壱-1
「……ね! ……とね! 琴音!」
「はっ!」
半ば強制的に夢から現実に引き戻された。
瞼を開いた瞬間、視界いっぱいにもじゃもじゃの無精髭を生やした四十代半ばの男の顔が広がる。
「なんか怖い夢でも見たのか?」
「うぎゃああああああああああ!」
男の顔に右ストレートを食らわそうとするが、ぱしっと軽く男に受け止められてしまった。
「心配してる人間に、いきなり殴りかかる奴があるか!」
「あ、なんだパパか」
眉をしかめて不平を述べる男は、一緒に暮らしてるパパだった。
「あ、なんだパパか、じゃねえよ。愛娘が泣いてるから心配して起こしてやったのに、いきなり殴りかかってきやがって」
「泣いてる?」
あ、本当だ。
瞼に手を当てると、涙が指先を濡らした。
……って! そうじゃない!
「なんでパパがあたしの部屋にいんの!」
「今、何時だと思ってんだ。寝坊にも程があんだろ」
パパはあたしの顔に、枕元の時計を押し付けた。
短い針は数字の二を指している。
これは起こしに来ても不思議じゃないな。
いや、でも十代の娘の部屋に四十代半ばのオヤジが勝手に入って、娘の寝顔を窺いに来るのはどうかとも思う。
別にパパじゃなくて静でも良かったでしょ。
「何か言いたげだな?」
パパは器用に片眉だけ上げてあたしを睨んだ。
「起きるから出てってよ」
「お前、最近パパに冷たくないか? パパ泣いちゃうぞ? いいの?」
「あー、もお、うるっさい!」
あたしは布団から這い出て、外の光が隙間から漏れているカーテンを勢いよく開いた。
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