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作品名:回想録 作者:あきら

第5回   その五
回想録その五

その日、高志は聞き取りにくい小声で、俺はまだ、いじめた奴
らを許していいないんだと呟いた。ぼそぼそとした声だったの
それが相手に伝えたいものか、それとも自分の気持ちを静める
ために出した声なのか透にはっきりとしなかったがそう言った。、
を映す窓から朝の陽ざしを浴びながら、進むもそのそばに腰を
降ろしていた。透も二人から向かい合った位置、ちょうど正方
型のその部屋の対面の壁に背を凭れて座っていた。全ては、い
つもと同じ様子だった。その薄い緑色をした壁が、透の声に合
わせてゆっくりと膨らんだり縮んだりを繰り返し、その度に色
を白色に変えるのを、だれかの心の中のいるようだと感じなが
眺めていた。「高校時代に俺を苛めた奴らに、俺」と言うと、
一瞬間をおいて、復習したいんだよと語気を強めた。きっと、
あいつらはそんな過去はきれいさっばりと忘れてしまっている
んだろうが、俺はだんだんと月日が経つうちにその記憶が鮮明
になってくるんだ。それが苦しくて仕方がないんだ。十年も前
のことを根に持つような性格だから苛められるんだと、あいつ
らは言うかもしれないど、俺にはそれをどうしようもできない
んだ。だから苦しいんだよ。高志の方は見ずに、進むは膝を抱
穏やかな表情で朝の陽ざしの中で座っていた。白い女性のよう
な膨らんだ方が、光に切りたらそこだけ浮かんで見えた。「で
も、そんなことをしても相手はなにも分かってくれないじゃな
いのかな」そうしたら、無意味だよ、顔はそのままに、静かに
赤い唇だけが動いた。誰も、高志君の復讐の意味なんて理解し
ないと思うよ。きっと、なにも考えずに、考えるのも時間と労
力の無駄みたいに、紋切り型の批判をするだけだよ。いじめた
当人でも、他の人と同じような反応をして終わりだよ。何も理
解してないんだから、何も伝われないと思うよ。今の彼らには
関係ないことだもの。反対側からそんな進むを見ながら、透は
ぼくは高志の気持ちはわかるよと考えていた。高志と見ると、
そんな言葉にも表情ひとつ変えていなかった。二人を見ながら、
進むも、高志本人も全てを分かっているんだろうなと思った。
部屋は膨らんだり縮んだりを繰り返しながら、白色になり、朝
の光が三人を包んだ。窓の外の眩しすぎる青空が、透からはは
きりと見て取れた。「でも、なにもしなかったら、あいつら何
事もなかったように忘れたまま過ごすだろう、それが悔しいん
だ。俺はずっと引きずっていて、あそこから立ち直れないのに。
少なくとも自分のしことを思い知らせやりたいんだ」「何をし
たいの」感情を抑えた声で透はそう聞いた。確かに何もしなけ
何も始めらないんだ。その答えを聞いてみたいと思った。「一
人一人の家に、俺が作った手製の爆発物を送ってやろうと思う
んだ」今までの緊張がほぐれたように、頬が緩んだ、そして、
高志はそう答えた。度の強いレンズを入れた黒ぶちの眼鏡の奥
の目は普段の落ち着きを取り戻していた。その浅黒い肌の顔は
普段通りで、それが単なる空想なのかなと思わせた。でも、そ
そんなことをしたら捕まるよ。損だよ。進むが珍しく感情を露
わにした言い方をした。「正当な理由があっても、やっぱり、
犯罪はだめだよ」と繰り返した。この場面ではそういうのが当
然というように、透も「そうだよ、人に傷をつけたり、殺した
りはやっぱりまずいよ」同調をした。それが、あまりにも高志
を心配してるような響きだったので、透自身が戸惑ってしまっ
た。「いいんだよ、犯罪になって捕まっても、俺は」白色の壁
が柔らかく膨らんで、一日中、そのなかで床に寝そべって、身
を隠すように過ごしていると言った高志のことを思い出した。
「傷が時間が過ぎる程に薄れて行くんじゃなくて、逆に、自分
の中で、強くなっていくんだ。それを解消する方法を見つけた
いんだ。」初夏の日差しを浴びた外の世界はどんな輝きなのか
