「これで5分5分だ。」 「ヒルちゃん、何のこと?」 「事故現場には行けたけど、私の何だか分からない過去も見ちゃった。つまり確かなトコロに行ける確率は2回に1回。」 「それを言うなら、わたしが芸能事務所に行った分も足して、3回に2回だよ。」 ヒマワリが補足する。
「そういえばヒルちゃん、帰り道に見る歴史上の事件。あれの信憑性も3分の2だね・・・源頼朝の軍勢と関東大震災は本当っぽいけど、富士山の噴火はよく分からないから。」 ヒマワリ達が見た山頂から吹き出す黒い煙は、中腹に火口のある江戸時代の噴火とは違う。もしかするとヒルちゃんの言うように「未来の富士山」なのかも知れないのだ。
「時空を自由に移動出来るといっても、66.67%の精度じゃ頼りないよね。」 「・・でもヒルちゃん、それって「体験」したことや習得した「知識」、つまりあたし達の脳内にある「記憶」を基準にしてるからじゃない?・・・あたし達の知らないことは沢山ある。むしろ、時空の果てで見たものは全てが「真実」なんだよ。」 「そうかなァ。富士山の噴火はいいけど、それだと私お嬢様になっちゃうョ。」 辛かったこと楽しかったこと。施設で暮らした日々は山のように思い出せるけど、ヒルちゃんの記憶に大きなお屋敷はなかった。 「記憶がゆがんでるゥ〜」
体験に基づく出来事は間違いのない真実。でも時間の経過と共に記憶の中でゆがんでゆく。文書とか多くの人に共通した記憶なら信憑性もあり真実なんだろうけど、人間の記憶を介す以上100%ではない。 「記憶がゆがんでたら、「自分」が知ってる「自分」は、真実の「自分」でない怪しい奴だ。・・・何を信じていいのやら。」 我思うケド真実の我は分カラズ!自分の真の姿は分からない宿命にあるのか。 「ヒマワリぃ、あたし達って何なんだろう。」 「お化けであることだけは確かなんだけどねェ。」
「でもヒルちゃん、自分は自分、ゆがんでなんかいないよ。むしろ色々なシガラミが沢山の真実を生むんだ。あれはあれ、これはこれで全て真実。他の真実からみて違う真実がゆがんで見えるだけだよ。」 「・・難しい!ヒマワリィっ。歌い踊ってただけのヒマワリが渋すぎダ。」 「ヒルちゃん都合が悪くなるといつも、「大人の事情があるのよ」って言ってたじゃない。」 どんな不合理、非論理も「大人の事情」で通してきたヒルちゃん。 「そうか大人の事情が沢山の真実を生むんだ・・・ッて、益々分からなくなってきた。」
「だからね、もういちど見に行こうよ。人間の営みより自然現象がいい、天然系は大人の事情より分かり易いから。」 「ヒマワリ、それって関東大震災のこと?」 「あたりィ!場所はこの辺がいいかな、あたしが聞いた郷土の歴史と比べられるから。」 ・・・ところがこのあとヒマワリとヒルちゃんは、とてつもなく奇妙で不可解な世界を見ることになる。
二人はヒマワリの家の上空を選んだ。ここなら真鶴半島とその根元を走る東海道線が一望できる。 「あれ、みかん畑と竹林だけだ。お家がないよ。」 ヒルちゃんが叫ぶ。 「お家建てるために竹林を切り開いたって聞いてるけど〜。お爺ちゃんのお爺さんが。」 「時間の軸は関東大震災のあった1923年9月1日11時58分32秒に合わせたんだけど・・・間違えたかな。家が建つより前の時代に来ちゃった。」 「でも場所は合ってるよ。ほら、携帯電話の基地局アンテナが立ってるから、この丘で間違いない。」 1923年に基地局アンテナ??
山崩れや土石流はなかったようだが、海岸付近の民家は津波の被害を受け壊滅状態だった。 「でも漁具を整え漁に出る人や、家を立て直す人たちの姿が見えるよ。」 「あたし達の祖先って逞しいね。」 「祖先」でなく「子孫」かも知れない。でも場所は間違いなく真鶴の周辺。そこには大きな震災にもめげず復興を図る人々の姿があった。
「ヒルちゃんあれ見てッ!東海道線も復旧しているよ。」 ヒマワリが真鶴駅を見て叫んだ。 「根府川の大惨事では蒸気機関車が客車を牽いてた。でも何だか様子が違うね。」 数両の客車が連結されずバラバラの状態で停まっていた。それに機関車が・・・。 実はヒマワリやヒルちゃんは「蒸気機関車」をよく知らない。新橋や熱海に展示された動かないやつと、青や赤の「電気機関車」が分かる程度。でも駅にはどんなタイプの機関車もなかった。
「ヒルちゃんあれって、間違いなくあたし達の時代の「湘南電車」だよね。」 美しく光る銀色のボディーに緑とオレンジのライン。沿線のミカンを象徴するデザインは東海道線の通勤電車そのものだ。 「・・でも、何だか〜」 柱は並んでいるのに電気を供給する架線がない。 「元々あった架線を外しちゃったんだ。」 「・・電気がこないってことはディーゼルとか電池?でも殆どの車両は運転席すらない。」 1両ずつバラバラにされた「湘南電車」!??
