弐-7
「薙斗はいいの?」
「殺気も隠せない下っ端三人くらいなら、大丈夫でしょう。――あらあら、待ち伏せかしら」
涼香さんは、山の入口付近を眺めて呟くようにそう言うと、着物の袖から何かを取り出す。
「これ投げたら、息を止めて目をつむって全力で走ってちょうだい」
「え?」
あたしが聞くより早く、涼香さんはビー玉くらいの大きさの玉を山の入口辺りにある茂みに投げ込んだ。
その瞬間、もくもくと茂みから白い煙が上がる。
あたしは慌てて息を止めて目を閉じた。
「そのまま真っ直ぐ走るわよ」
涼香さんはあたしの手を引き、全力疾走し始めた。
その足の速さは、走ってる途中涼香さんが和服を着てるという事実を一瞬忘れされる程だった。
「もういいわよ」
山をいくらか駆け上がった所で、涼香さんは立ち止まった。
そっと目を開けてみると、目の前には通行禁止と書かれた、錆でぼろぼろの看板が立っていた。
「追って来ないみたいね。行きましょうか」
涼香さんは、看板の横を通り過ぎてすたすたと歩いて行ってしまった。あたしはそれについて行く。
「忍者みたいな道具持ってるんですね」
さっきの玉みたいな奴、あれも漫画か何かでしか見たことない。
今日は本当に、色んなことがあり過ぎて頭がおかしくなりそう。
「ふふ、面白いでしょ。ああいう武器類はうちの開発部が作ってるのよ。さっきのは催涙弾っていって、殺傷力は全然ないけど護身用にはうってつけね」
武器のことを楽しそうに話す涼香さんに怖気が走る。
しばらく歩くと、噂通り大きな赤い鳥居が見えてきた。
その鳥居の前で、あたしは何故か足が竦んでしまった。
ここを通ったら、もう元には戻れないような――もうパパや静や龍壬さんと、一緒に居られなくなるような、そんな気がした。
「どうしたの?」
同じく、鳥居の前で止まった涼香さんは、着物の懐から何かを取り出しながらあたしの方を向く。
涼香さんが掴んでいたあたしの手は、あたしが立ち止まった時に放された。
「あの、わたし、組織には所属できません。所属したら、パパがきっと悲しむから。それでも、いいですか」
「捕獲令のこと、知ってるのね。でも、大丈夫よ。あの命令は、主に妖気を感じ取れる術者が集まる特殊部隊に向けた命令なの。あたしは医療部隊の人間だし、薙斗も主戦力部隊の人間だから、いくらでも言い逃れできるわ」
涼香さんは「そうねえ……」と悩む仕草をしてから、悪巧みを考え付いた子供のように微笑んだ。
「わたしたちは、あなたが化け狸だってことは知らなくて、たまたま何故か他主義部隊に追いかけられていたあなたを助けて保護してたって設定はどう? これなら完璧よ」
自信たっぷりにそう言う涼香さんに、あたしは安堵する。
この人なら、きっと力になってくれる。
あたしは首を縦に振った。
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