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作品名:勇者タローと妻ラリ子〜暴走協奏曲〜 作者:フレイ

第1回   1
  
 うおっ!? ここはどこなんだ!!


 目覚めたらとつぜん、ヘンな場所に布団ごと移動していたのだっ。
 家内はどこだ!? 子供は!? 寝たきりじいさんのおむつは!?
 わ、わたしが変えなければ誰が変えるのだ!?
 目覚ましがならなかったじゃないか、課長にどやされる・・・・・・ひいいい。
 

 私が髪の毛をわしわしとかき乱していると、重そうな鉄の鎧を身に着けたあやしげなオッサンが登場。
 私の肩をたたいた。
「もうし、このようなのっ原で何をやっとるか」
 私は枕元においていた眼鏡をはめ、その男を観察してみる。
「アンタ誰?」
 尋ねると、彼はむっとした表情で答えた。
「きさま、どこの軍隊だ。百姓か。いや,見たことないから・・・・・・わかったぞ。さてはグスタフの手先だな?」
「は? グスタフって誰? 俺は東京の赤坂から来たんだよ」
「トキオ? そんなとこ知らんわ! やはり怪しいな。ちょっとこい」
 嫌がる私を鎧男はずるずると引きずって歩く。
 どこへ行く気だろう。
 しかし尋ね返す余裕などなかった。とにかくもがく、もがく、もがく。
「私はしがない証券マンだ、は、はなせ! はなせというに! 出社しなけりゃ、給料が下がるではないか!」
「ごちゃごちゃとうるせえ。ここでは俺様が法律だ。ちっとは従え」
    
 
 放り込まれたのは立派なお城の地下牢。
 じめじめしてやがるし、トンでもねえところだ・・・・・・。
 床といえば石畳。しかも寒い。
「俺は無実だ、このやろ。は、はやく会社に連れて行け! 首にでもなったら、貴様の責任だぞ」
「ほざくな。そのうち、陛下のおさたが下るだろうからよ」
 陛下とか、妙に聞きなれないフレーズだな。
 しかし警備兵はがちゃがちゃと重そうに金属をこすり合わせながら、牢屋から出て行ってしまった。
 くっそー。どうなっても知らんからな。
 俺が首になったら、あいつの所為にしてやる。
 私は肝をすえて、床に座り込んだ。
 ・・・・・・ちべたい。

 寝不足が続いていたせいか、うとうと眠ってしまった。
 扉の開く音がして、目を開くと、金髪のかわいい女の子が立っていて、食事を持ってきてくれた。
 だが食事どころではない。
「頼む、ここから出してくれ」
 大の大人がうるうるした瞳で懇願する。
 娘は引きつり笑顔で答えた。 
「私は牢獄長官の娘で、ロゼッタといいます。お父様に聞かないと・・・・・・」
「じゃあ頼んで。頼むからここから出して」
「き、きたないなあ。ほら、これで鼻水ふいて。もしかしてあなた、鎧着た人に無理やり連れてこられたでしょ」
 私はうなずいた。
「だろうとおもった。あの人、シグルズっていうんだけど、血の気が多くて。だから嫌いよ。まあ、陛下なら何とかしてくれるよ」
 ロゼッタは髪をかきあげて微笑んだ。
 そのしぐさがかわいか・・・・・・じゃない!
 それではロリコンおじさんになってしまうじゃないかっ。
「陛下ってどんな人?」
 と私は尋ねた。
「気の弱い人でねえ。宰相の言いなりなの。まったく、王様の器がないって言うかぁ」
 なんだそりゃ・・・・・・。
 ぜんぜん、だめだめじゃん!
「俺、ここから出られるかな」
 とっても不安なんですけど。
 ロゼッタはそんな私の気持ちを見抜いたのか、豪快に肩をたたいてきた。
「男でしょ。しっかりしなさいよ。運を天に任せれば、きっと平気だって」
 ばかやろう、俺は神なんか信じてねえよ・・・・・・。
 ああ、これからどうなるんだ!?  


 給料くれるなら・・・・・・って、陛下に言っちゃった後で俺、後悔した。
 もしかして、とんでもない約束した・・・・・・?   

 ま、まあ、牢獄よりはマシだろう。
 あの、座ったらケツが痛い床なんて、二度とごめんだ。
 私は騎兵隊長とやらに会うことにした。
「どうぞ」
 と軽い口調で私に声をかける。
「騎兵隊長って、あんたか」
 そいつは先ほど私を連行したシグルズ、というヤツだった。
「傭兵ってお前のことだったか。俺の修行は厳しいぞ」
 シグルズは鼻を鳴らしながら、羊皮紙に何かを書き込んでいた。
「それは、なんだい?」
「あん? お前、羊皮紙も知らぬのか。おくれているな」
「コピー用紙だったら知ってるよ」
「こぴってなんだべ? こいつはな、伝令に渡す貴重な手紙だ。お、そうだ。初仕事を頼もう。お前、こいつを持って、相手国に伝えてこい」
 いきなり手紙を渡された。
 いいっ!? 俺にどうせいというんじゃ。
「あ、あの、なんていってもっていけば」
「なんて? きまってんだろ、戦争しますからって言え。相手国の王は、グスタフという。我が王にケンカを吹っかけてきたのだ。陛下は穏便に済まそうとしておられるが、宰相殿は違う。そこで戦争を・・・・・・」
「せ、せんそう!? マジかよ。世界平和条約はどうなんったんだ!」
 シグルズは不思議そうな顔をした。
「世界平和? はて、そんなもん知らぬ。それよりも、さっさといってこい」


上司の命令は、絶対だからなあ。
 私は羊皮紙に着慣れない鎧を身に着け、長い道のりを歩いた。
「上司に逆らえないなんて、情けないなあ。しかもあんなコスプレ・ヤロウに・・・・・・はあ」
 ここはいったいどこなんだろう。なぜ戦争だろう。
 今になって疑問がわいてきた。
 日本じゃないし、外国か? 電気もないなんて。
 ためしにラリ子にメールを送ってみた。
 ・・・・・・圏外――。
「ああ、やっぱりだめか」
 そこでひとつの回答が浮かんだ。
 電気もなければコピーもない。ここは現代じゃなさそうだ。
 羊皮紙を見つめて考える。
 古代か・・・・・・中世あたりか・・・・・・。
 いやな予感がしてきた。
 私はしがないサラリーマンなのに。戦争で死ぬなんて、いやすぎるからっ!
 山田太郎、三十五歳。
 家のローンはあと、○十年残っていた・・・・・・。


