休日で賑わう巨大モールが突然、真っ暗になりました。全ての電気が消えて、にんげん達は一斉に悲鳴を上げました。子供達の泣き喚く声と、女性の耳を劈く様な悲鳴で、周囲は騒然となりました。
「お静かに!」
突然、響き渡る声が聴こえました。暗闇でしたが、マイクを通しての声に聴こえたのでにんげん達は店舗側からの避難命令だと思い込み、静かになりました。指示を待とうと思いました。 何が起きたのか分かりませんが、停電なら非常電源が作動するはずだから直ぐに明るくなるだろうと、誰かが言いました。 その言葉通り、突然眩しい光に包まれ、にんげん達は目を痛め悲鳴を上げました。 何度か瞬きしましたが、目の前の黒い点がなかなか消えてくれません。それでもようやく状況が見えてきました、幾度目かの悲鳴をにんげん達は上げました。
「お静かに! まったく聞き分けのない」
巨大モールにいたはずなのに、高い檻で囲まれた薄汚い場所に人間達は、所狭しと押し込められていました。圧迫されて小さい子供達は更に泣き喚きましたが、大人達も状況に泣くか悲鳴を上げるかしか出来ませんでした。 檻のような場所に入れられていたにんげん達を、見下ろしていたのは自分達よりも大きな動物達でした。猫に犬、兎に鳥、亀などもいます。夥しい数の巨大な動物達が、にんげん達を憎しみに満ちた瞳で見下ろしていました。光り輝く無数の瞳が、にんげん達に恐怖を与えます。
「これより、審議を行う! 一人目!」
真っ白な犬がそう告げると、にんげん達の中から一人が無造作に持ち上げられました。声にならない叫び声を上げて、失禁しながら持ち上げられた中年の男を、動物達が一斉に見つめます。
「このモノ、公園を住処にしていた猫に灯油をまき、マッチを投げ捨てて生きたまま燃やした。……赦すまじ! 死刑執行」
言うなり、中年の男に何か液体がまかれました。下にいた他のにんげん達のところにも、それはとんできました。臭いから、灯油だと判断出来ました。中年の男は嫌というほどそれが分かったので、言葉にならない命乞いをしていましたが、動物が投げたマッチによって一気に燃えてしまいました。 この世のものとは思えない断末魔を、にんげん達は耳を塞ぎ聞いていました。塞いでいても、聴こえてきました。それほどまでに、声が大きかったのです。やがて、にんげん達は鳴きながら耳から手を離しました。何処からともなく、黒い燃えた何かが降ってきました。
「次、二人目!」
その声に、にんげん達は悲鳴を上げましたが、逃げることなど出来ません。中学生の男の子が持ち上げられました。すでに、気を失っているようで動きませんでした。
「このモノ、玩具の鉄砲で動物達を狙撃していた。目に当たり、失明した猫・犬多数! 電線に止まっていた鳥も翼を折られ落下し、首の骨を折って死んでしまった! ……赦すまじ、死刑執行」
言うなり、男の子に向けて動物達が何かを構えました。それが鉄砲だと下のにんげん達は分かりましたが、男の子は幸いにも気を失っています。悲鳴を上げることなく、銃弾を浴びて無造作に捨てられ、地面に頭から落ちて死んでしまいました。 にんげん達のいる檻前に落下してきたので、それを見た数人は失神しました。
「次、三人目!」
ようやく、にんげん達もどういう状況か理解出来ました。ここが何処なのかは分からないのですが、過去に動物を虐待した者は同じ目に合わされる、ということだと思われました。 心当たりがあるにんげん達は、捕まらないようにと必死に身体を動かしますが、無意味なことでした。 持ち上げられたのは、身なりの良い小太りの中年女性でした。青褪めて怯えきっていました、何かしたのだなと、皆は思いました。
「このモノ、可愛いからとペットショップで仔猫を多数引き取るも、大きくなったり言う事を聞かなかったりすると、殴る蹴るの暴行に加えて、棄てていた! しかし世間では優秀な猫飼いだと賞賛を浴びている! ……赦すまじ、死刑執行」
女性は、檻から離れた場所に投げ捨てられました。そこには、砂が敷いてある簡易トイレがありました。猫が「そこで排泄しなさい」と告げると女性は必死に首を横に振って抵抗しました。すると、動物達は一斉に怒りながら女性を叩き、殴り、足で踏みました。そして檻の前に投げ捨てました。
