地球で過ごす最後の日を迎えた。 この地球の地に触れるのも、空気を吸うのもこれが最後だ。 残りの18時間をどう過ごし、どう別れを告げよう。 何か今まで出来なかった特別なことでもしようか、 一瞬そう思ったものの、いつも通りのカーテンの隙間から差し込む光と小鳥の囀り、 家の前を走り抜ける車の音、母の朝食を作る生活音を聞き、何かが違うと感じた。 こんな時こそ、いつも通りに過ごしていつも通りに笑っていようと、そう思った。
朝食を終えた由奈は、ごちそうさまと挨拶をすると静かに部屋に戻った。 「確かここに入っていたはずだよねっと・・・あったあった!」 由奈はクローゼットからキャリーケースを取り出し、荷物を詰め始める。 「高校の修学旅行で使ったお気に入りのキャリーケースがこんなところで役立つなんて!」 由奈は楽しそうに荷物を詰め、一通り詰め終えるとそれを部屋の窓の傍に置いた。
「よし、じゃあ後は何をして過ごそうかな?」 そう考えると、特にやりたいことなど思いつかないものである。 よしっ、じゃあ・・・と、由奈は徐に立ち上がり、着替えはじめる。 すぐに着替えを終え、家を飛び出した由奈は普段通っていた店や、 親友の家、友達の家、お世話になった人などの家を回っていった。 「急に会いたくなって来ちゃった!」などと言いながら。 一人ひとりやお店の味を胸に刻み込むように、絶対に忘れぬように。 これで最後だ、惜しむことのないように今を全力で生きよう、そう思った。
時刻はあっという間に夕刻を迎え、由奈は自宅へと帰った。 両親と大切な時間を過ごした、笑って笑って、終始笑い続けた。 由奈は、これでやり残したことはないと心から思えた。 思いっきり笑って、由奈が自室に戻ると笑っていたはずなのだが、急に涙がこぼれた。 誰かに強制された訳じゃない、私は選択肢を与えられただけ、選んだのは私。 それなのに泣くとか意味がわからない、バカじゃないの?早く泣き止め・・・泣き止め・・・。 必死に涙を心の奥に押し込め、由奈はキャリーケースの中をもう一度確認した。 うん、これで大丈夫。そう思えた頃には、時刻は23時50分を回っていた。 あと10分でシェイラからのお迎えが来る、いよいよだ。 由奈はキャリーケースを握ったままずっと立ったまま待つ。
そして時刻は24時という運命の時を迎える。 空に何かが光りはじめ、由奈はじっとそれを見つめる。 光るそれは、空から光る階段を作りながら由奈の部屋まで下りてきた。 この光景はまるで絵本やおとぎ話や夢の中にいるようだった。 「ここに登ればいいのかな・・・。」 由奈が窓枠に手をかけ、登ろうとすると階段の上から一人の男が現れた。 「あ、ちょっとちょっと勝手に登っちゃダメだよ!」由奈はすぐに部屋に降りた。 「すすす、すみません!誰もいないのかと思って・・・。」 男は、由奈の部屋に降り立つと、小さくため息をついて由奈の顔を見て話し出した。 「初めまして、私はシェイラからの使者で入星管理局の穣(ゆずる)と言います、どうぞよろしく。」 「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」 由奈は深々と頭を下げて挨拶をした。 「さて、最終確認ですが準備の方はお済で・・・」 穣はそう言いかけたものの、目の前に置かれたキャリーケースを見つけた。 「ふふ、すでにお済のようで。手間が省け助かります。では、ここからは記憶について。」 「記憶?ってなんのことですか?」
由奈がそう聞くと、穣は右手で2本の指を立てた。 「ここに2つの選択肢があります。1つはこの地球で過ごしてきた22年の記憶を持っていくこと、 もう1つは地球で過ごしてきたすべての記憶を消してシェイラで全く別の新しい自分として過ごすこと。 という以上の2つの選択肢です、どちらになさいますか?まぁ答えはみんな後者、 あなたの答えも分かっ・・・」穣の言葉を切り裂いて返答を出す由奈
「記憶、残してください。忘れたくない記憶が、人たちがたくさんいるので!!」 あまりに予想外の答えに、穣は言葉が見つからない。 「い、いいのか!?記憶なんて邪魔だろう?必ず君の障害になるぞ!!」 穣の反対に、由奈は笑って答える。 「なりませんよ、悪い記憶ばかりだったわけじゃないから、それに大切な家族も友達も忘れたくないから。」 由奈の言葉を聞いた穣は一瞬驚いた顔をして、ニコッと由奈に笑いかけた。 「そうか・・・なら、記憶は君に預けよう。さてと、じゃあそろそろ行こうか。」 「・・・・・はい!」
穣に手を引かれ、由奈は光る階段をゆっくりと歩き始めた。
次回「新たな旅路」
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