なと透は窓の方に視線を投げた。ここではない場所に逃げ出し
たいという思いがそれを見てよぎった。「でも、いじめた相手
は今度は自分のしたことなんて忘れて君を恨むだけだよ。怪我
をさせやがって、馬鹿なをことをしるなよって。そうして、憐
れるように笑うだけだよ。前のことなんて、そいつらには関係
のないことだろうし、言われても自分が傷つけられるのとは別、
だと言うタフで無神経なやつらだよ」なぜか、一生懸命に進む
は高志を説得しようとしていた。頑強な身体を動かさないで、
それに抗するようにじっとしたままだった。辛い時間だった。
壁の膨らみに、その呼吸に合わせるようにしながら、透は、正
義ってみんなの一番の利益になるってことだから、高志は捕ま
らないとそんなことを考えていた。高志には高志の正義かあっ
てもいいんじゃないのかなと思った。「高志君には正当な理由
があるんだから、法の正義がどうでもいいんじゃない」そう口
に出してしまうとやはり、透はまずかったと思った。ただ、二
人を見るとどちらも特に驚いた表情をしてはいなかった。個人
の安全保障という言葉がもう一度、浮かんだ。言葉を使った思
考が、自分の身を守るために生まれ、発達したすると、それに
反するような考えはそもそも自己矛盾で、行われないなんだと
いう思いだ。意識する、しないにかかわらず、考えるというこ
は自分の身を守ることを志向するのなら、正しいということは
それを共有する人たちには正しいというこたなんです。正義と
はそのくらいの意味しかないんじゃないかと思った。「やっぱ
り、 高志くん何をしても、その相手には君の気持つは残念だ
けど伝わらないと思うよ」遠くから、進むのそんな囁くような
声が聞こえてきた。「それで、君が捕まって、罰を受けるなん
て不公平だよ」、これからのことを前向きに考えていった方が
いいんじゃないかな、高志に自分の正義のために闘って欲しい
という思いを抑えて、透も進むに同調をしていた。考えるって
ことは個人の安全保障のためなんだから、大きく見える法の正
義と自分の正義がちがっても、ぜんぜん構わないんだよとと、
言ってあげたかったが言えなかった。たとえば、死についても、
頭で考えればどうしても否定し、恐怖しか呼び起こさないのも、
考えることの限界なんだと思うよ。生きるために発達してきた
思考が、死を望むっていのはあり得ないことだし。でも、僕は
高志君の気持ちもわからないではないんだ、横から進むが邪魔
をしてきた。「実は、僕もどうして他の人とおなじようにでき
ないんだろう、ちゃんと働いて自立した生活を送れないんだろ、
うと、いつも悩んでいたんだ」高志や透を見ることもなく話し
続けた。結論はでないんだけどね、もちろん、自分が意気地が
ないんだと思うのが一番、自然だし楽なんだけど、周りからも
そう言われ続けてきたしね、でも、どうしてもそれって納得で
きないんだ。「自分以外の部分に原因があるんじゃないかと、
思いたくて、それで安心したいだけかもしれないけどは、そう
思うんだ」「そうかもしれないね」落ち着いてた高志の声が、
今度は響いてきた。どうしても死を選ぶとしても、それって、
自分の利益、もしくは、家族の、共有しているまわりの人の利
益になるって、考えちゃうときだけじゃないのかな、透は、本
当にこの部屋に、3人でいるのか分からなくなってきていた。。
言葉の響きの度に、壁は柔らかになる、膨らんだ縮んだりと揺
れいる。「悪いけど、高志君、外の光が眩しいんだ、カーテン
を閉めてくれないかな」、透はそう頼んだ。部屋が落ち着きを
取り戻した時、進むがはっきりと言った。「それは両親なんじゃ
ないのかなと、僕、ずっと考えきたんだ。親のせいにするなん
て卑怯なんだけどはね、まだ、いじめたというはっきりした形
がある相手を恨んだ方がましなのはわかっているけど、親不孝
を今までずいぶんとしてきたのが、上塗りだけど、僕にはそれ
しか思い当たらないんだ。」カーテンを閉めてみると、高志の
部屋は、確かにきれいな正方形につつまれた、薄い緑の部屋だっ
