零-4
「お頭! そのような狸に騙されてはなりませぬ! 狸は狐同様、人を化かす妖ですぞ!」
今まで黙っていた男の一人は、まるで汚い物でも見るかのような目であたしを見た。
その目は、幾度となく同族から向けられたものと酷似していた。
お頭はやれやれとため息をつく。
「う、嘘ではございません、誠のことでございます」
「では、その仲間とやらに伝言を頼みます」
水干陰陽師のお頭は、ゆっくりと立ち上がってあたしから離れると、
「再び人間を脅かすことがあれば、ただではおきませんと」
背筋が凍るかと思うほど冷たい眼差しを向けられた。
本当にこの人は今まで話していた人と同一人物なのだろうか。
いや、もしかしたらこれが言霊のなのかもしれない。
さっきの言葉に含まれたあまりの威圧感に、身体が動かない。
「お頭、まさかこの狸のことを信じるのですか!?」
「行きますよ」
お頭が袖を翻し行ってしまうと、まだ納得がいかないとでも言いたそうな顔をしていた男二人も、渋々後を追って行ってしまった。
残されたあたしは、しばらく呆然と陰陽師たちが去って行った道を眺めていた。
これは、あの方と初めて出会った時のこと。
この日から数日後、あたしはこのお頭と呼ばれていた男の女房となって、約三年間を共にした。
男の名は清才。
時は今から約九百年前の平安時代後期。
あの時もあたしは十六歳だった。
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