「オッ、やっておるの。」 道端で突然立ち止まるお爺さん。グラウンドではユニホームを着た少年たちが野球の練習をしていた。
「珍しいですね。スポーツ嫌いのお爺ちゃんが。」 今日のお相手は洋子さん。洋子さんは、お爺さんの長男の嫁。陽菜ちゃんの母親でもある。
散歩には、必ず洋子さんが付き添う。無銭飲食、商品の持ち去り、肉や魚など陳列品のツツキまわし、お巡りさんへの悪態・・・見張ってないと、とんでもないことになるのだから。
「うむ、ワシが注目しておるのはあの男じゃ。」 少年野球の監督。怒鳴り散らしながら、次々ノックを浴びせてゆく。
「ああ、ご町内のご主人。休日になるとああやって野球の指導をしてくださる。」 手弁当、ボランティア、とても熱心・・・洋子さんが喋るにつれ、お爺さんの眼は険しくなってゆく。
「怒鳴り散らしてるだけでないか。子供相手にナニ威張ってるおるんじゃッ!」 「でも、スポ−ツってそんなもんですョ。」 洋子さんは学生時代、練習が厳しいことで有名なチアリーディング部にいた。
「郷津さんが言っておった。「怒鳴ったり殴ったり、スパルタ式でやっても県大会どまり。全国レベルにするには理論で教えないと」ってね。」 郷津さんは著名なスポーツチームの監督。・・・スポ−ツ嫌いなお爺さん、なぜか体育関係に知り合いが多かった。
「ボールを「肌身離さず持ってろ」という指導もあるようですね。」 「そういう情緒的なのもダメ。ちゃんと言葉で教えないと。」
「さて、まだまだ話しの続きはあるぞよ。」 「はいはい」 長話、ザレゴト、繰り返される言葉・・・洋子さんは慣れていた。遮るとかえって厄介、聞き流すに限るのだ。
「今グラウンドで怒鳴り散らしている男の同類、それにワシらが会った時の話しじゃ。」 「ア、対決したことがあるんですか。直接〜」
「いやそうでもない。・・・会社の求人募集、社長とワシとで応募者にあったんじゃ。」 「ええとゥ。ああ、休日に少年野球の監督をしている人が、お爺さんが勤めていた会社に応募してきたんですね。新卒でなくてキャリア組の途中採用。」
お爺さんがいた会社の社長は元プロ野球の選手。引退してからビジネスの世界に入り、そこでも成功した伝説の人物だった。
「野球ネタで社長と話が弾む! 応募者にとって有利な状況ですよね。」
「・・・ところが真反対じゃった。」 「お互い主張が強くて食い違っちゃうとか?」
「お主、会社の採用面接じゃゾ。そうはならないッテ。」 「そ、そうですか。それでわァ〜、何があったのですか?」
「社長が、頭を下げて応募者に懇願おった。」 「ええッ! 何を?」
「「お願いだから、少年たちを怒鳴り散らしたりせず、優しく指導して下さい」 ッテ!」 「大物が小物に対してソレですかァ。」
「大物といえど、自分が少年時代に浴びせられた罵声は忘れられないのじゃろう。」 勿論、「理論で教えてよね」というメッセージも含まれていた・・・短いけど丁寧な言い回しの中に。
「・・・で、採用試験の結果はどうなりました?」 「忘れた。」 「ですよね。」
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体罰が社会問題化している現在、もはや怒鳴り散らしたり暴力を伴う指導は許されない。優しく理論で教えるのが好ましい指導法のようだ。・・・ところでスポーツ嫌いのお爺さん、なんでこんな話しをするのか。
「お爺ちゃん、今日のテーマは、「スポーツの指導」なんですか?」 確認する洋子さん。 「それより、何であの町内会男が怒鳴るのか。その「理由や構図」を考察してみたい。」 やはりそんなことだった。
@なぜ監督は怒鳴るのか
「シロウト監督が怒鳴る「理由や構図」が知りたいですね。」 お爺さんのセリフをオウム返し・・・でも感じがいい。聞き上手な洋子さんだった。
「自分もこうされたし、「精神を鍛えるにはこれしかない」という信念・・・。」 スポーツ界では、精神の鍛錬を重視する伝統がある。 「本当ですか?」
「いやもっと単純。何も考えてないんじゃないかな。」 「やっぱり!」 お爺さんの好きそうな言い方。
「上手く言葉で説明できないから、もどかしいのよ。」 「だからツィ、怒鳴っちゃうんですね。「プロや高校の選手ならこう動く。なぜ君たちはそうできない(怒!)」ッテ。」
「ひょっとすると十分な技能や経験がないのかも知れん。」
「技能や経験があれば、少年野球でなく大人の世界で堂々とやっていけますものね。 多少の技能や経験があるにしても、言葉で伝えられなきゃ監督やってる意味がない。」 穏やかな顔してキツイこと言う洋子さん。
Aなぜ監督は威張るのか
「洋子さんのいう通りかも知れん。相手が少年だから威張れるんじゃ。 ・・・ほんとは少年達に「威張らせて頂いてる」んだけど。」
「少年達にしてみれば、自分をレギュラーにしてもらいたいから。」 元、体育会系の洋子さん、良く分かっている。
「それに、威張らせておけば無難なんじゃ。下手に歯向かうとウルサイし、シツコイ。」 少年達が一番良く分かっていた。
「監督が「威張る」というより、少年達が「威張らせている」んですね。」
Bなぜ監督は偉そうにするのか
「それにしてもあのシロウト監督、態度が尊大というか・・・やたら偉そうです。」
「本当は偉くないのよ。だから偉「そう」にしておるんじゃ。」 ひょっとすると技能や経験がない監督、誰からも認められず尊敬もされない。仕方ないから、自分で偉「そう」にしている。
「「偉い」「偉くない」は人が決めることですものね。」 だから本当に偉い人は偉ぶらず、威張りもしないのだ。
C「偉そうにする」「威張る」「怒鳴る」
「「偉そうにする」「威張る」「怒鳴る」、どれも同じ匂いがします・・・やな感じ。」
「それは、根っこが同じだからなんじゃよ。」 同じ根っこから生える悪しき行為。およそ教育的でない。
「あの男自体が悪しき根っこなのよ。じゃから偉そうに威張りおる。 怒鳴るのも大好きで、弱い相手を見つけては暴挙にでる・・・やな性格。」 いい大人が子供相手にストレス発散? 「不健全だわ。そんんな人に子供預けられない。」
「それだけではないゾ。この「根っこの性格」に、 監督が置かれた「現実」、そして「思い入れ」が重なるから凄い。」
技能や経験に乏しく人から尊敬されない「現実」。 チームを纏めるには監督に威厳が必要との「思い込み」。 ・・・性格・現実・思い込みの三大要素が、猛烈なパワーとなり少年達を襲っていたのだ。
「あんなフウに怒鳴り散らすのって、凄いエネルギーですよね。」
「あの男の本業は何じゃろう。・・・エネルギーは本業に費やすよう、強くお勧めしたい。」 もとより、「仕事中に怒鳴り散らせ」という意味ではない。人の和を大切にする健全な社会では、「偉そうにする」「威張る」「怒鳴る」は絶対にダメ!
世の中の「監督」の殆どがマトモなことは言うまでもない。・・・問題なのは、あの町内会のシロウト。「悪しき行為の即時停止」、願わくば「本業への集中」を、ひたすら願うお爺さんと洋子さんだった。
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