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作品名:豆相人車(ずそうじんしゃ) 作者:松韻萬里

最終回   第七章 きっと変われる
「ヒルちゃん、嫌なもの見ちゃったね。電車をわざわざ退化させて少女達に牽かせるなんて・・・」
「「山頂から噴火する富士山」や「お嬢さんの私」なんてマトモなほう。「少女人車」は私達の知識や発想から大きく逸脱しているよ。」
 過去から未来に向け、文明はヒタスラ進化してゆく・・・これが暗黙の了解なら、少女人車はそれに真っ向から逆らう世界だった。

 たしかに郷土の歴史に登場する人車鉄道も文明の進化に逆向した代物だが、人・物・金・技術・情報の集約が未熟な時代の産物だから致し方ない。ところがあの少女人車は、成熟した文明や社会があるのに敢えてそれに逆らっている。

「原始への懐古主義、確信犯だよ。クリーンエネルギーや省エネを突き進めてゆくと、ああなっちゃうのかな。」
 課題の多い原子力発電や、CO2を撒き散らす火力発電。お天気に左右される太陽光や風力発電。それに巨大なダムを必要とする水力発電。・・・全てに嫌気がさし人力に回帰した世界。

「それにしても、女の子の肉体労働に頼るなんて・・・同世代のあたしには耐え難い。」
「でもねェ、若い男はもっと過酷な労働に就かされてるョ。走らない自転車みたいので発電機回すんだ。そして海には巨大なお船、左右に500人ずつ配置された男共がオールを握る。」
「「男は戦争に取られてしまう」んじゃなくって?」
「うむ・・・」
 ヒルちゃんにも分からない。

「私たち悪い夢でも見てるのかな・・・でも凄くリアル、あれはあれで真実としか思えない。」
「う〜ん、ひょっとする真実かも知れないよヒルちゃん。あたし達お化けは時空を飛ぶだけでなく、違う世界にも行けるんだ。」
「ヒマワリ、何のこと?」
「「パラレルワールド」もしくは「並行宇宙」。量子力学の「多世界解釈」とか宇宙論の「ナンタラ仮説」で説かれる世界のことだよ。・・・あたし達の世界からボコボコ泡のように分岐してゆく別の世界、それが無限にあるんだ。」

「つまり、「あの時コウだったらコウなっていただろう」という世界の話?」
「そうだよ、ヒルちゃんッ! 真実の世界は1つだけじゃない、分岐し無限にある世界の全てが真実。」
 人は1つの世界に閉じ込められ別の世界を知ることがない。だから自分のいる世界だけが真実だと思っている。
「お化けになったあたし達には別の世界が覗けるってこと?」
「そうだよ。だから、赤ちゃんのとき捨てられなかったヒルちゃんとか、山頂から噴火する富士山、別の進化だか退化だかをした東海道線が見えたんだ。・・・そのどれもが真実なんだよ。」


「ふむ、そうか。そうなるとこうなるかなフフフッ(含み笑い)」
「ヒマワリ、何考えてるの?悪だくみのときは決まってその顔に・・・」
「ねえヒルちゃん、あたしたち変われるんじゃない。きっと変われる。」
「??? だって二人ともお化けだよ。」
「住み替えるんだよ。これ迄の世界から。」

「さてどうしょう、あたしは交通事故で死ななかった世界に住み替えたいんだけど、ヒルちゃんどうする? ヤッパお屋敷暮らしのお嬢さまがいいでしょ? あたし達のマネージャーでなくなっちゃうかも知れないけど。」
「私はいいよ。」
「いいって何が?」

「マネージャーになり、色々あって死んだ。やっとヒマワリと家族になれたんだから、このままでいいよ。」
「そんなァ〜。お屋敷には優しいお母さん、そしてお金持ちのお父さんがいるじゃない。」
「そうだけど〜。・・・ヒマワリがどうしても変わりたいなら、それでいいけど、私は前と同じ境遇でいいよ。いつもヒマワリと一緒にいたいんだ。それに大人の事情で小娘達をこき使うのッテ、少女人車みたいで悪くないかも。」

「そうと決まったら早速行ってみよう。」
「どうやるの?」
「事故の少し前に戻って回避するんだ。「お化けは生きた人間に絡めない」という掟をもう一度破ることになるけど。」
「大丈夫?」
「やってみるしかないよ。」
「なんか頼りないけど。どうせ私達はお化け、失うものは何もない。やってみよう!」


 二人は仲良く手を繋ぎ横浜に飛んだ。到着したのは横浜アリーナの控え室、折しもコンサートが終わったところでメンバーは着替えの最中だった。・・・盛り上がりを見せた会場の興奮をそのままに、女が5人5様に喋るからこの上なく騒がしい。勿論これがヒマワリ最期の舞台になるなんて誰も考えていなかった。

「さて、誰に絡んでやろうかな。私本人でもいいけど霊感弱いし、スミレは泣き出してしまうかも。そうだコモモがいい!コモモはよく霊を見るとか言ってたから。」
 真ん中のテーブルには、顔を伏せ居眠りをこいているヒルちゃんがいた。そのヒルちゃんを起こさないようお化けのヒルちゃんに伝えてから、ヒマワリはコモモに接触した。

「コモモ!コモモっ!・・・声は聞こえないか。そんじゃ髪の毛引っ張ってやれッ!」
 気配を感じたコモモ、辺りをキョロキョロ見回している。その頭を両手で掴み居眠りこいてるヒルちゃんに向けた。
「コモモっ! ヒルちゃんみて。また寝てるよ。ここんところ忙しかったからね。でもあんなんじゃ運転は危険。」
「うん。」
 勘のいいコモモはお化けの言葉を即座に理解した。

 部屋の隅には、アイドルのナマ着替えを見ないようソッポを向いている太めのディレクターがいる。コモモは、はだけたブラウスの胸を押さえながらディレクターに耳打ちした。
「ヒルちゃん疲れてるから寝かしておきましょうよ。で、運転は誰かに代えてくれません?(アイドル特有の可愛い笑顔)。」
「うんそうだな、この時期に事故起こしたら大変だ。俺が代わるよ。」
 太めのディレクターがヒルちゃんに代わって運転してくれることになった。

 本能的に飛び起きるけど寝ぼけたままのヒルちゃんを担ぎ、メンバー全員が乗車。太めのディレクターが運転するワゴン車は、事故が起きた道とは別のルートで新横浜の駅に向かった。
 ・・・一行は何事もなく新横浜のロータリーに到着、新幹線に乗るヒマワリと家族に合流するスミレが素早く下車する。後は道なりにユリ、バラ、最後にコモモを埼玉の自宅まで送り、ディレクターの業務は無事終了した。

 ピンクのワゴン車は深夜、品川の事務所に戻っていた。翌朝、無精ひげを生やし駐車場から出勤するディレクターの姿が目撃され、その10分後車内からヒルちゃんが爆睡したまま運び出された。

 二人のお化けはもういない。交通事故のあった世界や少女人車の走る世界が本当にあったのかどうかも今となっては分からない。・・・ただヒマワリは人気絶頂のアイドルとして大活躍、ヒルちゃんはそのマネージャーとして生き続けている。半年後に行われた日産スタジアムのコンサートは大盛況の内に終わり、年末には念願の紅白出場も果たせた。そしてヒマワリとメンバー、ファンと関係者はいつまでもいつまでも深い愛で繋がっていった。


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