壱-12
男の足音がだんだんと襖に近づいてくる。
近づいてくるに従って、拳を握る力もだんだんと強くなっていった。
あたしはぎゅっと目をつむって息を止める。
「基己、そこで何してる」
聞き覚えのある声に、あたしは目を開けた。
押入れの隙間から漏れていた外の光は、男で遮られている。
「ああ、龍壬さん! ちょうどよかった! 今、隊長の洋服とか準備しようとしてたところだったんすけど、場所とか全然分からなくて!」
あはは、と明るく笑いながら龍壬さんと話す男の声は、さっきまで他の二人に横柄な態度を取っていた男の物とは思えなかった。
「俺はお前をここに呼んだ覚えはねえんだがな」
一方、龍壬さんの声は、冷静だけど威圧感を含んでいた。
いつもパパとお酒飲んで馬鹿笑いしてる龍壬さんとは思えない。
緊迫した無言の後、男は芝居がかったように大きなため息を吐いた。
「あーあ、やっぱ龍壬さんには敵わないっすわ。お察しのとおり、狩りに来ました」
「誰から聞いた」
「俺の情報網、なめんでほしいっすわー。ま、妖の捕獲令が発令されたことなら、もうほとんどの奴らは知ってると思いますけど」
「もういい。失せろ」
「いい顔できんのも今のうちっすよ? この部屋で妖力を感じたのは確かっすから。ククク……」
不気味な笑い声を上げながら、男はゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。
龍壬さんは男が家を出るのを確認すると、直ぐに襖を開けてくれる。
「遅れて悪かった」
龍壬さんの笑顔を見た途端、せき止めていた何かが吹っ飛んで涙が溢れた。
「怖かったよお!」
もう涙と鼻水で顔めちゃくちゃだけど、思いっきり龍壬さんに飛びついた。
「よしよし、よく頑張ったな。静も、泣きたかったら来ていいぞ?」
龍壬さんはあたしを右手で抱えながら、左手を開いて静を迎えようとする。
が、静は右の手の平を龍壬さんに向けて、
「ロリコンはパパだけで十分」
と、冷たく言い放った。
案の定、龍壬さんはぴきっと表情をひきつらせる。
「可愛くねー」
「とにかく、早くここを離れた方がいいでしょ」
龍壬さんはため息をついてから頷いた。
あ、あれ、あたしだけなんか話に乗り遅れてる?
なんか全然今の状況が呑み込めない。
あの男が言ってた、隊長とか妖の捕獲令とか……もう何がなんだか。
「説明は、俺の家でしてやるから。今はとりあえず早くここを出るぞ」
表情から混乱してることを読み取ったのか、龍壬さんが涙でぐしゃぐしゃになったあたしの顔を、洋服の袖で拭いながらそう言い聞かせる。
「分かった」
訳が分からないけど、龍壬さんに従ってた方が良さそう。
これでいいんだよね、と確認するように静の方を見ると、静は神妙な面持ちで首を縦に振った。
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