弐-22
続いて清才様が下りて来た。
その下りる速さ、実にあたしが下りるのにかかった時間の四分の一。
五、六メートルある地上から十秒もかからないで下りて来た。
しかも、着流し姿で。
清才様は着流しの袖に入れていた懐中電灯を取り出し、辺りを照らした。
広い道は、どこまでも続いているように見える。
「少し歩きますよ。迷ったら最後だと思って僕について来て下さいね」
あたしは清才様に連れられ、コンクリート製の道を歩き出した。
コンクリート製の道を歩いて恐らく数十分。
辺りが同じ景色だから、どれくらい歩いたのか全く分からない。
あたしは、地下の恐ろしさを思い知った。
とにかく広い。
やたらと広い。
しかも道が複雑に絡み合っていて、とてもじゃないけど一人じゃ歩けない。
本当に迷ったら最後だわ。
そんな道を、清才様は臆せず歩き続ける。
「清才様、もしかしてこの道、全部覚えてるんですか」
「一応ですけどね。まあ、迷ったとしても必ずどこかには辿り着くから、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
そうは言われても、やっぱり迷いたくない。
あたしは清才様にぴったりとくっついて歩いた。
「着きましたよ」
清才様は道の途中にある重そうなコンクリートの扉を指さした。
見事に壁と一体化していて、危うく見逃す所だった。
その扉を開くと、マットや平均台などが置かれた体育館倉庫のような所に出た。
「こっちです」
清才様に手を引かれて体育館倉庫から出ると、本当に体育館に出る。
いや、正確には体育館の二階のギャラリーに出た。
そこから見下ろすことができるのは、テレビでしか見たことがなかった体育館だった。
広い体育館の硬い床には規則的に描かれた線が色んな色で引かれ、高い天井はたくさんの鉄格子が覆い尽くしている。
体育館の明かりは、その鉄格子の間から生えるように出ていた。
地下であるため窓が一つもなく、明かりはその照明だけだ。
寿は歩きながらこの体育館の説明をしてくれる。
「ここは、薙斗君が勤める私立緑旺高校の体育館の地下なんですよ」
私立緑旺高校――あっ、あたしがF本町に来てから最初に見たバス停の名前が確か私立緑旺高校前だった気がする。
そうか、薙斗はこの高校に勤めてるんだ。
「体育館の地下にまた体育館って、どうしてそんな作る必要があったんですか? 生徒の数が多いとか?」
二つも体育館があるなんて、よっぽど裕福な学校なんだろう。
あたしはギャラリーの手すりを乗り越えんばかりの体勢で体育館を見下ろす。
「いいえ、この体育館は共存陰陽隊専用の体育館なんです。だから、この体育館の他にもトレーニングルームや射撃場があります」
「一般の私立高校の地下にそんなもの作って大丈夫なんですか?」
「私立緑旺高校自体、共存陰陽隊の物なんですよ。だから職員は全員隊員だし、生徒も過半数が見習いの隊員たちです」
ひえー、共存主義の経済源が非常に気になる。
国の裏組織だから、税金とかもちょっとは含まれてるのかな。
「この時間帯はやっぱり誰もいませんねえ。放課後になると、見習い隊員たちがここに集まって教官指導の元、特訓を始めるんです。薙斗くんも教官として、見習い隊員を特訓したりしてるんですけど……」
そこまで言うと、清才様はくすくすと笑い始めた。
あたしは期待しながら清才様の言葉を待つ。
「ほとんどの見習い隊員が、薙斗くんの特訓についていけないんですよ」
「え?」
「あまりにハードで、しかもシビアだから、必ず一人は泣き出すんです」
そ、それは……お気の毒過ぎる。
泣き出す見習い隊員さんに、更に追い打ちをかける薙斗の姿が容易に想像できてしまう。
「そういう特訓をするせいで、いつしか薙斗くんは見習い隊員の間で鬼教官と恐れられ、今では授業中でさえ恐ろしくて私語一つないとか。でも、戦闘部に所属するなら薙斗くんくらいスパルタな教官がちょうどいいのかもしれませんね」
「戦闘部に所属するのって、難しいんですね」
「昔よりは軽くなった方ですよ。僕の前の隊長は、見習い隊員同士で殺し合いをさせて生き残った方を隊員として認める、というようなやり方をする人でしたから」
それを聞いてぞっとする。
昔に観た忍が主役の映画を思い出した。
そんなことを本当にする人がいるなんて、とても信じたくない事実だった。
しかも、清才様の前の隊長と言うからにはそう昔の話ではないらしい。
あたしは今、人間界の裏側にいるということを改めて実感させられるのだった。
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