零-1
渇いた土と生い茂る草の匂い。
あたしは山の中で一人蹲っていた。
足首に感じる鈍い痛み。
よく見ると、少し腫れているように見える。
助けを呼ぼうにも、仲間はとっくにあたしを置いて逃げてしまった。
どうして逃げたのか直ぐに分かった。
迫り来る多くの足音とただならぬ気配を感じる。
「清才様ももういい歳なのですから、そろそろ誰かを娶ってはいかがです?」
「そうですよ、上級貴族などそれなりに名が知れているのですから、良い相手は直ぐに見つかりましょう」
「私のような身分の家に嫁ぐ貴族などいませんよ」
楽しげな人間の男の声が、麓の山道から風に乗って聞こえて来る。
その男たちの声を聞いて、ふとあたしたち化け狸の長の台詞を思い出した。
――殺らねば殺られるぞ。
あたしはじんじんと痛む足を引きずって、茂みの中に身を潜めた。
恐怖のあまり身体ががくがくと震え、嫌な汗が背筋を滑るように流れていく。
少しだけ顔を覗かせて様子を窺ってみると、山を登って来るのは水干を身に纏った三人の男たちだった。
妖界で要注意人物に挙げられている術者たちで、都の妖は言霊という術によってほとんどやられてしまった。
その術者たちを村の人間たちは陰陽師と呼び、都の人間はその陰陽師たちを中心に妖を撲滅する計画を立てているとも聞く。
負傷したこの足で、あの陰陽師たちから逃げ切れるとは思えない。
足音と台詞はだんだんとはっきり聞こえて来るようになった。
それと同時に、あたしの死への恐怖もだんだんと膨らんでいくのが分かった。
「ならせめて、女房を雇うというのはどうですか? 男ばかりのむさ苦しい所ですから、ちょうど花が欲しいと思っていたところです」
「妻と同じことですよ」
「全く、何故我らのお頭殿はそう後ろ向きなのでしょうねえ」
一人がそう嘆くと、やがて足音が茂みの近くで止まった。
息を殺して気配を消してはいるけれど、男たちの視線はこちらに向いていることは分かった。
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