 ここは現代じゃない。
 つまり、中世!? 
 アーサー王を小さいころ、歴史オタクの兄貴に読んでもらったことあったっけ。
 雰囲気がちょうど、円卓の騎士にそっくりなんだよなあ。
 もしかして、ギネヴィアなみに超すげえ美女、いたりして。
 おっと、顔をゆるませている場合か、俺! しっかりしろ、俺ッ!
 私は頬を手のひらでたたいた。
 伝令・・・・・・。お役目。
 騎士といってもあれだな。サラリーマンと何もかわらねえよ。とほほ。
 違うのは人を殺して金をもらうってことだろうか。
 ・・・・・・殺伐すぎる・・・・・・。
「オジサン」
 ところどころ壊れた壁の家、砂塵巻き起こる廃墟のような町に入ると、突如呼び止められた。
「こっちだ、こっち」
 手招きされてそっちに近づいた。
 私を呼ぶのは誰じゃ、それは少年じゃ、なんてギャグ飛ばしてる場合か・・・・・・。
「あんた、寝てる間に飛ばされてきただろ」
「ぐはっ。な、なぜそれを? わかったぞ、お前、悪魔の使いか?」
 私のリアクションがおかしかったんだろうか、少年は苦笑をしていた。
「ちがうちがう。オレはユースケ。アンタと同じ、二十一世紀の人間だよ。でもここは違うぜ。古代のフランク王国。そして、驚くなよ。あんたを呼んだのはオレなんだ」
「な、なんだって!?」
「いや、手違いでさ。すまなかった。お詫びといっちゃ何だが、この剣やる」
 ユースケは私に赤い鍔の剣を渡す。装飾が立派で、竜の紋章がついていた。
「それは、神の剣。グラムっていうんだ」
「グラム? ・・・・・・って、重さの単位・・・・・・」
 ユースケは言うと想った、と私をはたいた。
「あほ。 まったくのオヤジだな、あんたはっ。神の剣だっていっただろ。別名をドイツ語でバルムンクって言うんだよ。殺傷能力がほかの剣より鋭いから、神の剣って言われてるね」
「な、なるほど。詳しいね」
「まあね。世界史ならまかせてくれ」
 ユースケは得意そうに笑みを浮かべながら、私にフランク王国のことをいろいろ教えてくれた。
「フランクの王様は言っちゃ何だが、頼りねえんだよな。宰相がいただろ。あいつの言いなりだって」
「ああ、そんなことをいっていたね。ロゼッタって子が」
「宰相は思い通りにしながら王を追放したがっているらしい。俺の突き止めた情報だ。あんた、気をつけたほうがいいぜ。それでなくとも、これから戦争の伝令に行くんだろう?」
 ぎくっ。
 悟られていたか。
「羊皮紙片手に鎧着た姿見れば、誰だって予想つくわな」
「あ、ところで」
 ユースケは私が呼び止めたので振り返った。
「なんだい」
「私を呼んだっていっていたが、どうやって?」
「ああ、かんたんだよ」
 ユースケは地面に魔法円を描き、呪文らしい言葉を長々と唱え始めた。
 すると、ユースケより背の低い少年が現れた。
「こいつ、クロノっていうんだ。時間をつかさどる――悪魔だよ」
「あ、悪魔!?」
 私は腰を抜かしそうになった。ユースケは私を落ち着かせ、
「まあまあ。驚くなって。悪魔といっても、人間に悪さをする類のは、低俗な精霊さ。こいつは違うよ。時間をつかさどる悪魔、・・・・・・偉大なる神クロノスの分身だから」
 なんともまあ、スケールのでかいお話で・・・・・・。
「ここはフランクといっても、神話と歴史が交錯する世界らしいな。オレも最初は驚いた。だって、本物の魔術師は錬金術とかもそうだけど、ほとんどが失敗に終わっているからね。オレがやると成功した。そして、クロノと出会えた」
「なるほど」
「オッサンも魔法くらい使えた方がいいなあ」
 うっせぇ、ガキっ。
 ユースケは私に星型のペンダントを渡すとこういった。
「そいつを持っていな。何かあったら、テトラグラマトンと叫ぶんだ。いいね」
 ユースケはクロノをつれて、去っていってしまった。
 不思議なこともあるものだ。あのユースケという少年が私を呼んだ?
 何のために。
 そしてこのグラムだかバルムンクだかいう剣。
 剣など持ったこともないのに、私の手でしっくりなじんでいた。


 私はユースケにもらった剣を腰に差し、上機嫌で鼻歌を歌いながら、敵の城に向かった。
 途中、私を脅す少年と出くわした。
「おいっ、その剣はオレのだ、返しやがれ!」
 少年は短剣を突き出し、私に襲い掛かってきた。
「わわわっ、ちょっとたんま! ちょっとたんま! 話せばわかる」
「問答無用。そこへなおれ、ぬすっとがぁ」
 剣を握ると、自然と滑らかな動きをとるようになり、私は少年を次第に追い詰めていった。
「なんだと、おめえ、グラムを使えるのか」
「どうやら、らしいね」
 彼はため息をついて、剣を奪うことを諦めたといった。
「俺以外にグラムを使いこなすやつがいたとは。正直びっくりだ。俺はヘルギ」
 ヘルギくんは男の私から見ても美丈夫で、強そうだった。
 その彼が剣を奪われた? いったい誰に。
「俺くらいの歳の、怪しげなヤローだった。もうひとり、チビガキを連れていたな」
 なんか、聞いたことあるんですけど・・・・・・。
 まさかユースケか?
「あんたにも使えるってことは、なにか理由があるんだろうな。しかたねえ、それは預かってくれ」
「いいのかい。悪いから返すよ」
「いいって、いいって。それよっか、あんた。ここには何の用で?」
 私は思い出し、羊皮紙を見せた。
 ヘルギくんは顔色を変え、私に投げつけてよこす。
「あっ、いきなりなにを」
「帰れ。俺はここの王子だぞ。テオドリクスめ、なめたまねしやがって。こちらからもラヴェンナにオドワケル隊を使わすと、いってやれ!」
 オドワケルに・・・・・・ラヴェンナ?
 ああ、わからん・・・・・・。

