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作品名:言霊 作者:狸塚ぼたん

第33回   弐-9
弐-9

「今、鍵開けるわね」

 家の鍵を着物の袖から取り出して、がちゃりと開ける涼香。

一体、袖の中はどうなってるんだろう。

なんて思いつつ、涼香に連れられて中に入った。

「お邪魔します」

 中も旅館のように広い玄関で、どこで靴を脱いだらいいのか迷うくらいだった。

あたしはわざわざ隅っこの方へ行って、靴を脱いできちんと揃えて置く。

こんな綺麗なところだと、なんか恐縮しちゃう。

「まず、お風呂に入ってちょうだい。その間に着る物とか部屋を用意するわ」

「あたしも手伝います。自分が借りる物だから」

「いいのよ、今日は疲れたでしょ。ささ、ここが脱衣所だから。ゆっくりしてね」

 あれよあれよという間に、涼香に脱衣所へ押し込まれた。

見ると、ここもテレビで観たことがある銭湯のような造りになってる。

 仕方なく脱いでお湯に浸かってみるも、湯船も例のごとく広くてどこにいたらいいのか分からない。

あたしは早々に出て、いつの間にか涼香が用意してくれた浴衣に着替えた。

着替えたとほぼ同時に、脱衣所の扉が開く。

「あ、悪い」

 今さっき帰って来たらしい薙斗は、そう言うなり慌てた素振りも見せず扉を閉めた。

あまりに自然な動きで、叫ぶのも忘れてた。

いや、浴衣着てたからいいんだけどね。

なんだろうこの虚無感。

 脱衣所から出ると、薙斗が壁に寄り掛かって腕組して待っていた。

「……お待たせしました」

「無理して敬語使わんでいい。どうせ使い慣れてねえだろ」

 この人、あたしのこと嫌いなのかな。

別にいいんだけどね、あたしも嫌いだから。

いつまでも狸鍋の件は忘れてやらない。

「薙斗だ。近くの高校で数学教師やってる」

「数学教師!?」

 その不愛想な顔で教師?

しかもその体つきで数学って、どう考えても体育でしょ。

「お前、今物凄く失礼なこと考えただろ」

 薙斗はあたしの表情を読んだのか、あからさまに顔をしかめた。

この上からな感じ、確かに教師的な雰囲気はある。

よく考えてみたら薙斗、あたしと出会った時、確かあたしに向かって「うちの生徒じゃなさそうだな」って言ってた。

でもまさか、教師だったとは。

「べ、別に何も考えてないよ。……あ、怪我とかは大丈夫?」

 そうだ、この人残ってあたしの追手撒いてくれたんだ。

見る限り、特に外傷はなさそう。

「平気だ。久しぶりにいい運動になった」

 薙斗はそう言いつつ、脱衣所の扉に手をかける。

「居間は、この廊下真っ直ぐ進んで突き当りを右だ。涼香もそこにいる」

「あ、ありがとう」

 薙斗はあたしの礼を聞かないで、脱衣所の中へ消えていった。

なんか、いい人なのか意地悪な人なのか、よく分からない。

とりあえず、薙斗に言われたとおり居間に行ってみることにした。


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