駅の上空から観察を続ける二人。 「「電車」の前後に人がいるよ。」 車体と同じ銀色のユニホームを着た人々の集団が見える。 「あ、子供ッ! ヒルちゃん女の子だ。」 線路にいたのは十代半ばの少女たちだった。
「まさか!」 二人の「まさか」は的中した。 乗客の乗降が終わると、「電車」がユックリ動き出したのだ。動力は電気でも蒸気でもなく「人力」。少女達が5人掛かりで引っぱっている。 一両目が50mほど進むと二両目が発車。これが繰り返され、結局5両が50m間隔で湯河原方面に向かった。
銀色のユニホームに包まれたスリムな体、腰まで伸ばした黒髪が風になびく。 「ポニーテール!」 「違うよヒルちゃん。後ろで束ねてないからタテガミだ!5頭立ての馬車、いや「人車」か。・・・でも何で女の子なんだろう、可哀想」 「男は戦争に取られてしまったから、若い女の子が頑張るしかないのさ。」 「ヒルちゃん、どの時代の話しているの?」 関東大震災後の大正から昭和がどんな時代だったのか、実はヒルちゃんも知らなかった。 「あたしの聞いた歴史に似てるんだよ・・・でもどこかが違う。」 「ヒマワリの郷土の歴史?」 「鉄道の歴史。本当にあったんだよ「人車」っていうのが。」
ヒマワリが聞いた郷土の歴史によると・・・
明治のはじめまでこの一帯は交通の便が悪く、熱海はヒナビタ僻地の温泉場に過ぎなかった。国府津・小田原方面からの交通は歩くか駕籠、それと悪天候で欠航する船のみ。 その後、道路が整備され人力車が通るようになるのだが、海辺の断崖絶壁をガタガタ巡る小半日の行程は体力を消耗する旅でもあったようだ。
「そこで、鉄道を敷こうという動きが起きたんだ。」 東海道線は既に開通していたが、ここではなく国府津から御殿場経由沼津に抜けるルート。熱海に観光客を運ぶことが目的の鉄道は、民間資本でまかなうしかなかった。 「でもお金が集まらなかったんだって。電車も発明されていた時代に、蒸気機関車どころか馬車鉄道を敷く資金もなかった。」
「敷設計画がトーンダウンして行くなか、創設者がイメージしたのがレールの上を走る人力車。」 この「人力車」なら揺れが少なく、車夫の労力も軽減できる。お金がないから線路は公道の上に敷くけど、むしろこの方が人力鉄道に向いている。断崖絶壁を巡る公道は急カーブ急勾配の連続、本格的な鉄道や馬車鉄道には向かないから。
「こうして明治28年に「豆相(ずそう)人車鉄道」が誕生したんだって。「豆」は伊豆の豆、「相」は相模の相だよ。」 小田原と熱海を結ぶ日本初、最長距離を誇る人車鉄道。チョット恥ずかしいけど当事者は大真面目だった。 「線路に乗せた小さな客車を人が押すんだ。登り坂は必死だけど、下りになると飛び乗り、ブレーキを加減しながら一気に進む。」 坂が登れない時は客も降りて押す。ねんじゅう脱線転覆するけど小さくて軽いから戻すのは簡単。
この何とも奇妙な人車、案の定人件費がネックとなりわずか13年でその歴史を終える。 そして人車に替わって登場したのが軽便鉄道。蒸気機関は人力より遥かに効率が良かった。しかし公道の上だからストーブに毛の生えたようなチンケな機関車しか走れない。結局この中途半端な乗り物も、震災後修復されぬまま廃止となる。
「実はね、そんなローカルな動きとは別に国力を挙げたプロジェクトが着々と進められていたんだ。」 輸送力強化のためそれまでの御殿場経由をやめ、熱海から箱根山麓の下にトンネルを通す計画。 「丹那トンネルの工事が難航し多くの歳月が掛かった、昭和9年の開通。でも関東大震災の前年にはもう真鶴まで開通してたんだよ、凄いでしょ。」 ヒマワリとヒルちゃんが見た根府川の鉄道事故はその時のものだった。 「大震災にもめげず熱海までの路線は着々と伸び、昭和の初めには何と電化まで果たしたという。」
・・・迷走するご当地の鉄道は、新しい東海道線の開通により正常化され、やがてヒマワリの時代まで受け継がれていった。
「でもあの少女たちの人車は、郷土の歴史に出てくる人車とも違う。」 小さなガードを越え湯河原に向けて進む「少女人車」。その姿を見ながらヒマワリはポツリ呟いた。 「あの子たち、「お花畑」と同じだ・・・」 大人の事情で馬車馬のように働かされる少女、これが真実なら余りにも悲しい。
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