 
 しかし、いわれたとおりのことを、王に報告せねばならなかった。
 シグルズは戻った私にどうだったか、しきりに尋ねた。
「なに? ヘルギだと?」
 シグルズは唇をかみ締め、歯軋りした。
 あまりこすると、磨り減りますよ・・・・・・。
「かまわん。それよりだな、あいつらを石火矢と投石器でぶっつぶす」
「あっちょんぶりけ! ひとごろしぃぃぃ?!?」
「何を驚く。戦争だから当たり前だろう、タロー、お前も用意せよ」
 ・・・・・・生命保険はここじゃ役にたたねえじゃん! 
 ラリ子・・・・・・寝たきりのボケ蔵じじい、愛する息子。
 父さんは死んでもお前らの夫、息子、父さんだからな・・・・・・。 
 隊長に命じられ、仕方なく剣を抜くと、ヘルギくんが現れた。
 真っ白な馬を乗りこなし、城壁の近くまで来ると馬から下りた。
「ヘルギくん・・・・・・」
 私はこれから殺しあうのかと想ったら、身震いが起きた。
 いやだ。彼とは戦えない――。
 さっき、話をしたばかりじゃないか!
 そんな人と殺しあうなんて。
「隊長。私にはできない」
 シグルズ隊長はいつものように怒鳴り散らすかとかまえるが、しかし、なぜか沈黙を守っている。なんか、ヘンだった。
「隊長?」
 ゆすると、シグルズは口から大量の吐血をし、倒れてしまった。
「たい、隊長!」
 瞳孔が開いている。・・・・・・もうだめだ。死んでいた。
 私から戦意がうせると、グラムの輝きも弱まり、急にずっしりと剣が重くなった。
 もう・・・・・・グラムを持つことすらできなかった。
「命が惜しくば降参しろ。テオドリクス! 宰相のランゴバルド! このヘルギ様をなめるなよ。われらが父グスタフに代わり、このヘルギが成敗いたす!」
 ヘルギくんの部隊は、次々火矢を弓で放ち、城を炎で包み込んでいった。
 隊長は殺されたが、それでもヘルギくんとは戦えなかった。
 なぜなら私は、騎士ではないからだ。
 しがないサラリーマンだった。
「ヘルギくん、話がある」
 城壁の上から顔を出して、私は言った。
「このグラムを君に返すから、国に帰ってくれ」
「それはできないね」
 ヘルギくんは獣のような瞳を私に向ける。
 まるでそれは、獲物を狙うメスライオンのようだった。
「よせ。きみとは戦えない」  
「うるせえ! 文句があったら剣を持て、剣を!」
 古代の剣士と、現代人の差はここにあるのかもしれないと、ぼんやり考えていた。
 戦士たちはああして興奮状態に・・・・・・いわゆるトランス状態になって、無敵状態になろうとする。
 

「戦えないんだ・・・・・・」

 
 ヘルギくんに泣いて頼む。
 なきながら懇願した。どうか戦わないで欲しいと。
 しかし願いは却下されてしまう。
 どうしたらいいんだ、どうしたら・・・・・・。


 ここで思い出したことがあった。
 ユースケにもらったペンダント。
 これで助かるだろうか。
 私はペンダントを握って、テトラグラマトンと叫んだ。


――テトラグラマトン!


 私は声をからすくらい、大声を張り上げた。
 一条の光とともにあらわれた見知った顔・・・・・・ユースケが黒い外套に身を包み、宙に浮いていた。
「おじさん。あんたも運が悪いね。その剣にあんたの命は吸い取られておしまいだなんて。・・・・・・悲しすぎるね」
「何言ってるんだ」
 私とユースケの会話を、ヘルギくんは不思議そうに聞いていた。
 ユースケは言葉をさらに続ける。
「グラムは、神の剣じゃない・・・・・・魔剣だよ」
 ユースケはまじないの言葉を唱えると、私の脇に置かれてあったグラムに力を与え、グラムは・・・・・・その瞬間から意志を持って話を始めた!
「私に生贄か? 主上・・・・・・」
 グラムはユースケに言うと、彼はグラムにうなずいた。
「ああ、そうだよ。あのオジサンがお前の生贄だ」
「あまり、うまそうじゃないが」
 グラムはいやみを言う。くそっ、剣の癖に生意気だな!
 いや、まずそうでいいのか。食われちゃかなわない。
「剣の? おいっ、そこの魔術師、きさまグラムに何をした! そいつは意志なんか持つはずがないだろ」
 ヘルギくんが怒号を上げるが、ユースケは聞く耳もたぬといった風。
「ははは。英雄ヘルギの時代は、とうの昔に終わってるのさ」
 ユースケはヘルギくんにものすごい風圧を魔法で送る。
 吹き飛ばされそうなヘルギくんは、それでも両足を大地に踏ん張って、突風の力に耐えた。
「お前はいったい、何者なんだ・・・・・・」
 私はユースケに尋ねた。すると、
「オジサンの味方ではないかもね」
 といって含み笑いをする。
 なんか、むかつく・・・・・・。
「け、剣にばかにされるなんて、前代未聞だね!」
「あれ、知らないの? フィンランドでは当たり前の話だよ、ねえグラム」
 ユースケは嘲笑を繰り返していた。
 うう、こ、こいつらは。
「クレルヴォ、か?」
 ヘルギくんがカマイタチを食らって切った唇をなめ、思い出したことをつぶやいた。
「おや、ご明察。さすがだねえ、英雄さん。そうだよ、そのとおり。英雄クレルヴォは、鍛冶屋のイルマリネンから剣を奪って逃走し、犬死するのさ。ククク。英雄の最期なんて、しょせん儚いものなんだよね」
「うっせぇ! 何が犬死だ。俺だけは違うってこと、証明してやらぁ!」
 ヘルギくんは槍を手に助走をつけて、ユースケに飛び掛った。
 だが、ユースケの周囲にはなにやらトラップが仕掛けてあり、ヘルギくんは魔法の壁ではじかれ、地面に落下した。
「あいたた。あいつ、まわりに何を仕掛けてんだ」
「だいじょうぶかい、ヘルギくん」
 私はヘルギくんを助け起こした。
 彼はすまないとひとこと言って、
「さっきは悪かったよ。俺の血の気が激しいのは、親父譲りなんだ」
 小さく微笑んだ。
「かまわない。それより、ユースケの様子がおかしいことが、気にかかる」
 私がユースケを見上げると、ヘルギくんもそちらを見上げた。
「うっ、あれはまさか」
 ヘルギくんは槍を構えたままで立ちすくんでいたので見ると、ユースケのまわりに、黒い霧がかかるのが見えた。
「俺は今までいた現実世界も嫌いだった。だから、この世界を創った言うのに! なのになぜ、ヘルギ、お前が英雄なのだ! 俺は、この世界も気に入らない。ここだったら、俺にも壊せる。なぜなら・・・・・・俺はここの神なのだから。創造主なのだから!」
 私は、そのユースケのせりふを聞いてはじめて、自分がなぜここにやってきたのか、役目をわかった気がした。
「そ、そうか、ユースケは、はじめから、私たちを巻き込むつもりで・・・・・・」
「巻き込むだって。どういうこと」
「さあ、細かいことまでは。でも、漠然とだがわかってきている。あいつは、私やヘルギくんにこの世を破壊するところを、つまり絶望を見せるつもりなんだよ」
「なんだって」
 私の推論を耳にし、ユースケは青ざめるヘルギくんと鋭い視線を送る私に、高らかな笑いを響かせる。
「あーっははは。さすがおじさんだね。きっと、俺の思想概念を理解してくれると、信じていたよ」
「バカな真似はよしなさい。私と一緒に、向こうへ帰るんだ。お母さんやお父さんが待っているだろう」  
 できる限り刺激しないよう、やさしく説得した。
 なのに、ユースケは瞼を細めただけだった。
「いいや、俺は向こうへは帰れないんだ。待っていてくれる人にも、会えない」
「どうして」
 ユースケは一瞬だけ、悲しそうな表情を作った。
 私は眉をひそめ、彼の様子を見る。 