「次、四人目!」
高校生の少年が持ち上げられました、罵声を動物達に浴びせていましたが、無意味です。
「このモノ、猫の首を切断した! いや、猫犬兎、四肢の切断もしている! ……赦すまじ、死刑執行」
言うなり、その少年の身体はバラバラに斬られてしまいました。
「次、五人目!」 「次、六人目!」
にんげん達は抵抗など出来ず、数人が死んでいきました。しかし、皆諦めつつありました。因果応報、自分達が行ったことなのです。
「次、十一人目!」
大人しそうな、初老の男性が持ち上げられました。にんげん達は絶望していたので皆、どうでもよくなってきていました。
「このモノ、……なんと、最多の動物達を死なせている! 猫、犬、兎、雀に、鳩、アライグマに狸……! ……赦すまじ、死刑執行」
また一人、死んでしまうのだ。 誰かが半ば狂ったように濁った瞳でそう呟きました、しかし、何も起きません。動物達も騒然となりました、困惑気味に皆で相談をしています。 やがて、暖かな布が差し出され、初老の男性がそれに丁寧に包まれました。様々な食べ物が出てきました、ようやく人間達が今までと違った光景に、顔を上げ始めます。
「これは一体どういうことだ! 動物達を死なせた時と同じ状況になるのだろう!?」 「……こちらの書類を」
食いちぎりそうな勢いで初老の男性を見ていた動物達でしたが、狐が差し出した一枚の紙を見て息を飲みました。男性は怯えもせず、怖がりもせず、ただ「ごめんよ、ごめんよ」と泣きながら誰かに詫びていました。
「このモノは。棄てられていたり、怪我をしていたり、車に撥ねられた動物達を見つけると引き取って懸命に世話をしていたようです。その数が多く、この中で最多の動物の”死を看取った”様ですが、殺したのではなく助けられなかった模様」
にんげん達にも、動物達にも男性の全てが見えました。檻の上に現れたスクリーンに、全てが映し出されていました。 そこには、段ボール箱に棄てられていた猫を拾い、持ち帰ってタオルで暖めミルクを与える姿が。河に流されていた段ボール箱を必死で濡れながら追いかけて、中に居た子犬を助ける姿が。池に巣ごと落ちてしまった小鳥を、泳いで救う姿が。育児放棄されていた仔猫を保護し、里親を探す姿が。 そして動物虐待を訴え、懸命に活動している姿が。 静まり返ったその場に、声が上がりました。
「お父さんだ、お父さんだ!」
その声に、一斉に注目します。動物達の一角、様々な種族達が口々に声を上げていました。
「僕です、太郎です!」 「私は花子!」
男性が、目を大きく開きました。茶色と黒の老犬でした、見覚えがありました。
「おぉ、太郎に花子か!」 「はいっ、お久しぶりです! ほら、貴方が助けた子達もいますよ」
それは、男性が共に過ごしていた犬達でした。老衰で看取った犬と共に居たのは、かつて彼が救えなかった動物達です。
「あの時はありがとうございました! 寒かった僕を、暖めてくれましたね」 「いや、助けることが出来なかったよ」 「それでも、嬉しかったです。幸せでした」
口々にお礼を言う動物達、それを見ていた他の動物達が、涙ぐみます。 太郎と花子は、動物達に訴えました。
「お父さんは何も悪いことをしていません! どうか助けて下さい」
反対する動物は、いませんでした。
「判決! 十一人目どうぶつの国より釈放決定!」
しかし、男性は首を横に振りました。真っ直ぐに動物達を見渡し、優しい声で語りかけます。
「お願いです、どうか今無事な方達も解放してください。もしかしたら、罪があるかもしれませんが、罪ならば私とてあります。私だけ戻るのは心苦しいです」
まさか他のにんげんの事を願い出るとは思っていなかったので、動物達は驚愕しました。確かに、良いにんげんならばそれくらい言うだろう、と皆納得します。かといって、それを了承することは出来ません。動物達は首を横に振りました。
