腕を見つめていました。
 数人の男達は、何かしら変貌しており、皆悦びあっています。
 蛙は、巨体を揺すってゆっくり近づきました。
 地面には、娘の血液が染みていました。甘い花の蜜のようで、蛙は思わず血液を舐めます。
 美味しかったので、蠢きながら血を啜りました。
 男達が食べ残していた肉片を見つけては齧り、食べることが出来ず捨て置かれた骨をも、バリバリと音を立てながら食べました。
 気がつくと、蛙の大きさは膨れ上がり、両手足が伸びて二足歩行が出来るようになりました。
 蛙は小さく鳴くと、同じ様な甘い香りを求めて旅立ちました。
 その甘い香りと味は、蛙を魅了しました。強い香りを求めて歩き回ります。

 それから、蛙は甘い香りのする娘や青年を食べていきました。
 後程知ったのですが、それはエルフという種族でした。その血肉を体内に取り入れると、何かしら能力が飛躍出来るというのです。
 エルフ達も弱くはありませんでしたが、貪欲な人間や魔族、魔物達に集団で襲われて絶滅に瀕しておりました。けれども嗅覚が優れていたのでしょうか、香りを辿ってお零れを食べていた蛙は、何時の間にか大人の人間ほどの背丈と、肥えた身体になりました。
 自分でエルフを狩ることも出来るようになりました。食べたエルフが所持していた杖を奪い、金品宝石を奪い、美しい布を身に纏い。
 やがて蛙は、この惑星で最も多くのエルフを食べたモノになったのです。
 魔法も扱う事が出来ました、動きは鈍足ですが類稀な魔力に多くの人間や魔族が平伏しました。
 そうして、元々井戸に住み着いていた小さな蛙の魔物は、魔王になったのです。
 その惑星のエルフを全て狩り喰らい、魔力を肥大させ魔物を引き連れた蛙、いえ……魔王は人間の城や街を襲いました。
 エルフがいなくなってしまったので、目的を失い人間達を面白半分に殺し始めます。
 やがて、退屈を持て余した魔王は知識も得ていたので他の惑星へと移住することを思いつきました。
 他の惑星ならば、まだエルフがいるかもしれない。
 舌先が二つに割れた紫のその長い舌を、邪悪に動かし魔王は移住します。

 移住した先の惑星には、魔王がおりました。
 その魔王は元蛙とは違い、とても美しい青年でした。銀髪は長く艶やかで、気品があります。
 また、他の惑星からもそれぞれ魔王が2人、やってきました。
 その2人も元蛙とは違い、美しい青年でした。
 ですが、容姿などどうでもよかった元蛙の魔王は自分こそが魔王の中の魔王であり、こんな奴らには負けはしないと奢っておりました。
 移住した先の惑星の美男子魔王には、美しい恋人がおりました。相思相愛でした。
 事もあろうに、その恋人こそがエルフだったのです。正確には魔族との混血でしたが、時折見かけると風に乗って甘い香りが漂います。
 蛙の魔王は、その恋人がどうしても食べたくなりました。
 やがて、勇者がやってきました。
 やってきた、と言っても自ら来たわけではなく、一目惚れをした他の魔王が攫ってきたのです。
 まだ幼いながらに、美しいその勇者。
 彼女からも、甘い香りがしておりましたし、勇者の動きを探っていた蛙の魔王は知っていました。
 勇者の血液を偶然舐めた吸血鬼が叫んだ言葉を、聞き逃しませんでした。
 魔力が増幅した、と。エルフの血に似ている、と。
 蛙の魔王は、他の魔王達が大事にする娘らを喰らう事を生き甲斐に、密かに蠢きました。
 しかし、悪い企みもそこまででした。
 魔王の恋人であるエルフは喰らったのですが、勇者であった娘の前に敗北したのです。
 膨れ上がり、山1つ分もありそうな巨体になった蛙の魔王に、気の毒そうに勇者は何か告げました。
 が、最早力を求めることしか出来なかった蛙の魔王は、何を言っているのか理解すら、出来ませんでした。エルフの血を摂取しすぎて、脳が退化してしまったのです。
 暴れることしか出来ない、哀れな蛙が一匹。その勇者は、止めを刺しました。
 静まり返ったその場所に、ひっくり返っている小さくてみすぼらしい蛙がいました。
 瞳を閉じ、すでに死んでいる蛙の頭部には紅玉石。勇者に倒され、元の蛙に戻ったのです。
 あぁ、もし。
 あの井戸から出ることがなかったらこんなことには、ならなかったのに。
 あぁ、もし。
 あそこでエルフの血を啜らなければこんなことには、ならなかったのに。
 勇者は非常に気の毒に思い、その元魔王の蛙の為に穴を掘って埋めると魔法を唱えます。すると、様々な花が地中から顔を出しました。
 さわさわと、花が風に揺れました。


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