弐-3
川沿いを歩くこと数十分。
薄暗くなった辺りは、どこまでも田んぼと山と川だけだった。
こういうのを人は田舎って呼ぶんだろうな。
やがて、城下公園と書かれた看板が見えてきた。
あたしはその看板の横の入口から公園に入った。
と、梨穂さん、いきなり振り返って公園に入って行くあたしを不審者を見るような目で見たかと思うと、逃げるように走って帰って行った。
人影のない夜の公園に一人で入り込む少女。
自分で考えてみても、不審なことこの上ない。
あたしは、小さくなっていく梨穂さんの背中を無言で見送った。
もう今日は遅いから、山の散策は明日にして遊具の中で和服の幽霊さんを待つことにしよう。
鉄製のドーム型に穴が開いている遊具の中に入ると、中には木の葉や石が中心に集められている。
恐らく、子どもたちが遊んだ後だろう。
昔、こういう場所を秘密基地にして遊んでる子供が出て来る絵本を、パパや龍壬さんに読んで貰ったっけ。
あたしは地べたに腰を下ろして、冷え切ったハンバーガーを頬張りながら昔のことを思い出す。
――龍壬さん、この絵本読んで!
――おう、どれどれ。
――琴音、たまにはパパが読んでやってもいいんだぞ?
――ううん、龍壬さんの方が上手だからいい。
――だよなー、パパより俺の方が読むの上手いもんなー。
――てめえ、龍壬! 琴音は俺の娘だぞ、ゴルァ!
――ほらパパ、やきもちなんてみっともないよ。じゃあ、わたしにこれ読んで。
――……静、これ俺のピンク本じゃね?
――ちゃんと喘ぎ声も完璧にね。
――龍壬さん、あえぎごえって何?
――琴音は俺とこっちの絵本読もうなー。
何気ない、馬鹿みたいな日常。
偽りでも、あたしには温かかった。
六歳の頃に妖界から飛び出して、どこだか全然分からない山の中をひたすら彷徨って、妖力を感じ取ってくれたパパに拾われた時、あたしは何もかも救われた気がした。
――よし、これからお前は俺の娘だ! もう絶対、独りにはさせねえ。俺が、お前を守ってやる。
パパ……あたし、今独りだよ。
また独りになっちゃったよ。
心にぽかんと空いた穴をハンバーガーで埋めるために一気に口に頬張ってみたけど、やっぱりだめだった。
まるで、あの頃に戻ったみたい。
仲間からも実の親からも見放され、いつの時代かも分からない山に飛び出して、お腹も空いてて。
「パパぁ……静ぅ……龍壬さぁん」
だめだ、もう涙が止まらない。
暗いし怖いし不安だし、もうお家に帰りたい。
偽りでもいい、嘘でもいいから。
温かかったお家に帰りたい。
みんながいるお家に帰りたいよお!
号泣するあたしを、遊具の天辺の穴から月明かりは他人事のように照らす。
しばらくぐすぐすと泣き続けてると、いきなり月明かりが無くなった。
ふと上を向くと、そこには月の代わりに無表情の顔があった。
……あれ、こんな顔さっきまで覗いてたっけ。
しばらく無言で見つめ合っていると、顔が口を開く。
「家出か」
「……いやああああああああああああああああああああ!」
|
|