弐-12
重たい瞼を開けると、長方形に象った木板が何枚も平面に横並びしているのが目に飛び込んできた。
あたしの部屋の天井じゃない。
確か、昨日入った部屋の天井だ。
どうやら昨日起きたことは夢じゃなかったらしい。
あんまり期待はしてなかったけど、落胆からため息が出る。
いつの間にか、あたしは布団の中にいた。
涼香が用意してくれたのかな。
勝手に部屋に侵入した上に、勝手に寝ちゃって申し訳なかったな。
「起きたらちゃんと謝らなきゃ」
窓から差し込む春の日差しが眩しくて、腕で日差しを遮りながら呟く。
「今、謝ってくれてもいいんですけどね」
独り言だったのに、突然、その独り言に応える声が頭上から聞こえてきて、思わず飛び起きて身構えた。
「いい反応ですね」
あたしは、枕元で本を読む和服姿の男性を見て悲鳴を上げそうになった。
男性は眼鏡を押し上げ、動揺してるあたしをさも楽しげに見つめる。
だ、だって、この人……!
いや、この方は!!
「せ、清才様!」
あたしは歓喜の叫びを発した。
整った顔立ちに、愁いを帯びながらも澄んだ瞳。
間違いなく清才様だ! あたし、もしかしたらまだ夢を見ているのかもしれない。
試しに自分の頬を抓って見るも、清才様がさっきのように遠くなったりはしなかった。
あたしが今目の前で起きていることが現実であることをこの上なく喜んでいる一方、清才様は予想外なことに、一瞬だけ表情を曇らせた。
どうやら、あたしが何者なのかわかったらしい。
でも、一体なぜ何かを思案をするような暗い表情をしたのだろう。
あたしに会うのは嫌だったのだろうか。
心配になって、そのことについて聞こうと口を開きかけた時、襖がすっと開いて和服美女が顔を覗かせた。
「あら、帰ってたの」
涼香は清才様を見るなり、冷たくそう言い放った。
それから優しげにあたしの方を向いて清才様の紹介をする。
「もう気づいたかもしれないけど、その馬鹿は清才の子孫の寿よ。あの結界を作ったのは、それ」
「こと、ぶき?」
清才様の子孫? この方が? 清才様のお顔をまじまじと見つめると、清才様は苦笑していた。
「昨日伝えようと思ったんだけど、この部屋で寝てたからそのままここに寝かせちゃったわ」
「あ、ご、ごめんなさい」
「いいのよ、疲れてたでしょうし。ねえ、寿?」
涼香は威圧感を含んだ声で寿に同意を求める。
そうか、ここは清才様の部屋だったんだ。
清才様は気にした様子もなく、爽やかな笑顔を浮かべた。
「お陰で可愛い寝顔が見られましたよ」
この人は、なんて綺麗な笑みを浮かべるのだろう。
清才様の顔をついつい見つめてしまい、台詞の理解が遅くなった。
「か、可愛い?」
果たして、先ほどの思案顔はあたしの見間違いだったのかと思うくらい突飛な発言だった。
本心で言っているのか冗談で言っているのかわからない。
いや、恐らく後者だろうけど、あたしの顔は徐々に熱くなっていった。
思えば、平安時代の清才様はこんなことをあたしにおっしゃったことはなかった。
でも、今目の前にいるこの方が清才様じゃないなんて信じられないくらい顔も声もそっくりだ。
「一先ず、朝食にしましょう。薙斗も待ってるわ」
「そうですね。洗面所まで案内しますよ」
清才様はあたしの手を取って立たせてくれた。
「気障ったらしい」
涼香は清才様の取った行動に対して小さく悪態をつくと、部屋から出て行った。
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