壱-8
次の日、あたしが起きた頃にはもうパパと龍壬さんはいなかった。
静は昨日と同じく居間のソファで寝転んでる。
「パパも龍壬さんも、起こしてくれれば朝ご飯くらい作ったのに」
「パパ、琴音が寝た後も龍壬さんに愚痴ってたよ。冷たくされたのが、相当ショックだったんじゃないの」
うっ。
静の言葉がちくちくと胸に刺さる。
「今日の晩ご飯は、パパが好きな物にするかあ」
単純だから、肉じゃがなんか作れば一気に上機嫌になるに違いない。
材料があるかどうか冷蔵庫の野菜室を覗いた。
「静ー、パパから何時頃帰って来るか聞いてる?」
「今日はそろそろ帰ってくると思うよ」
静はパパと龍壬さんの仕事を知ってるらしく、今日もどんな仕事で出掛けてるのか知ってるみたいだった。
やっぱりパパとは、あたしが加わるずっと前に出会って一緒にいるから、そういった疎通はあたしよりできてる。
「パパが帰ったら買い物に付き合ってもらわないと、じゃがいもがないや」
そう呟きつつ野菜室を閉じると、家の玄関で物音がした。
「あ、パパが帰って来たかも」
あたしは出迎えようとキッチンから出ると、いきなり静があたしに飛びついてきた。
「静、どうし……」
「待って! 嫌な気配がする」
「嫌な気配?」
静は眉間に皺を寄せて、真剣に玄関がある壁の方を見つめていた。
静は座敷童子だから、禍福の気配とかには敏感なのは分かるけど、何が起こるっていうんだろう。
「琴音はここで待ってて。いい、呼ぶまで絶対動かないでよ」
「う、うん」
静はあたしの応答を確認すると、一人で玄関の方に向かっていった。
しばらくすると、玄関が開く音がして、誰かの苦しそうな呻き声が聞こえて来る。
「琴音!」
静の悲鳴に近い声に肩がびくりと震えた。
そして、次の瞬間、あたしは玄関に走っていた。
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