「そうか、お前は知らなかったっけ」


 ユースケは深くため息をついて、私のほうを見つめた。
 その瞳はひどく憂いに満ちており、私に対する愛しささえ、感じさせる。
 いったい、なぜそんな顔をするんだね――。
「なぜ? 知らないというのは、やはり、悲しいことだ。俺のことすら忘れてしまい、あのことも忘れてしまったのだろう」
「あのこと?」
 横を向いていた顔をこちらに戻し、ユースケは言った。
「ユースケ、って名前に、聞き覚えがないか。・・・・・・太郎」
 私は必死に思い出そうとしていた。
 ヘルギくんは私を案じたのか、ユースケに怒号を張り上げる。
「このオヤジをきさまはどうするつもりだ、取り込む気か? お前もあいつの挑発に乗るなよ」
「いや、そうじゃない・・・・・・ええと、ユースケ・・・・・・」
 ふと、何かをひらめきかけた。
 ヘルギくんが槍のゲイボルグを投げつけたことによって、再び記憶ははじけ飛んでしまったが・・・・・・。
「よせ、ヘルギくん!」
「平和主義者は黙ってろ。ユースケっていったな、きさまはこの俺が、倒す」
「そして、グラムを取り戻すか? 残念だが、それはできないね」
 ふたりの激しい小競り合いが始まっているのを、私はただ、呆然と見守るほかなかった。
 そのうち、やっとユースケという名前の謎が解け始めてもいた。
「あ、あ、あ! そうか、ユースケ! 思い出した」
 私はユースケに近づいた。ヘルギくんは私に気づいて、
「危ないから戻れ!」
 と叫ぶが、わたしはおかまいなしだった。
「でもなぜきみが、お兄ちゃんの、これからつけようとしていた子供の名前を知っているんだ」
 ユースケはそれまで険しかった表情を、少し緩めると、
「それは、俺自身がお前の兄、ヒロシだからだよ」
 と、自分の正体を明かすのだった。
「にいちゃん!? でもなぜその姿に」
 ヘルギくんは私たちの事情がのみこめめなかったようで、しばらく目を見張りながら様子を見守っていた。
「もう、戻れないんだ。お前の世界にも、そしてここからも消えなければならない」
「だからどうして」
「悲しいことだが・・・・・・クロノが、私の命と引き換えに、願いをかなえてくれたんだよ・・・・・・。私はこの世界で覇者になれるとクロノは約束してくれた。だが、現実は違うじゃないか。そのグラムは、クロノの魔力そのもの」
 ヘルギくんは私の顔を見つめた。それから、ユースケに向き直り、
「バカだな、お前」
 ユースケ、いや、私の兄に対して、ヘルギくんはつぶやいた。
「悪魔に魂を売ったのか。・・・・・・お前はバカだよ」
「クロノは悪魔じゃない!」
 兄の声は、涙声に変わっていた。
「兄ちゃん・・・・・・」
 彼は私にいつも言っていた。
 俺に子供ができたら、ユースケとつけるんだよと。
 理由は、勇気のある子に育って欲しいから、といっていた。
「兄ちゃん自身が壊れては、いけないじゃないか。俺と元の世界へ返ろうよ。母さんもきっと、待ってるよ」
 兄は母と一緒に外国で暮らしていた。日本にいたのは私だけで、兄と連絡も交わさなかった数年で、いったい何があったのか聞きだしたかった。
「何があって、こんなことを」
 私は、兵隊たちの傷ついた姿を見回し、焼け野原になったテオドリクス王の砦を眺め、兄に言った。
「俺と母さんは、事故にあって何年か前に死んだのさ」
 私は全身から血の気が引く思いで、兄の言葉に聞き入っていた。
「死んでからもなお、お前にだけは会いたかった。だから、クロノにかなえてもらったのに・・・・・・。俺にはもう、戻るべき身体なんてない。だから、時々暴走する。止められるのは、お前だけだ。もう、死なせてくれ。その一心で、グラムを与えたのに・・・・・・」
「兄ちゃん!」
 傷ついたテオドリクス王が、腕を押さえて起き上がり、私とヘルギくんを、剣で自らの身体を支え、見据えていた。
 だが、今は彼だけの心配はできないでいた。
「クロノってヤツは、何をたくらんでいる?」
 ヘルギくんが地面へつばを吐き、兄に尋ねた。
「わかっているのは、ヘルギ、お前の世界を破壊して、自分だけの理想郷を創造することだと・・・・・・」
「理想郷!?」
 ヘルギくんは首を振るった。
「クロノは、俺の命だけじゃない。ほかの英雄の命も欲しがっている。やつを止めないと大変なことに」
「兄ちゃん、なんてことを」
 兄は、すまないとだけ言って、うつむいたままだった。
「落ち込んでる場合か」
 ヘルギくんは兄を励ます。
「タロー、いくぞ。俺のグラムを改造しやがって。クロノだと? クロノスの分身だと?」
「負けられないね」
 結局、戦うことになったか。私は眠たい目をこすった。
「オッサンは疲れてそうだから、寝てればいいのに」
 ヘルギくんは皮肉を言ったが、兄の敵をとらねば。
「寝てばかりいたら、世界が救えない」
 なんというのだろう、爽快感? 使命感? 言葉などなんでもよかった。
 久しぶりだった、こんな快感を覚えるのは。
 起き上がったテオドリクス王は、立派な王家の剣を私によこした。
「持って行け、今の私には加勢がしたくてもできぬ。それに、お前を無理やり傭兵にしてしまった、詫びも含めてな」
「陛下・・・・・・」
 こんなとき、誰かの励ましというのは、胸にぐっと来るものだ。
「ありがとう、陛下」
 私とヘルギくんは、剣を腰に差し、クロノを捜しに町へ出たのだった。
 どこにいるんだ、クロノ――!


