弐-9
「今、鍵開けるわね」
家の鍵を着物の袖から取り出して、がちゃりと開ける涼香。
一体、袖の中はどうなってるんだろう。
なんて思いつつ、涼香に連れられて中に入った。
「お邪魔します」
中も旅館のように広い玄関で、どこで靴を脱いだらいいのか迷うくらいだった。
あたしはわざわざ隅っこの方へ行って、靴を脱いできちんと揃えて置く。
こんな綺麗なところだと、なんか恐縮しちゃう。
「まず、お風呂に入ってちょうだい。その間に着る物とか部屋を用意するわ」
「あたしも手伝います。自分が借りる物だから」
「いいのよ、今日は疲れたでしょ。ささ、ここが脱衣所だから。ゆっくりしてね」
あれよあれよという間に、涼香に脱衣所へ押し込まれた。
見ると、ここもテレビで観たことがある銭湯のような造りになってる。
仕方なく脱いでお湯に浸かってみるも、湯船も例のごとく広くてどこにいたらいいのか分からない。
あたしは早々に出て、いつの間にか涼香が用意してくれた浴衣に着替えた。
着替えたとほぼ同時に、脱衣所の扉が開く。
「あ、悪い」
今さっき帰って来たらしい薙斗は、そう言うなり慌てた素振りも見せず扉を閉めた。
あまりに自然な動きで、叫ぶのも忘れてた。
いや、浴衣着てたからいいんだけどね。
なんだろうこの虚無感。
脱衣所から出ると、薙斗が壁に寄り掛かって腕組して待っていた。
「……お待たせしました」
「無理して敬語使わんでいい。どうせ使い慣れてねえだろ」
この人、あたしのこと嫌いなのかな。
別にいいんだけどね、あたしも嫌いだから。
いつまでも狸鍋の件は忘れてやらない。
「薙斗だ。近くの高校で数学教師やってる」
「数学教師!?」
その不愛想な顔で教師?
しかもその体つきで数学って、どう考えても体育でしょ。
「お前、今物凄く失礼なこと考えただろ」
薙斗はあたしの表情を読んだのか、あからさまに顔をしかめた。
この上からな感じ、確かに教師的な雰囲気はある。
よく考えてみたら薙斗、あたしと出会った時、確かあたしに向かって「うちの生徒じゃなさそうだな」って言ってた。
でもまさか、教師だったとは。
「べ、別に何も考えてないよ。……あ、怪我とかは大丈夫?」
そうだ、この人残ってあたしの追手撒いてくれたんだ。
見る限り、特に外傷はなさそう。
「平気だ。久しぶりにいい運動になった」
薙斗はそう言いつつ、脱衣所の扉に手をかける。
「居間は、この廊下真っ直ぐ進んで突き当りを右だ。涼香もそこにいる」
「あ、ありがとう」
薙斗はあたしの礼を聞かないで、脱衣所の中へ消えていった。
なんか、いい人なのか意地悪な人なのか、よく分からない。
とりあえず、薙斗に言われたとおり居間に行ってみることにした。
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