弐-8
「よし。じゃあ、ここを通るには結界を破らなきゃいけないわね」
涼香さんはさっき懐から取り出した何かを、右の人差し指と中指で挟んで持っていた。
よく見るとそれは短冊のような形をしていて、中心には墨字で「破」と書かれている。
護符だ。
字があまりにも達筆だけど、誰の字だろう。
平安時代に、一度見たことがあるような筆跡だった。
涼香さんは、その護符を鳥居に向かって差し出す。
「……破っ」
涼香が小さく唱えると、「破」と書かれた墨字が蒼く染まり出した。
それと同時に、鳥居の向こうが蜃気楼のように揺らいで、景色がだんだんと変わりだす。
「うふふ、驚いた?」
「はい」
パパや龍壬さんが護符で術を見せてくれたことは何度かあるけど、こんな見事な術は久しぶりに見た。
「二重構造の結界……」
一層目は妖や人などの眼を欺く幻術がかかっていて、二層目はその幻術を覆い隠す結界となっている。
一層目と二層目は互いに隠し合う関係で、この二重構造の結界の気配は術者には分からないと聞いたことがある。
この結界を破るための言霊を封じ込めた護符も、多分かなり手が込んでるんだと思う。
「やっぱり術には詳しいのね。さあ、通っていいわよ」
涼香さんは護符を懐にしまって、あたしと一緒に鳥居を潜った。
「涼香さんって術者なんですか?」
結界を破る護符を持っているということは、あの結界を張ったのは涼香さんなのかな。
あ、でも、術者だったらパパと同じ特殊部隊に配属されるはずか。
「涼香さんだなんて……涼香でいいわ。わたしはとても術なんて使えないわよ。今は些細な妖気とか、気配を感じ取るくらいしかできないの。あの結界は、別の人が張った物よ。護符はそいつから貰ったものなの。この護符がないと、あそこの結界は破れないようになってるわ」
なるほど、その護符が鍵みたいな造りになってるんだ。
じゃあ、やっぱりこの結界は特殊部隊の人が張ってるのかな。
でも、きっと隊長のパパでもあんな結界張れないと思う。
「着いたわ」
涼香さん――涼香の声で、あたしは思考をストップさせて前を向いた。見ると、旅館のような木造建築物が草原の真ん中に佇んでいる。
「こ、これ涼香の家?」
「うーん、ちょっと違う。正しくは組織の家よ。わたしたち隊員は、部隊ごとに本部から与えられた家を使ってるの。あの家は、戦闘部隊の薙斗ともう一人の馬鹿が使ってる家。医療部のわたしは、山を下りてちょっと先に家があるのよ」
もう一人の馬鹿というのが気になったけど、家には誰かがいる気配はない。
家中の電気が消えていて、ひっそりとしていた。
それこそ、本当に幽霊が出て来そうなくらい。
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