弐-17
「どうしてこんな……術を?」
清才様から問われた質問を意識すると、つい口からパパの名前が出そうになる。
あたしは前のめりになって慌てて口を両手でもう一度押さえた。
「すみませんね、用心に越したことはありませんから。それで、パパという人の名前はなんと言うんですか」
もう一度問われて、もう我慢ができなくなる。
あたしの手は徐々に口から離れて行った。
最後の抵抗で、なんとか開かないように唇を噛みしめる。
「おかしな顔になってますよ」
うう、悔しいけどドSな清才様も素敵。
そう思った瞬間、口が開いてしまった。
「パパの名前は乾です! ……うわあん」
あたしは敷かれていた座布団を引っ張り出してその座布団に顔を埋めた。
「よく言えました。いい子ですね」
清才様は母親の如く優しい表情であたしの頭を撫でる。
どうしよう、調教されてる。
でも、清才様にならいいかもしれないと思ってる自分がいて怖い。
「どうしてそんなにあの人の名前を言いたくなかったんですか」
「約束してたんです」
パパの名前は、絶対に家族以外の誰かに言ったら駄目だぞ。
言ったら、パパと家族の縁は切ったものだと思いなさい。
そう言われてて、一度だってパパを名前で呼んだことがなかった。
今考えると、パパは特殊部隊の総隊長っていう立場があったから、それを他主義の部隊から隠すためにそう言ったのかもしれない。
そのことを清才様に説明すると、
「それは悪いことをしましたね」
と、見るからに悪びれもなくこう言った。
「パパと親子の縁切られたらどうするんですか!」
「そうですねえ」
清才様は急にずいっとあたしとの距離を縮めたかと思うと、素早くあたしの頬に手を添え、耳元で囁く。
「僕の妻になる、というのはどうですか?」
「な、なななな何をっ!」
一瞬にして顔を中心に全身が燃えるように熱くなった。
「冗談です。君は本当に面白いですね」
至近距離から馬鹿にされてるのに、どうして怒れないんだろう。
清才様の顔だから?
「安心しなさい。最初に言ったでしょう。他言はしません」
涼しい顔をして衣服の乱れを直し、元の位置に座り直す清才様。
あたしはまだ後遺症が残っていて、顔が熱い。
その上、変な汗まで出て来る。
「次は、僕が話しましょうかね。実は君がさっき話してくれたことは、大体薙斗くんから報告書で聞いていました」
清才様は、さっきから目を通していた紙をあたしに見せた。
びっしりと文字が羅列していて、事細かにあたしと出会った時のこととかが書かれていた。
意外とまめなのかもしれない。
「でも、実際に経験した君の話の方が詳細に知れて良かったですよ。乾が病院へ運ばれてから、君たちの足取りが分からなくなっていましたから」
「それで、あの、パパたちはどうなるんでしょうか」
あたしの質問に、清才様はうーんと腕組をして悩む。
「乾の場合、生きていたらの話ですが、死刑になることはないと思います。今は不安定な時期ですし、ああ見えて、この組織では重要な人物ですから。何らかのお咎めはあると思いますけどね」
清才様の「生きていたら」という言葉に反応する。結界破りで心臓に負担をかけさせたパパ。
龍壬さんの話では長く歩くこともどうなるか分からないって言ってたけど、生きててくれるならなんだっていい。
とにかく、死刑にはならないことが分かっただけでも安堵できた。
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