弐-15
どうして、パパにもっと優しくしなかったんだろう。
こんなことになるなら、パパの大好物なものだってたくさん作ったのに。
「泣いたってどうにもなんねえぞ」
向かいに座る薙斗は、味噌汁に口をつけ冷たくこう言い放つ。
分かっていた。
泣いたってどうしようもないことくらい、言われなくたって理解しているのだ。
しかし、袖でいくら拭ったって、あたしの目は水道の蛇口みたいに留まることを知らない。
誰かがこの水道の蛇口を捻ってくれるまで。
「薙斗ったら、もっと優しいこと言えないの」
「本当のことだ。言っておくが、俺はお前みたいな奴が嫌いだ。見てるだけで腹が立つ」
「ちょっとなぎ……!」
ばんっ! 涼香の叱責が飛ぶ前に、あたしは机を思いっきり殴った。
その衝撃で、箸がカランと情けない音を立てて机から落ちた。
皆の視線があたしに集まる。
妙な形で水道の蛇口を捻られたせいか、なんか変なスイッチまで入ってしまった。
それは、逆上のスイッチだった。
「さっきから黙って聞いてりゃ言いたい放題言って! あんたにあたしの何が分かるわけ!? 一日で家族を失ったあたしの気持ちが、あんたに分かる!? 昨日からえらっそうに狸を上から見下して! あんたみたいな人間が教師なんて、日本教育のお先真っ暗だわ! このクズ! カス!」
怒鳴りたいだけ怒鳴ったら、なんかすっきりした。
薙斗は呆れたように肩を竦め、涼香は唖然としている。
隣からは小さくぷっという音が聞こえ、見ると清才様が口元を手で押さえて肩を震わせていた。
「そんぐらい大声出りゃ上等だ。行ってくる」
薙斗はそれだけ言うと、鞄を持って居間から出て行った。
あれ? もっと何か言い返してくると思ったのに。
拍子抜け。
「くくく、琴ちゃん、相当薙斗くんに不満溜めてたんだねえ」
まだ笑いを堪えている清才様は、苦しそうにこう言った。
琴ちゃんって、あたしのことか。
「いやあ、あの薙斗くんにクズとかカスとか言う女の子、初めて見た。あはは」
「わ、笑い事じゃありません!」
涙を拭いながら笑う清才様を、あたしはきっと睨んだ。
「あー、ごめんごめん。でもね、薙斗くん、分かりづらいですけどああ見えて優しいんですよ。君が溜めていたもの吐き出させるために、あんな分かりやすい挑発するんだから」
え? 分かりやすく挑発? もしかして、さっきのわざとだったの?
「この戦闘部隊は死といつも隣合わせですからねえ。薙斗くんの両親は薙斗くんと同じく戦闘部の主戦力部隊の人間でしたが、他主義部隊との乱闘で二人とも薙斗くんが幼い頃に亡くなっています。だから、君の気持ちが分からないわけではないと思いますよ」
焼き鮭の骨を器用に取り除き、食事を続行する清才様は淡々とこう言った。
衝撃の事実を聞き、あたしは暴言を吐いた口を押える。
薙斗の方が、よっぽど辛い思いしてたんだ。
あたし、ただぐずぐず泣いて甘えてただけだった。
薙斗に怒れる資格なんてない。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫よ。薙斗ならきっと気にしてないわ。お味噌汁、温めなおしてあげるわね」
涼香は笑顔でそう言うと、あたしのお椀を持って台所へと消えて行く。
「薙斗くんは不器用ですから、優しさが分かりづらいんですよ。夕方になれば、何事もなかったかのように帰ってくるでしょう」
思えば昨日だって、なんだかんだあたしのこと気に掛けてくれたし、薙斗に会えなきゃ涼香にも清才様にも会えなかった。
態度が気に食わないのは変わりないけど、帰ってきたらちゃんと謝ろう。
薙斗の言う通り、泣いてたってどうにもならない。
こうしてる間にも、パパが殺されちゃうかもしれないんだから。
あたしは、また自分の両頬を自分の両手で叩いた。
「食事の後、お話聞いて貰っていいですか」
食事を済ませて湯呑に入ったお茶を口にしている清才様の方に身体ごと向き直って、真っ直ぐ見つめる。
「勿論。色々聞かせて下さいね」
清才様は意味ありげに、にっこりと微笑んだ。
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