た。「一度そう思うと、それでね、その考えが僕の中で消えな
くなってしまったんだ。もうちん、親不孝な考えだと思うし、
罰当たりな気持ちだと思うけどね、でもね」それはとても優し
い声だった。初めて会った時の、柔らかく膨らんだ頬の、白い、
その顔を透は思い出した。高志も、意志の強そうな濃い眉をし
た顔を、その特徴的な大きな目で見つけていた。「それも、も
しかしたら、自然のことなんじゃないかと思い当たったら、な
ぜか気持ちが楽になったんだ」透と高志が聞いてくれているの
を確認するように進むは二人を見た。進化論じゃないけど、そ、
うやって優秀な遺伝子と劣る遺伝子が選り分けられていって、
不幸にして僕は前者になれなかったけど、それでも、僕みたい。
のがいなくなれば、それだけ全体の平均は上がるんだろうなと、
とそれはそれで自然なことなんじゃないかなと思うんだ。そし
して、確かにそれは個人はしては悲しい考えだけど、全体で見
ればちゃんと役割を果たしているのかなと思うと、自分がいる
のね無駄じゃないとも思えるし、そういう人もいなくとだめな
んだよ、きっと」確かにそれは悲しいことだった。だれも何も
言えなかった。「今、結婚できない男性が4割いるって言うで
しょう。それも、優秀な人、6割は結婚している訳だから、そ
の人たちが子供を産んで、育ててくれたら、残りの4割が排除
された分、全体の平均はupするでしょう。そうやって、全体が、
よくなればいいんじゃないのかな、というか、きっと、自然は、
そう言う風にできたるんだよ。それにね」その顔に生気が戻り、
二人に挑みかかるような目を彼はした。「その結婚できるか、
できないかの分かれ目は、年収と相関関係があるみたいなんだ、
そうしたら、年収が400万までの人は子供は一人、600万まで
の人は子供は二人、そして、年収が1000万の人は三人、それ
以上の人は無制限としたら、結果的には社会全体で、優秀な人、
の割合が増えて行くわけでしょう。そうしたら、今よりももっ
と社会に適応力がある人が増えて、いい社会になるよ」晴れや
かな顔で何かを宣言するように進むはそう言った。そんなに、
いきいきとして姿を見るのは、初めてだと透は思った。全体の
利益というのは、正義というのはそんなことなのかな、社会全
体がよくなることがやはり、支持されるのだろう、そして、きっ
とそれしか、選択肢はないのだろうとも思った。「頑張った人  
がその報いを受けられるってのはいいことなんだよね。やっぱ
り、収入の多い人って、小さな頃から努力をしてきたわけだし、
それで今の自分を築いたんだから。平等に機会を与えられてる
訳だから、公平なんだよ。それで、社会が前進していくんだと
思うよ」そう教えられてきたし、それに反論をすることはとて
ても難しいことだろう、そういう人はそれだけ社会に貢献をし
ている訳だし、「俺は結婚なんて考えないようにしてるんだ」
高志がぶっきら棒に怒気を含んだ声でそう言った。女性のこと
も考えないようにしてるんだ。俺にはそんな資格ないし、自分
の力の及ばない範囲のことは考えても仕方ないだろう。そのい
つもの浅黒い顔は、興奮で赤く染まっていた。そう、機会は平
等に与えられているんだから、ダメだった人は大人しくしてい
るしかないのだろう、急に、みんな、黙ってしまった。それは
触れられたく話題だった。不満を言っても行き場はなかった、
我儘になるのはわかっていた。その場の雰囲気に耐えきれなく
なったように、「ちょっと外に出てくるよ、気持ちのいい天気
じゃない」困ったように笑顔を浮かべ、それはとても弱々しく
見えたがそう言った。進むが開けた扉からは眩しいほどの光が
入り込み、透の姿も高志のそれも一瞬、部屋のなかで消えてし
まった様に見えた。高志の姿がもう一度、はっきりとしてくる
と、「みんなそうなんだよ」と透はその心をなだめる様に言っ
た。俺も諦めなくてはならいのは、分かってるよ。でも、この
まま我慢し続けるのは、「俺、機械類は強くないけど、爆発さ