「駄目だ、その願いは申し訳ないが出来ない」 「お願いです、動物達を救う為にはより多く理解している人間の仲間が必要なのです。彼らもわかってくれた筈です、きっと、これからは小さな事からでも皆”人間と同じ命”だと思ってくれるでしょう」 「うーん、しかし、『同じ命なら動物だけではなく、昆虫も』などと言うにんげんもいる。確かにそうなのだが、知恵がある分余計なことをにんげんは考えてしまう」 「確かに、故意に昆虫を殺すことは同等です。が、害虫を殺虫することは仕方がないとも思います。 問題は、意識ではないでしょうか。その場に居た何もしていない猫や犬を”人間達の腹癒せ”で殺してしまうのと、血を吸われたので蚊を叩き潰すのとでは意味が違ってくると思います。子供の頃から、命の大事さを教えていく事が私達の課題であると、そう思っております。 ですからどうか、皆を助けて下さい。人数が必要なのです、人間は非常に脆く弱い生き物です。一人では、何も出来ないのです。それなのに、地球上を我が物顔で歩いております、共存していかなければいけないのに」
動物達は、会議に入りました。気が遠くなるような長い時間を、にんげん達は待っているしかありませんでした。 ようやく動物達が静まり返ったので、判決が出たのだと分かったにんげん達は、固唾を飲み込みます。
「……その者の心と全ての行動において。にんげん達を釈放することを決定した、去るが良い!」
聴いた瞬間に、にんげん達は歓声を上げました。皆、口々に初老の男性に感謝を述べました。大きく頷き、喜びを分かち合いながら、初老の男性は自分が愛した動物達に深く頭を下げます。気になったのは、寂しそうに見ていた白い犬です。
「我々も、そなたのような人間と共に暮らしたかったよ」
気持ちが分かったのか、そう言って微笑んだ白い犬。初老の男性の脳裏に、その犬の記憶が流れ込みます。ペットショップで売られていたのですが、買い取られることなく成長してしまったので、殺処分されていました。男性は耐えられずに、額を押さえて激しく白い犬に謝罪しました。 周囲の動物達も、悲惨な生き様でした。男性は、号泣し、嗚咽を漏らしながらそんな目にあったにも関わらず、にんげんを助けてくれるという心に平伏さずにはいられませんでした。
「それは、貴方と共に過ごした動物達からいかに幸せだったのかを聴いたからだよ。……本当に幸せであったと、皆必死に訴えていたのでね」
やがて周囲が真っ白になりました、初老の男性は、今まで共に過ごしていた家族である犬や猫の名前を全て呼び手を伸ばしました。「ありがとう、お父さん!」そんな声が幾多も聴こえました。 人間達は巨大モールに戻ってきていました、報いを受けて死んでしまった人間はその場にはいませんでした。皆、夢ではないことを知り、戻ってこられたことを喜びつつも、どう行動して良いのか分からずに初老の男性を頼り視線を向けます。 涙を流しながら、初老の男性は小さく呟きました。
「出来ることを、していきましょう。誰にでも出来ることは、人間と同じ様に動物達にも暴行を加えないということです。最近は人間でもいじめという名の犯罪が多発していますが、自分がされて嫌なことは、相手とて嫌な筈です。考える、という心を持ちましょう。 それが出来たら、今度は他に目を向けましょう。ペットを迎え入れるのなら、最後まで愛情を持って我が子の様に育てましょう。言葉が通じないので、言う事を聞かないのは当たり前です。そこに腹を立てずにゆっくりと教えてあげましょう。また、ペットを買う前に、棄てられた元ペット達を迎えいれることも視野に入れてみましょう。 問題は山積みです、ペット産業がある限り、哀しい末路を辿る動物達はなくならないでしょう。ですが、そのことを頭に置いて、子供達に伝えていくことが大事だと思います。 ただ、人間に食われる為だけに産まれて育てられている動物達も、命があるのですからありがたく口にして、感謝を伝えましょう。一人一人の意識が大切であると……私は思っています」
初老の男性は、歩き始めました。彼の背負っている不釣合いなリュックサックには、家にいる保護した犬や猫達の食事が入っています。
「さぁ、家族のもとへ帰ろうか」
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