ところが、我々が出かけて行った後、宰相は反乱を起こそうと、前々から企てていた計画を実行していた。
 テオドリクスがぼろぼろになりつつあった城内に戻り、ランゴバルドの名を呼ぶと、ランゴバルドは王を軽視した発言を、本人に向ける。
「ランゴバルド? おぬし、気でも触れたのか」
「笑止」
 宰相はクロノを味方につけていたのだ。
 王は宙に浮かぶその少年を恐ろしげにただ、見据えるだけだった。
「そ、その子供は!?」
「ヘルギ王子らが血相変えて捜していた、悪魔の子だよ。テオドリクス」
 なんとランゴバルドは、テオドリクスを呼び捨てにした。
 あの、フランスの伯爵ミラボーがかつて、ルイ十六世を蔑んで「ルイ」と呼んだように・・・・・・。
「気が触れたのではない。王よ、よく聞け。わしはお前に忠誠など、これぽちも誓っちゃいなかったのだよ。わはははは!」
「く、狂っている・・・・・・貴様は狂っている。ランゴバルド! 余は、余は、お前を信じていたのに。だからこそすべてをあずけていたのに!」
 ランゴバルドは王にためらいもせず、剣を逆向きにかまえ、振り下ろそうとした。
「さようなら。王よ」
 テオドリクスは観念し、瞼を閉じた。  
 
 
 
 これらはロゼッタから聞いた話だが、おそらくランゴバルドは、兄のごとくクロノに命を売ったのだ。
 現代人は悪魔など信じない。したがって、悪魔に命を捧げるようなことはしないだろうが、古代や中世では、ごくありきたりだったそうだ。
 兄がいつも西洋の昔話を読んでは、私に言っていた。
 まったく、ばかばかしいとしか言い様がなかった。
 私にとってはくだらないことだったのだ。
 悪魔や神に願い事をかなえてもらったところで、その後に努力を忘れてしまっては、いつか得た富は失せるだろう。
 なぜなら、得た財産の使い道がわからないからだ。
 苦労を積み重ねて得た富ならば、それまでの経験を生かすだろうから、失うこともない。
 私は、だからこそ、そんな迷信じみたアホらしい存在は、信じなかった。
 しかし兄は迷信とも思える神を心底信じてしまっていた。
 それがなぜ、悪魔信仰に切り替わったのか・・・・・・きっと、事故に遭う前、何かあったのだろう。
 

 

「待て、タロー」
 ヘルギくんが馬の手綱を引くと、テオドリクスの城を振り返って、いやな予感がするといった。
「戻るぞ」
 古代人てのは、勘がいいのかね。
 私も乗りなれない馬の鞍につかまりながら、野原を疾走する。
「オッサン! そんな乗り方じゃ振り落とされるぞ!」
 ヘルギくんはさもおかしそうに笑った。
 くっそー、見世物じゃないやいっ! 


「オッサン、そんな乗り方じゃ振り落とされるぞ」
 英雄王子のヘルギくんが、意地悪そうにケタケタと笑う。
「私は馬なんて乗ったことないんだから仕方ないだろう」
 馬の首根っこにつかまるだけで、精一杯なんだよね。
 ああっ、もう!
「しょうがねえなぁ」
 ヘルギくんは馬を下りて、私を自分の馬に乗せて鞭をうった。
「あれ、あの馬は?」
「アイツはおいていく。ひとりで二頭を乗りこなせって? はっ、ばかいっちゃいけねえよ。ローマの馬車でもありゃ、少しはらくだがね。けどあいにく、俺はローマ軍が嫌いでね」
 ヘルギくんは長いこと毒舌を吐いてばかりいた。
 舌噛まなきゃいいが。
 といっている矢先、彼は悲鳴を上げていた。
 ・・・・・・やっぱり・・・・・・。


「悲しいなぁ、王よ。だが一瞬だ、一瞬で楽になれるぞ。これでさらばだ」
 テオドリクス王は片膝をついた格好で、緋色の破けた外套を羽織り、黄金の美しい装飾をつけた剣を杖代わりに、身体を支えていた。
 ヘルギくんが思いっきり壁を馬の前足で蹴破らなければ、王は命を失っていたはずだった。
 突如として現れた私とヘルギくんを見ながら、ランゴバルドという宰相は、目を丸くした。
「おお、タロー! 無事であったか」
「王様、あなたのほうが危険極まりないでしょ!?」
「そうであった、そうであった」
 まったく、のんきというか何というか。
「陛下、陛下。あなたはあのクロノに、魂を取り込まれかけたんですよ。もう少しあせってくださらないと」
「王と言うのはな、タロー」
 剣で身体を支えて立ち上がる王。私を振り返りながら、言葉を続けた。
「王と言うのは、自分を犠牲にしても、守らなくてはならないときがあるんだ。それは国であり、民であり、家臣だ。私は国を守るためなら、命を張ってもかまわないよ。たとえ、一千ディナールだろうが、五千万リラだろうが、一億フランだろうが、千マルクだろうが――」
 はいはいはいっ! わかりましたから!
 ヘルギくんは輝きを取り戻したグラムの柄を強く握り締めた。
 彼の額から、ひとすじの汗が流れ落ちる。
 ああ、そうか。ヘルギくんも一国の主となる身だったな。
 きっと、テオドリクスさんの言葉に反応したんだ。
 いつか自分も、王になるのだから。
「一番の諸悪の根源が、こんな脂ぎった爺じゃ、斬っても斬り損じゃねえか」
「いうたな!」
 ランゴバルドは呪文を唱えて炎を起こした。
「炎の精霊、ザラマンドラ召喚!」
 うげ、ファウストの世界かよ!?
 ゲーテの小説で読んだぞ、確か主人公のファウスト博士が、老いに悲観して、メフィスト呼んで、魔法使って若返るんだっけ・・・・・・。
 その魔法というのがあやしいのなんの。
 コイツもそうなのだろうか?
「ぶわっはっは。愚かものどもめっ。ザラマンドラの炎は、地獄の業火! さあさあ、苦しみもがくがよい!」
 いやじゃ〜っ、いやすぎるぞ! ラリ子! たすけてぇぇぇ! 


