弐-26
「君はその後、直ぐに特殊部隊に出動依頼をしていますね。桜月さんと子どもを殺した縊鬼を、その手で殺すために」
「ああ、だが、腰の重い部隊は動こうとはしなかった」
特殊隊は妻の死を自殺と判断し、縊鬼を探すために動こうとはしなかった。
それは、縊鬼が桜月さんと子どもを殺したという証拠が、何一つ挙がらなかったための結果であった。
「だが、俺は桜月が死ぬ前、確かに桜月から『変な気配と声がして、怖い』と言われ続けてた。仕事中、何度も何度も桜月から『助けて』という電話が掛かってきてた。それなのに、気づけなかったんだ。ひでえ夫だろ」
龍壬さんは辛かった過去を隊員たちの前で穿り返されるも、怒るような様子はなかった。
むしろ、当時の自分を嗤いながら隊員たちに聞かせている。
隊員たちは、何も言わず、ただ口を一の字に結んで耐えるかのように龍壬さんの言葉に耳を傾けていた。
龍壬さんの残酷すぎる過去を知らなかったあたしは、龍壬さんが数十年の間、どんな思いで妖のあたしや静に接していたのか、考えただけで呼吸が止まるかと思うくらい胸が痛んだ。
「さぞかし、特殊隊と妖を恨んだでしょう。おおよそ、それを理由に他主義に引き抜かれたんじゃないですか? 特殊部隊長である乾に復讐をする代わりに、僕を始末するという条件つきでね」
「さあ、それはどうだろうな。――さて、そろそろタイムリミットだ」
龍壬さんは、再びホルスターから拳銃を引き抜くと、銃口を清才様に向けた。
「龍壬さんやめて! お願い!」
こんなこと、桜月さんはきっと望んでない。
咄嗟に龍壬さんの腕にしがみつこうとすると、近くにいた隊員の一人に腕を掴まれた。
振りほどこうにも、隊員の手はがっちりとあたしの腕を掴んで離さない。
「では、最後にもう一つだけ教えて下さい。君たちを引き抜き、僕の始末を頼んだのはどこの誰ですか。心当たりがあり過ぎて、とても自分では特定できませんからね。このままでは、死んでも死に切れません」
銃口を突きつけられてもなお涼しい顔をして淡々と喋る清才様。
それとは反対に、あたしの中の不安と恐怖は増していく。
この感覚は、パパが倒れた時と同じだった。
これが、大切な人を失う寸前の気持ちなんだ。
恐怖の中で、あたしはそんなことを思った。
龍壬さんは、冷静な清才様を不審がりながらも口を開く。
「……いいだろう。尊、と言えば分かるな?」
みこと……聞き慣れない名前だった。
でも、清才様には心当たりがあるようで、その名前を聞いた途端に表情を曇らせた。
「さて、タイムリミットだ。――琴音、目を塞いでろ」
どうしようこのままじゃ清才様と涼香が! 攻撃系の術が使えない今、どうすることもできなかった。
なんとか腕を振りほどこうと必死になっていると、涼香とふと目が合う。
涼香はじっとあたしの顔を見て、一瞬だけど綺麗なウインクをして見せた。
すると、
「それが聞けたら充分です」
清才様の台詞と共に涼香はマジックのように素早く手足のロープを振りほどき、何かを床に叩きつけた。
その瞬間、辺り一面真っ白な粉塵に覆われる。
隊員たちが銃を構える音がした。
「撃つな! 粉塵爆発が起きる! 銃を使わずに捕えろ!」
龍壬さんの怒声が近くで響くと、足音は散らばった。
「清才様! 涼香!」
あたしの腕を掴んでいた隊員は、粉塵に怯んであたしの腕から手を離した。
清才様と涼香を追おうと進んでみるも、真っ白で何も見えない。
と、再び誰かがあたしの腕を掴む。
「すまん、琴音」
龍壬さんの声が聞こえたかと思うと、腹部に衝撃を感じ、次の瞬間には一面の闇に引きずり込まれていた。
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