弐-5
振り返ると、白地に水色の流水柄の着物を着た女性が、近くの街灯によって照らされていた。
艶やかな黒髪は赤い簪でまとめられていて、驚くほど白く細長い指が女性の頬に当てられている。
男性程ではないけど、目がやや吊り上がっていて、右目の涙黒子が印象的だった。
この世の者とは思えない程の美女。
「で、出た!」
和服を着た美女の幽霊!
……ん?
美女?
確か、噂では男のはずだけど。
「言っておくが、涼香も人間だぞ」
あたしの思考を読んだのか、薙斗と呼ばれた男性は素早くあたしを制した。
「お邪魔だったかしら?」
涼香さんのうふふと笑う姿も、まるで絵画のように様になる。
女のあたしでも思わず見惚れてしまうほどだった。
「いや、むしろ好都合だ。こいつをお前に頼みたい」
「「えっ?」」
薙斗さんの意外な台詞に、あたしと涼香さんの声が重なる。
「お前、名前は?」
「え、こ、琴音です」
いきなり問われてあたふたと答えたけど、答えて良かったんだろうか。
でも、そう思った時にはもう遅かった。
何故か二人は、あたしの名前を聞いた途端、驚愕し始めたのだ。
「琴音? あなた、本当に琴音っていうの?」
涼香さんに再度名前を確認され、おずおずと頷いた。
あたしの名前は、昔も今も変わらず琴音だ。
清才様からつけてもらった、大切な名前。
……あ!
「も、もしかして、陰陽隊の方々?」
龍壬さんの話によれば、清才様の手紙のレプリカにはあたしの名前が書かれてるんだった。
陰陽隊の人間なら、あたしの名前で反応しないはずがない。
ま、まずい!
どこの主義の陰陽隊だか知らないけど、ここで捕まったらせっかく逃げたのに元も子もない!
「化け狸の琴音か」
薙斗さんの台詞を聞くと共に、ベンチから立ち上がって逃走を図った。
涼香さんの制止の声も振り切って、公園から出ようと全力疾走する。
が、わずか五秒もたたないうちに再び薙斗さんによって捻じ伏せられていた。
でも、今度は大人しく捻じ伏せられてなんてやらない。
あたしは術を解いて、狸の姿で薙斗さんの腕から逃れた。
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