 「雑魚だな」
 ヘルギくんが鼻で笑う。
 え!? この状況で雑魚なの!? 
「悲しいのはどっちだろうな。ランゴバルド」
 ヘルギくんはグラムに念をこめると、床に突き刺した。
 あっというまに氷の柱ができあがって、部屋は一面スケート場よろしく、真っ白になった。
「貴様、まさか、精霊魔法が!?」
 ランゴバルドがひるんだ。
 おお、そんなに壮絶な魔法だったのか。
「あたりめーよ。俺は精霊魔法の継承者、グスタフ・ユングリングの息子だぜ? なめてもらっちゃあ、困るね」
 ユングリングって、はてどこかで聞いたな。
「タロー、忘れたのか。以前俺が教えたあれだ」
 兄の声が聞こえたので振り返った。
「おにいちゃん?」
 兄は淡々と説明を始める。
「ユングリング・サガ。それは、みのりある大地の王、フレイルが治めし豊かな国の物語――」
 おお、思い出したぞ。
 確か北欧神話だった気がする。
「そうさ。俺はフレイやチュールという神が好きでね。彼らは誰に対しても分け隔てない愛情を与えてくれたんだ」
 キリストの神とは偉い違いだね・・・・・・。
 もっとも、キリストの神は貴族だけの宗教にされてから、方向性変わったようだけど。
「小ざかしい、小ざかしいぞ、ヘルギ! 貴様の一族を根絶やしにするまで、わしはもがき続けてやる!」
「粘着質」
 ヘルギくんがもう一撃、魔法を食らわそうとすると、ランゴバルドは今度、水妖を召喚した。
「ウンディーネだ! これで氷攻撃など怖くない」
「あっ、ぐぬぬ」
 兄は、腕からブレスレットをはずし、ヘルギくんに投げた。
「なんだこれ」
「ドラウプニルだよ・・・・・・ただし使うたび、宝石が落ち、魔力を消耗するが」
 ヘルギくんは腕輪をつけると、あれ? 顔つき違わないか?
 いや、私にはそう見えたんだけど。
 なんだか、精悍なというか・・・・・・逞しい顔つきに変化した。
 テオドリクス王はぼろぼろに傷ついており、意識が朦朧としていたので、私は心配になった。
「陛下、しっかりしてくださいよ?」
「タロー、そんな顔するな、余のことよりもヘルギ王子を助けるんだ」
「で、でも〜」




 お兄ちゃんがヘルギくんにわたしたドラウプニルという腕輪は、どうやら知識を高める腕輪だったらしい。
 賢さが増し、ランゴバルドの行動をすばやく察知しながら、ヘルギくんは剣を振るう。
 かっこいい!
 さすが、英雄?。
「感心しておる場合か」
 王様からしかられちゃった私は、お兄ちゃんにヘルギくんの援護を任せ、部屋の隅に王様を引きずり移動させた。
「あんたたち、何やってるの」
 入り口から顔を出すロゼッタちゃん。
「危ないから引っ込んでなさいっ」
 私の言うことを聞かず、ロゼッタちゃんはずかずかやってきて、ランゴバルドの背後に近づいていった。
 気づいてないし!
 ロゼッタちゃんはフライパンで彼の後頭部をがしがしと殴りつけ、ついでとばかり全身を両脚でげしげし蹴り飛ばした。
あんなのが私の娘でなくて、よかったよ!
 それにしてもフライパンはいったい・・・・・・あ、そうか。
 私の枕元に、ウインナーと一緒に目玉焼きが焼いてあったっけ。
 なぜフライパンがくっついてきたか疑問だなぁ。
 まあいいか。 
 ランゴバルドやっつけたんだし。
 ・・・・・・て、そういう問題か?
 それにまだ片付いたわけではない。
 ――クロノが待っているじゃないか。
 宙を浮かび、あいもかわらず、不気味な笑みを浮かべて私たちを見下ろしていた。
「クロノ。俺は今まで、悪魔も天使も、神さえも、信じることはなかった。もし見られるならば、この目で見たいと思っていたが、こんな現実なら俺はごめんだね。お兄ちゃんを困らせ、あげくにテオドリクス王やヘルギくんの命まで狙うとは・・・・・・命を奪った後、そして、何をするつもりだ?」
 私は素朴な疑問を投げかけてみた。
「理想郷を作ること。神の国、ヴァルハラや天国とか言うものに負けないような、な」
 このとき初めて、クロノが口を利いたのだ。
 気味の悪い、くぐもった声だった。
「だが、ヘルギやテオドリクス、それにオドワケルやお前の兄貴の命など、どうでもよい」
「なに?」
「じゃあ何が欲しいんだ」
 私とヘルギくんが同時に尋ねていた。
「クックック・・・・・・欲しいのは、タロー、貴様の命だ」
 クロノは、真っ黒な氷のような、いや、黒曜石だった、先端のとがったそれを、私の心臓に向けて放った!
「タロー!」
 ヘルギくんと、お兄ちゃんが叫ぶ声が聞こえたが、私は死をいざなう黒い刃先を防ごうと、構えるだけで精一杯だった。
 こ、こんな死にかたいやだぁぁぁ! 私は騎士じゃなぁぁぁい、ただのサラリーマンなんだよぉぉ?! 月給とりなんだよぉぉ! うわあああん。 

  
 じりりりり〜ん、とけたたましい音を立てて、目覚ましがなり始める。
 懐かしい朝。
 私が目を覚ますと、ラリ子が味噌汁つくってくれる・・・・・・。
 ぼくちん、しあわせ。
 ああ、それにしても、いったい何日間、中世だか古代だか、ワカラン世界でがんばってきたのだろう。
 ・・・・・・がんばる?
 ・・・・・・使命?
 あ、そうだ、お兄ちゃんは?
 ヘルギくんと陛下は?
 あれからどうなったんだ。
 クロノ――。
 眠たい頭で今まで起こったことを考えていると、地震のごとくに床が揺れた。
 だいじょうぶ、ラリ子の歩く音だから。
 ・・・・・・て、まてよ。
 ラリ子、いるの!? 
「あんたっ! いつまで寝てるんだい! 早く起きて会社イケ!」
「ラリ子ぉ! 会いたかったよ、らりるれラリ子ォ」
 私は夢中で妻に抱きついたが、なにしろ頑丈なラリ子の図体。
 私など、ペッとはたかれてしまった。
 それでも愛してるんだよぉ!
「き、気持ち悪いわね。何食べたのよ・・・・・・きのうの牛乳、タイムサービスで一週間前のだったけど買って飲ませたけど、まさかあれ、腐ってたかしら?」
(奥さん、それはあんまりだ! 作者)
 私は感動しまくり。
 ラリ子が一番、何をおいてもラリ子!
 ・・・・・・と、そうじゃないっちゅーに!
「お前、男の子を三人知らないか。あの、ひとりは豪華なマントをつけていて、ひとりは鎧着て、もうひとりは・・・・・・」
「あんた、寝ぼけたね」
 ラリ子は歯の抜けた前歯でけたけた笑った。
 このあいだ、暴漢と戦って折ったらしい。
 さすがラリ子。
 それは女の勲章だよ・・・・・・。
「寝ぼけてないって。名前は、ヘルギくんとテオドリクスさんと、もうひとりヒロシ・・・・・・」
「つぶやきなんとか、って人に似てるあれかい? 太郎ちゃん。寝ぼけてるんなら、さっさと起きて、早めにオサムを連れて行ってよね。朝の空気吸えば少しはマシになるべな」
 ラリ子は再び、饅頭のような顔を広げて、ケタケタ笑う。
 な、なんかだんだん、むかついてきました・・・・・・。
「もういいよっ。朝飯はコンビニで買うし。いってくらっ」
 顔を洗った私は鞄を片手に会社に向かった。
「あ、太郎ちゃん」
 ラリ子はドアから顔を出した。
「オサム連れていってってば!」