せるカセットボンベとスイッチ、釘はもう買ったんだ」高志の
その顔は不思議くらい生き生きとしていた。準備をしているだ、
けでも気が紛れるというか、楽しかったんだ。もちろん、世間
からはあざ笑われるってことはわかってるんだ。今度は、いじ
めたあいつらが被害者として同情されるってことも、警察に捕
まったら、親兄弟から親戚にまで迷惑をかけるってことまで、
分かってるんだ、そう言う顔は、より一層赤黒く光っていた。
いつまでも執念深く考えていて、忘れられない俺のほうが異常
なんだけど、でも、自分の心の澱を吐き出すように高志はしゃ
べり続けていた。この正方形に囲まれた部屋は、唯一、彼を守っ
てくれる砦なだろうと、透はその姿を見た。「でも、記憶がい
じめられた時の悔しい気持ちが、反抗もできない情けない自分
の思いと同時がに、ふいに頭に現れるんだ。緊張か溶けて、と
なにもない時間になると、それが頭に浮かんでくるんだ。それ
は、明け方の夢から覚めた瞬間かもしれないし、昼食の後の満
足を感じているときかもしれないし、頭のから離れないそれが
なにかの拍子に心に割り込んでくるんだ。それから自由になり
たいんだよ」、行動を起こさなければ解消されない心の思いと
というのはあるんだ、誰かに話さなければ破裂してしまう思い
があるのだろう、透にはそれが分かるような気がした。そして、
そんな自分を止めて欲しいと願っているのかもしれない。「何
もしなかったら、十年以上も前の事で苦しんでるなんて、だれ、
も想像もしないだろう、何もしないことは何もなかったことに
なってしまうんだよ」高志の飛び出た目は、焦点が定まらなく
まなり、ブラウン運度のような不規則が動きを初めた。「病院
に行って、診てもらったほうがいいんじゃない」自分でも驚く
くらい冷たい声で、透はそう言っていた。そして、口に出した
ことらに後悔をした。それで、相談してみたらいいよ。「俺が
怠けているのも全部、自分が悪いことになって7しまうんだ。
おまえは働かないで昼間から、ぶらぶして寝てばかりいるって、
普通にできるのに怠け者だからって」透の声が聞こえなかった
ようにして、時々口ごるったかと思うと、激しい発作のように
おなじ音を発しながら、高志は続けた。それは、同じ姿勢のま
まで唱える念仏のような響きだった。どんな状況でも結婚でき
る人はいいよ、子供も持てて、俺には叶わぬ夢さ、意気地がな
いんだから仕方がないけど、敗北した人間ながら仕方がないけ
ど、それでも大人しく生きなくてはならないんだ、我慢するし
かないんだ、何も誰にも響かないんだから、それが我慢できな
いんだ。口ごもりながら、高志はしゃべり続けた。それが高志
にとっての正義なら、どんなことを実行しても僕は、それを支
持するよ、透は彼にそうエールを送った。空気の揺れだったの
か、風の音だったのか、戸外の人間に作る音でない響きが聞こ
てきて、透はほっとしていた。
それから、高志の記事が新聞に出るのを待って透は過ごした。
高志の正義が成し遂げられるのを願ったが、その記事を見るこ
とはできなかった。やはり、諦めたのか、それとも失敗したの
か、もどかしい思いで何日も過ごした後で、進むに聞いてみる
ことにした。彼は病院に入ったみたいだよ、家族が入れたんだっ
てと、職場の休憩時間、いつもの作業場の裏の階段に腰掛けな
がら、そう答えた。「幻覚がまた、見え出したという理由で、、
入院をさせたみたいだけど、本当のところは分からないよ。彼
の家族は病気のことについてはあまり話したがらないし、聞く
と嫌な顔をするから、それ以上は聞けないし」それはとても落
着いた口調だった。ぼくも心配になって、電話したらそう言わ
れたんだ。「じゃ、実行はやはりしなかったってことだね」、
たぶん、そうだと思うよと、やはりとても穏やかな表情で進む
は頷いた。それを見て、透は涙が出そうになった。結局、何も
なかったことになってしまうのだろう。恨みも苦しみも全て、
病院の中に押し込められてしまったと思うと悔しかったのだ。
