零-2
「お頭、あの茂みに何かおりますね」
案の定、さっきまで嘆いていた男がお頭と呼ばれている男にこう耳打ちをした。
あたしの心臓は口から出てきそうなくらい暴れまわっている。
「そこにおる者、出て来い!」
お頭の後ろに立っていたもう一人の男が、お頭を庇うように前へ出た。
怒鳴り声により、あたしの心は完璧に恐怖の虜となってしまった。
こんなに死を身近に感じたのは初めてで、最悪の事態しか予想できなかった。
どんな風にされるのだろう。
鍋にでもされて食われるのだろうか。
それとも術で殺した後、あたしの首をこの山に吊るすのだろうか。
考えただけで恐ろしくて涙が溢れてくる。
こんなところで終わってしまうのかと思うと悔しくもあった。
ざくざくざく、と地面を踏みしめるような足音がこちらに近づく。
「お頭! 危のうございます!」
足音の主は、先ほど怒鳴った男の叫び声など聞こえていないかのようだった。
足音が目の前で止まると、茂みは誰かの手によって掻き分けられた。
掻き分けた者の顔を見ると、恐ろしく整った顔立ちの男があたしを興味深そうに見つめている。
お頭なんていうごつい呼び名に似つかわしくない、爽やかな雰囲気の青年だった。
「化け狸ですね」
一応、この山に入った時から人間に化けてはいたが、恐怖で術が解けかけていたために狸の耳と尻尾は隠せていなかったようだ。
お頭はあたしが化け狸という妖だと気付くと、屈んであたしに手を伸ばした。
「い、命だけはお助け下さい!」
あたしが悲鳴に近い叫び声を上げると、手の動きがぴたりと止まり、お頭は何故か一瞬だけ酷く悲しげな表情を浮かべた。
「安心なさい、殺しはしません」
お頭はあたしの頬を伝う涙を着物の袖で拭うと、あたしの足首に視線を移した。
「腫れていますね、少し待っていなさい」
お頭はあたしから離れると、手近な木の枝を持って来た。そして、何を思ったのか自分の水干の袖を引き千切った。
あまりにも突然のことで、お頭の後ろに立つ男二人も驚愕していた。
「……これでいいでしょう。風には当てないようにしなさい」
お頭はあろうことか、あたしの足の手当てをしてくれたのだ。
あたしがお礼を言うより先にお頭がまた口を開く。
「貴女に聞きたいことがあるのですが」
お頭は驚愕の余り黙り込んでいる男二人の存在など忘れたかのように、素知らぬ顔であたしに問いかけた。
|
|