 私は文学書を主にあつかう会社で営業をしていた。
 それだけに、あの時代・・・・・・ヘルギくんやテオドリクス王のいた時代のことが引っかかっていて、知りたくて、書庫の鍵を借り、読み漁ってみた。
 ニーベルンゲン叙事詩・・・・・・。
 発祥地はドイツか。
 それよりもっと古いものは、北欧のサガ、エッダとあった。
 さらに、シャルル・マーニュ、錬金術、哲学でも思想でも、関連があると思われるものはほとんど、ひととおりは読み終えることができた。
 それにしても、なぜ私は現代に戻ってきたのだろうか。
 確かクロノが魔法で心臓を貫こうとした瞬間だけ、記憶に残っていたが。
 いったい、どういうことなのだろう。
 胸騒ぎがした。
 これ以上は、足を踏み入れてはならない気がした。
 だが、偶然とは恐ろしいものだった。
 ふと視線をとめてしまった文章に、思わず青ざめた。
 ――ファーヴニル。
 この単語が何を意味するのか、にわかには理解しがたかったのだが・・・・・・次の刹那、くぐもった声が聞こえた。
 ――クククク、タロー。よく気づいた。
 私は聞き覚えのあるその声の主を思い出した。
「クロノか・・・・・・」
 ――そうだよ。お前の心臓が、すべてを、オレのすべてをかなえてくれる。お前の心臓は、ファーヴニルの心臓だからね。
 それでか、と私は瞬時に悟れた。
「たった今読んだ。ファーヴニルは魔法の力をシグルズに与えたのだよな」
 ――そうだよ。同じ名前を持つあの騎士は、その子孫だった。お前が殺したのと一緒だよ。あははは。
 たしかに・・・・・・隊長を見殺しに、したが・・・・・・。
 いまだに悔やまれる。
 だが、そんなことに思い煩っていては、明日はこない。
「クロノ。お前の目的は大体わかった。だが、私をこちらに戻せば、お前の希望は達成されるのか」
 ――思い違(たが)えるな。お前をこちらに戻したのはこのクロノではなく、お前の兄だ。
 お兄ちゃんが?
 もしかして、俺を助けるためとか、いう気じゃ・・・・・・。
 私は決心した。
「クロノ。もう一度、みんなのところに行く。お前の野望も、達成できるし、一石二鳥だろう」
 ――ほう。勇気があるな。
 クロノはあきれたといった口調だったが、書庫に飾ってある大きな鏡に、やつは姿を現し、入り口を開いた。
 ――鏡が入り口だ、入れ。
 私は必要なだけの知識はつんだ。
 だから敵の懐に、飛び込むんだ。
 ラリ子と別れたくはないが、しかたがなかった。
 これは、俺やヘルギ君たちだけの問題ではなくなってきている、下手をすると世界がなくなってしまうかもしれないのだよ。
 「必ず戻るから」
 誰に言うでもなく、私はつぶやいて、鏡の入り口を歩いた。

 
※タローは前の会社をクビになった 笑


「ヒロシ、だいじょうぶか」
 ヘルギくんがお兄ちゃんを支えている姿が見える。
 戻ってきたんだ。
 鏡の通路を抜けると、あの殺風景な世界が目の前に広がった。
 森はところどころ焼けているし、すすだらけだ。
 だけど、とても安心できた。
 ヘルギくんや兄ちゃんがいたからだろう。
「太郎!? なぜ戻ってきたんだ」
「俺が、クロノに頼んだのさ。このままにしておけないよ」
 ヘルギくんは私の顔を見て、よかった、とひとこと漏らす。
 その表情は和らぎ、戦士としての自分をしばし忘れているかのようでもあった。
「俺のことより、お兄ちゃん、どうしたの」
「お前を魔法で飛ばした後、足をくじいたらしい」
 ヘルギくんが言った。
「それにしても忌々しい悪魔め」
 ヘルギくんがグラムを構えた。
「タローが無事とわかったんだ、思う存分やらせてもらうぞ」
「そいつは、はたしてどうだろうか」
 クロノは私に黒く染まったナイフを突きつけた。
 どす黒い汚れは・・・・・・血痕?
 数多の命を削り取ってきた証だろうか。
 かすかに血のにおいがした。
「へたなことをしてみろ、タローの命はないぞ」
「てめえ、どこまでも汚いな!」
 ヘルギくんが叫ぶと、クロノはいかにも悪魔らしく高らかに笑った。
「だから悪魔なんだよ。ランゴバルドも捨て駒にちょうどよかった。さて、次はこいつだな」
 クロノが念じると、地面が盛り上がった。
「おわっ、なんだ?」
 私は、それを見たとたん、胸がきゅうんとしめつけられた。
 その地面から蘇ったのは――。
「シグルズ隊長・・・・・・」
 だったのだから。
 ヘルギくんは地面へつばを吐いて、
「やっぱり、鬼畜だったな、貴様は。クロノ!」
 とほえた。
「なんとでもどうぞ。さあ、戦え、皆殺しにしろ」
 私はクロノがなぜこんなことをするのか、はなはだ疑問だった。
 やめて欲しかった。
 骸が、戦うなんて、そんなこと!
「不思議か、太郎」
 クロノは語りかけてくる。私は彼を見上げ、やめさせるよう願った。
「そうそう、願えばいいんだ。お前のような、ただの道具もちはな」
 道具もち・・・・・・。
 その単語が、私に何かを与えた。
 昔から荷物もちにさせられ、いじめられてばかりだったっけ。
 悪魔にもわかってしまうのかな、そういう弱いところが。
 だから妻は・・・・・・だから妻は・・・・・・。


    


     あ       ん       な 





  

     な ん だ よーっ!!




