壱-10
『――はい』
龍壬さんは直ぐに出た。
「龍壬さん、琴音です! パパが今家に帰って来たんだけど、急に苦しそうに玄関で蹲っちゃって! パパが龍壬さんのこと呼んでるの!」
龍壬さんの声を聞いた途端、安心したせいか涙が溢れてきた。
泣いちゃだめだ、しっかりしないと!
『……分かった。俺がそっちに人を寄越すから、お前たちは隠れてろ。絶対に救急隊の奴らには顔を見せるなよ』
「え? 龍壬さん、どういうこと?」
世間では妖なんて架空のものなんだから、術者じゃない救急隊の人ならあたしたちを妖なんて思ったりしないはず。
出来ればパパの傍から離れたくないから、救急車に一緒に乗りたいのに。
『いいから、俺の言うとおりにしろ! 静と部屋で待機してるんだ。俺も直ぐそっちに向かうから! いいな、気配を消して、絶対に部屋から出るなよ!』
「う、うん」
龍壬さんの声は物凄く切羽詰まっていた。
直感的に、これは従わないといけないって思う。
『よし、じゃあな』
そう言うと、直ぐに回線は切れた。
「龍壬さん、なんて?」
まだ苦しそうに額に脂汗を浮かべて呻いているパパの手を握りながら、静が問いかけてくる。
「直ぐに人を寄越すって。それから、あたしたちはその人たちに見つからないように隠れてろって言ってた」
なんかよく分からないけど、今は言われたとおりにするしかない。
「分かった」
静ならパパといたいって言い出すかと思ってたけど、意外にもあっさりと握っていたパパの手を離した。
それから、パパの耳元に口を近づけて、
「ごめん、パパ」
それだけ言うと、静は蹲るパパの首と後頭部の間を手刀で思いっきり打った。
「がはっ……!」
「静!?」
ちょっと!
今何したのこの人!?
「大丈夫、気絶させただけだから」
ぐったりしたパパの頭をそっと撫で、静はパパから離れた。
パパを見つめる横顔は哀愁を帯びていて、子供の表情ではなかった。
「いや、大丈夫じゃないでしょ!? 何なの今のっ!?」
一方のあたし、大パニック。
だって、首打って気絶させるなんてドラマとかでしか見たことない!
何でそんなこと静にできるわけ!?
「今そんなこと話してる場合じゃないでしょ! 早く隠れるよ!」
あたしの方を向いた静は、完璧にいつもの静に戻っていた。
静はあたしの手を引いて、玄関から一番近いパパの部屋に入り込んだ。
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