零-3
「な、なんでしょうか」
「この山で村人を脅かし、食べ物を奪っているのは貴女ですか?」
顔の血の気がさっと引くのが、自分でも分かった。
でも、ちゃんと本当のことを言わなければ、怪我の手当てをしてくれたご恩に報いることになる。
決して恩に背くことをしてはならない。
これがあたしたち化け狸の長の口癖だ。
長の言葉は絶対。
あたしは下を向きながら首を横に振った。
「あ、あたくしではございません」
「では、誰か心当たりはありますか?」
「……はい」
「誰です」
「……そのようなことをするのは、あたくしの仲間でございます」
まるで密告しているかのような心持がしたけれど、以前からあのような悪行はすべきではないと思っていたからすっきりもしていた。
あたしは顔を上げてお頭の表情を窺った。
お頭はじっとあたしを見つめているだけで、しばらく何も言わない。
お頭の目は驚くほど澄んでいた。
やがて、信じてもらえたかどうかはよく分からないけれど、お頭は優しげに微笑んで話題を変えた。
「この怪我はどうしたんです」
「これは……」
この怪我についてはさすがに素直に言うべきか躊躇した。
だって、これは化け狸という妖であるあたしの恥だと思うから。
「言えませんか?」
下を向いたあたしに、お頭は怒ることなく問う。
「申し訳ございません」
自分の仲間が人間を脅かして食材を奪っているという事実も、勿論あたしにとっては恥だ。
人が獲得したものを盗るなんてあたしにはできない。
けれど、化け狸だけでなく妖の間ではそれが普通なのだ。
この怪我の原因は、この普通をおかしいと思ったからだった。
今日、集団の中での普通をおかしいと思うことは、集団そのものを敵に回すことだと身をもって思い知らされた。
同族に怪我をさせられたなど、悔しくてとても敵と言える陰陽師には言えなかった。
|
|