分かったよ、彼の家族にそれ以上、聞いても無駄だよ、僕もあ
まりしつこく聞いて、一度、親父さんに怒鳴られたことがある
から、透は黙って背を向けて、自分の休憩時間の場所にと戻っ
て行った。結局、ダメなやつは、大人しくしているしかないん
だよ、高志の言葉が蘇ってきた。何を思っても無駄なのかもし
れない、残りの休憩時間を一人で、透は居たかった。
高志がいなくなっても、透に生活に特に変化はなかった、同じ
ように職場に来て、同じように休憩時間をいつもの場所でひと
りで過ごし、人間の適応能力のすごさに感服しているときに、
透の父親が倒れた。仕事場に連絡があり、急いで病院へと行く
と、父親は集中治療室に人工呼吸の透明なマスクをして寝てい
た。自宅で倒れたということだったが、赤味を帯び、普段の二
倍くらいに膨らんで見える顔で、静かに眠っていた。もともと
口数の多い方ではない父親だったが、本当にもうただ横になり、
何もしゃべらない存在になっていた。ペットの傍に付き添って
いた、母親が透の顔を見るなり、「急に倒れたんだよ、脳溢血
みたいなんでけど、本当に急で、まだ、危ない状態みたいなん
だよ。さあ、お父さんに声を掛けてあげなさい」とその位置を
空けた。すがるような目つきの母親から引き継ぐように、父親
の顔のすぐ横に、透は腰を降ろした。赤く膨らんではいたが、
確かにそれは父親の顔だった。透明なマスクの奥でその唇がと
きどき、動くのを、あの無口な父親には珍しいなと思いながら
透は見つけていた。何をどう、母親の前で話しかけていいのか、
分からず黙ったままでその顔を見つけていた。まだ、僕のこと
で何の責任もとっていないの、それは卑怯だよ、父さん、その
動かない父親を眺めた。「父さん」やっと、それだけを母親の
前で透は言えた。「まだ、予断を許さない状態なんだよ」、感
染症予防のブルーのエプロンをして、頭巾とマスクをした母親
が後ろで呼びかけた。それに透は黙ってうなずいた。子供のこ
ろ、僕の世界は全て父さんと母さんが絶対の世界だったんだ。
父親と母親の判断こそが輝ける正義だったんだ。その後のこと
を、まだ、何も話してないじゃないか。小学校の高学年から中
学に入る頃、それが色あせていき、まわりとの状況にその正義
がついていけないことに気づいてたき。高校時代には、逆にそ
れが、自分のつまづきの原因に思えてきた、母親の視線を意識
しながら、透は父親に顔を近づけた。まだ、なにもそんなこと
を話していなかったよね。その顔を見ながら、自分のつまずき
の原因を言おうとすると、急に不機嫌になり、しゃべらなくな
る父親を思い出していた。悪くなったら、逃げるのは卑怯だよ、
お父さんとお母さんの素晴らしさに包まれて、育ったんだから、
その価値観が全てで、それで導かれるように、安心して育って
きたんだから、それが世界のすべてだと思って育ってきたんだ
から、透は目を大きく開き、その父親の顔をじっと見た。「透、
もっとお父さんはを励ましてあげて」、不満以上に虚しさが残
りばかりだった。あの輝かしい世界が、子供のころに感じた両
親に考えの素晴らしさがとてもちっぽけなものになっていくの
を思い出した。全能の存在だと思ったのがつまらない、普通の
人だったんだ、母親の声が背中から届いた。自分でもどうして
かわからないが、その声に応えるようにして、膨らんだ顔に向
かって、「がんばってね」と感情を抑えながら話しかけた。大
人とは、そういう状況ではそうするものだと、透は自分に言い
聞かせた。それで、自分の偽りを少しでも軽いものにしたかっ
た。父親の人工呼吸のマスクをそのままにしておいてあげるの
が、やっとだった。後ろを振り向くと、母親と視線を合わせた。
母親が救われたような思いでこちらを見つけるているのが分かっ
て、透は満足した。ゆっくりと、しかし、はっきりとした口調
で、きっと大丈夫だよ、父さんは強いからと、母親に優しく話
しかけた。


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