「いって欲しくないことを、よくもいったなぁっ!」
 私はこみ上げてきた怒りをゲージに変え、クロノにアタックした。
「なにっ、キサマッ」
 クロノは意外な反応を見せた。
 というか、おとなしいはずの私が、いきなり暴れまわるものだから、きっと対応が遅れたのだろう。
 顎の骨が砕ける音がした。
「やった、タロー、お前強いな」
 ヘルギくんが鼻をこすった。
 だが、隊長の骸は?
 クロノが気絶した今、どうやら動くことはできないらしい。
 だけど・・・・・・私は、それをするのがこわかった。
「やれ」
 とヘルギくんにいわれても、手が震えてなかなかできなかった。
 彼の遺体を荼毘に移し、火をつけて火葬するのだという・・・・・・。
 豪快で意地悪だったが、悪い男ではなかった。
 私は隊長のことを忘れないよ。
 やっと火をつける決心をし、立ち上る煙に誓うのだった。



 クロノは勝ち目がない、とでも思ったのだろうか。
 突然姿を消してしまった。
 ヘルギくんはざまあみろ、といっていたが、わたしはいや?ぁな予感が拭い去れない。
 なんでかな、なんでだろう、なんでやねん!?
 兄は気にするなといっていたし、ヘルギくんも上機嫌だったし、私もそりゃ、そうしたい。
 そうしたかったけど、・・・・・・まず問題なことは・・・・・・。
 どうやって帰ればええねん!
「俺の魔法で帰してやるよ」
 お兄ちゃんが魔法を使おうと魔法円を描いた。
 でも、限界が来ていたらしい。
「はあっ、はあっ。だ、だめだ、ゲーティアの魔法構築理論が、使えない・・・・・・」
 「そんな・・・・・・」
 ゲーティアは、古代にさかのぼるとソロモンの時代に書かれた魔法書で、ようするに、ソロモン王が自分に使いやすいように、悪魔とか天使を呼ぶ魔法陣や使用法を書いた本のことだ。
 でも本質的に、ギリシャのアリストテレスさんがしっちゃかめっちゃかに説いた、エレメンツ、という、生き物の生まれたときから持っている属性に関する知識がもとなのだけどね。
「もういいよ、お兄ちゃん」
「だけどお前にはラリ子さんが待っているだろう」
「ラリ子のことまで知っていたのか・・・・・・」
 お兄ちゃんを結婚式に呼べなかったのに。
 いや、あれは痛かったなぁ。
 ラリ子のヤツ、浮かれすぎて飲みすぎ、私を得意のジャイアントスイングで投げ飛ばしたんだから。強烈?・・・・・・。
 三人で談笑していると、クロノが私を連れてきた穴から、なんと! ラリ子が現れたのだ!
「何でお前がここに!?」
 私の問いに答えず、ラリ子は鎌を構えた。
「おい、おい、あれがタローの? ぷーっ!」
 わ、笑わないでくだちゃいっ!
 ヘルギくんが大笑いし、お兄ちゃんまで笑いをかみ殺してラリ子を見ている。
 こらこら、あんたら、人のかみさんをなんだと思って!?
「た、タローなら、もっちっといい女つかまっただろうに、あひゃ、あひゃひゃひゃ。す、すげ、すげえデブでぶちゃいく!」
 むかつくっ!
「ほっとけ! ほっとけ! うわあああん!」
「笑っていられるのも今のうちよ。これから八つ裂きにしてあげ・・・・・・」
 ヘルギくんとおにいちゃんの笑い声は絶えない・・・・・・。
 ラリ子を怒らすぞ、このままだと、あああ、神様! 今まで信じなかったことを、どうか許してぇ?!
 今だけ信じますからっ!
「死 に さ ら せっぇぇぇ! おどりゃあああ、はあああっ」
 なんと! ラリ子はありえない、ぶっちゃけありえないことをしてみせやがった!
 口から凍りつくほどの冷気を吐き出したのだ。
なあ、なんかぱくってるよなぁ、これ!?
「ほほほほ、あでぃおす、あみ〜ご。クロノとかいう悪魔ちゃん、ステキね。あたいにこんな、上等の毛皮とか、宝石くれるんだもん。誰かさんの安月給じゃ、到底手に入らないわね」
 むっかっ。ああ、そうですねっ!? 
 さすがにきれちゃったもんね!
 私はお返しにおにいちゃんから魔法書を取り上げ、でたらめに本を開き、むずかしいラテン語とかギリシア語とかの呪文のスペルを唱えた。
「私はラリ子を愛していたんじゃない! その力に惚れていたのだっ! ええい、思い知れ、ふぁいやっ」
 クロノのヤツ、ラリ子まで使うなんて、ゆるせん。
「黒こげ、ダウン・・・・・・」
 ラリ子の最期の言葉だった。
 やった、ラリ子を倒したぞ! 痛恨の一撃で! 初めて勝てたんだ、ばんざーい!! 

「タローさんよう、ラリ子ちゃんを倒しちゃって、まあ。どうするんだい」
「どうするって何が」
 ヘルギくんがにやにやしながら私に尋ねた。
「メシは誰が作るんだよ・・・・・・」
 あ、しまった・・・・・・。 
「な? やべえだろ」
 いや、でもヘルギくんが言うのは、メシ作らせるためだけに生かしておけばよかった、という言い方とも・・・・・・。
「それならヘルギくんに差し上げます」
 私が気弱な営業スマイルで言うと、とんでもない! と、彼は勢いよく左右に頭を振った。
ほ、ほらみろ! 誰だってそういうんだ!
「誰もラリ子のよさをわからないなんて、かわいそうな女だ・・・・・・」
 ラリ子の亡骸に両手を合わせた。
 なむなむ。
「うう〜ん」
 ラリ子がうめいた。
 ・・・・・・やっぱ、不死身だ、コイツ!
「いやぁぁぁぁ! ゆるしてぇぇぇ」
 私はヘルギくんに飛びついた。
 今助けを乞えるのは、彼しかおらんぜよ!
「前が見えねえっつのっ。おいタロー、おりろ!」
「そそそんなこといったってぇ、ラリ子が復活しちゃうよ、とどめを!」
「とどめかいっ」
 お兄ちゃんがツッコンだ。
「太郎ちゃんじゃない。どうしたの」
 あっ、いつものラリ子だ!?
 というか、テンションは低め。
 おかしい・・・・・・。
「あんたにやられたら、すっきりしたわ。五十肩も治ったし」
 いつものごとく、げはげは笑う。
「ご、ごめんよぉ、ラリ子ぉ! 俺が間違ってました」
「わかればいいのよ」
 ヘルギくんの独り言が背後から聞こえた。
「な、なんつう夫婦! 俺には到底理解しがたいな!」

 しかし、クロノの野望はまだ終わっていないはずだった。
 なにせ、私の心臓が狙われたまま。
 いつ襲いに来るかとびくびくしながら、会社で営業を続けていたが・・・・・・。
 お兄ちゃんやヘルギくんとは、ときどきあの魔法の鏡を使って話はする。
 そのおかげで、課長に昇進した私は、「変態課長」のあだ名がついちゃった。
 ぶぁかものっ、俺は変態じゃねえ!
 いいたい、いいたいが、ここはこらえろ、俺は課長なんだからっ。
 島○作めざすんだからっ!
 
 おわり


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