弐-19
清才様が出かけたため、あたしは大人しく涼香の家事の手伝いをすることにした。
まずは涼香と一緒に長い廊下に掃除機をかけて、それから中庭の花壇に水をやって、大きなお風呂の掃除をした。
最初は涼香も恐縮がってたけど、とにかく今は身体を動かして何も考えないようにしていたいと言ったら、快く手伝わせてくれた。
実際、清才様もそのつもりであたしに家事を頼んだんだろう。
誰かと違って、清才様の優しさは分かりやすい。
お陰で少しの間は、何も考えずに過ごせた。
そのうちに日は傾き、薙斗が学校から帰って来た。
「な、薙斗。今朝は、その……ごめんなさい。薙斗のこと何も知らないのにあんな言い方しちゃって。あと、ありがと」
居間でくつろぐ薙斗に、早速今朝の非礼を詫びる。
薙斗の両親のことを何も知らないで、あたしは酷いことを言ってしまった。
でも、お陰で吹っ切れたのは確かだから、お礼もちゃんと言っておく。
と、薙斗はテレビから視線を外し、「気持ち悪ぃ」と一言呻き声をあげ、心の底からそう思っているかのような目をあたしに向けた。
あたしの中で、何かが切れた。
「な、何それ! せっかく人が真剣に謝ったのに!」
「誰も謝罪なんて求めてねえ。お前、そんなくだらないこと気にして一日過ごしてたのか」
正直、掃除してる途中、何回も薙斗に言った言葉が頭をぐるぐると駆け巡ってその度に後悔していた。
でも、今はその後悔していたことを後悔している。
こんな奴に少しでも申し訳ないと思ったあたしが間違ってた。
「この、朴念仁!」
「朴念仁上等だ」
「うふふ、仲が良いわねえ」
居間で薙斗と言い合いをしてると、居間と繋がっている和室で洗濯を畳みながら涼香が微笑ましそうにこう言った。
こうして、あたしは薙斗を天敵と認識することとなったのだった。
「琴音ちゃんが手伝ってくれて助かるわ」
夕食の支度の時間、涼香はあたしの隣でそんなことを言った。
「うちはこのとおり男ばっかりだから、絶対に家事なんてしないのよ。ううん、できないのよ」
涼香は一本の大根を真っ二つにしながら、居間にいる薙斗に聞こえるようにわざと大きめの声でぼやく。
あたしは台所から顔を出して薙斗の様子を伺う。
しかし、薙斗は特に気にしていないようで、ノートパソコンを開いて仕事のようなことをしていた。
手元に視線を戻すと、涼香は隣で器用に桂むきをしている。
帯のような白い皮がするすると下に向かって伸びていく様はお見事としか言いようがなく、思わず手を叩いて褒めると涼香は「えへへ」と少女のような照れ笑いをした。
「涼香は確か医療部の人だったよね? 医療部の人たちは、普段はこういう家事ばっかりなの? みんな桂むきできるの?」
あたしの質問攻めに、涼香はおかしそうに笑った。
「まさか。わたしは医療部の中でも戦闘専属に所属してるんだけれど、こうやって家事までやってるのはわたしくらいじゃないかしら。普通なら戦闘専属や本部専属でも、要請がない限り病院勤務の仕事に徹するのが義務よ」
「あたし、医療部のことよく分からないんだけど、医療部も戦闘部の特殊部隊と主戦力と本部護衛みたいに分かれてるの?」
「そうなの。医療部はわたしが所属してる戦闘専属と、組織お抱えの病院で勤務する病院勤務と、本部に専属する本部専属に分かれてるのよ」
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