弐-20
ここで、医療部について涼香に説明してもらった。
涼香が所属している医療部の戦闘専属は、戦闘部の特殊部隊長と主戦力部隊長に一人ずつ専属し、隊長の健康管理をすることが役割となっている。
ただし、隊長から要請がない限りは病院勤務の仕事に徹することが義務となっているらしい。
戦闘専属や本部専属に入れる人数は少なく、中でも戦闘専属は特殊部隊長と主戦力部隊長の二人しか専属になる必要のある人間がいない。
(本部護衛の総隊長は総司令官である盃であるため、戦闘専属ではなく本部専属が担う。)
にも関わらず、戦闘部隊長と一対一の関係を築けるとあって、病院勤務の女性隊員たちにとってこの戦闘専属という役職は憧れの的らしい。
そのため、空きさえ出れば凄まじい倍率となって医療部の女性隊員の熾烈な戦いが始まる。
一方の本部専属は、病院勤務から特に腕の良い医師と看護師六、七人で成り立っており、この枠に入るのにもなかなかの努力を要する。
このことから、一般的な病院勤務の隊員は両者とも縁遠い役職と言えた。
涼香は病院勤務の女性隊員の憧れの的である戦闘専属で、主戦力部隊長である清才様に専属している。
しかし、涼香自身は望んでなったわけじゃなかった。
清才様の場合も無理やり主戦力部隊長の任務を押し付けられちゃったみたいだから、涼香の場合も然りなのかもしれない。
涼香が清才様の専属となると、気になるのはもう一方、特殊部隊長のパパに専属している人だ。
涼香に聞いてみると、涼香の口からは知った人の名前が出た。
パパに専属しているのは、『りんどう』という女性だった。
この人、実はパパの彼女で、直接会ったことはなかったけど、よくパパが彼女のことを「りんちゃん」とか呼んでのろけてた。
そのりんちゃんがまさか医療部隊の人だったとは、さすがに驚いた。
涼香もりんちゃんとは結構親しいらしく、このことを話したら会話は物凄く盛り上がった。
涼香が二人の関係を知らなかったことから察するに、どうやらパパとりんちゃんの関係は秘密だったらしい。
でも、話しちゃったからにはもう隠しようがない。
あたしたちは、満足のいくまで女子会の雰囲気でパパとりんちゃんを話の肴にした。
そして、あたしは話の合間にふと気になっていた疑問を思い出し、涼香にぶつけてみた。
「ところで、どうして涼香は病院勤務しなくていいの?」
病院勤務の仕事が義務なら、涼香は義務に違反していることになる。
涼香が自らの意思で違反をしているようには思えなかった。
「ああ、それは、あの馬鹿のせいよ」
涼香はさっきまで楽しげに笑っていたのに、清才様が話に出ると忌々しげに顔を歪め、むき終えた大根をざくざくと包丁で銀杏切りにしていく。
「清さ……寿さんのこと?」
「そう。寿は昔ちょっと無茶したことがあって、そのせいで心臓が悪いのよ。いつ発作を起こしてもおかしくない状況だから、あたしは寿の拠点であるここから長時間は離れられないの。寿自身も、あたしや病院から離れた所へは行けないわ」
「えっ」
涼香から話を聞いた瞬間、自分の不注意で油揚げの油抜き用の湯を指に飛ばしてしまった。
「あっつ!」
あたしは、慌てて手をぶんぶん振った。
「あらあら、大変。ほら、水に浸して」
「ちょ、ちょっと待って、寿さんって今は大丈夫なの? 近くに医療部の人はいる?」
自分の火傷どころじゃない。
あたしは涼香に掴み掛かる勢いで問いかけた。
「安心して、病院からそう遠くない所にいるはずよ。――指、赤くなってるわね。薬持ってくるから待ってて」
涼香は点いていた鍋の火を消して、薬箱を取りに行ってしまった。
そんな涼香を無言で見送ったあたしの頭の中には、心臓を押さえて苦しむパパと同じように苦しむ清才様の姿が浮かんでいた。
その日、清才様はあたしの心配をよそに、家へは帰って来なかった。
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