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作品名:豆相人車(ずそうじんしゃ) 作者:松韻萬里

第5回   第五章 お母さんに会いたい
 ヒマワリとヒルちゃんが眠る公園墓地、休日には墓参に訪れるファンで賑わいを見せる。顔ぶれは多彩で、女性や年配のファンも少なくないのだが・・・先程から黒い服を着た中年女性の様子がおかしい。参拝の列に加わるでもなく離れるでも無く、墓前に生花を供えると地べたにペタンと尻をつき動かなくなってしまった。

「ねえヒルちゃん、あの人誰だったッケ。」
「ヒマワリ、私もそう思ったんだけど・・・分からない。」
「・・御免ね。本当にごめん。何もしてあげられなくッテ。」
 女性は手を合せ、小さな声で呟いている。

 お花畑のファンはお行儀が良い。座り込んだ女性を邪魔者扱いすることもなく、横に並び何事もなかったように参拝してゆく。
「御免ね。本当にごめん。」
 指定席を確保した女性は同じ言葉を繰り返すばかりだった。
 やがて日が西に傾き参拝者もまばらになった頃、女性は弱々しく立ち上がると、墓石を背に歩きはじめた。「離れるのが辛いわ、でも帰らなくちゃ。」足を止めては振り返る。

 公園墓地から真鶴駅への帰路は下り坂、相模湾に突き出た小さな半島が一望できる。海と樹木と民家が醸し出す可愛い風景は、ヒマワリが眠る里にピッタリ。しかし、女性にはそれを楽しむ余裕はなかった。タクシーなら5分程の距離でも歩くのはキツイ。
 小一時間かけやっと駅にたどり着いた女性はおもむろに発車時刻を確認する。急行も停らない小さな駅だが「湘南電車」の本数は思いのほか多かった。安心した女性は外の待合場や観光案内、券売機やキヨスクをひとしきり眺めると駅から離れていった。

「どこにゆくのかな?」
 ヒマワリとヒルちゃんは後を追う。
 女性は、人影の少ない駅前ロータリーとあまり必要性を感じない地下道を抜け、飲食店がパラパラ並んだ一角で立ち止まった。

「やっぱお寿司でしょ。」
 ヒルちゃんの予想は的中。女性は駅前の寿司屋に入ると真っ直ぐテーブル席に向かった。この時間客は少なく、一人だからとカウンター席に案内されることもなかった。
「・・"地のものの握り"を一つ。すいませんがお箸は二膳下さい。」
 メニューを見ながら注文する女性。
「はいわかりました、お連れさまの分ですね。」
 意を解したのだろう、店の女将はにこやかにテーブルを離れていった。
「お箸を二膳?お連れさま?」
 二人のお化けにはサッパリ意味が分からない。

 再び厨房から現れた女将、お盆の上にはおしぼりとお茶、箸と小皿が二組ずつのっていた。テーブルにそれらをセットしながら話し掛ける。
「お墓参りですか?お疲れさまでした。」
「・・ええ」
 小さな声でこたえる喪服の女性。気が利く女将は早々に商用トークをやめた。

「さあお寿司がきましたよ。地元のお魚だから美味しいわよ。あなたも早くお食べなさい。」
 立て続けに話す女性。テーブルの向かいには誰もいない。
「生きている時、何もしてあげられなかったからね・・・お金もなくって。」
「今もお金ないけど、生活費切り詰めて電車賃とお花、それにお食事代貯めたのよ。・・・やっと会えた、でもあなた死んでた。」

「ヒマワリの隠れファンだね。CDやDVD、コンサートのチケット買えなかったんだよ。」
 ヒルちゃんが涙ぐむ。

 
 ヒマワリとヒルちゃんは深々とお辞儀をし、女性を乗せた電車が根府川(ねぶかわ)方面に消えるまで見送った。
「ヒマワリはいいよネ。死んでも多くの人から愛されて。それに比べると私なんか・・・」
「そんなことないよ、ヒルちゃんとあたしたちは家族。家族に愛されてる。」
「家族かァ〜」

 ヒルちゃんは生後間もないころ、養護施設の前に置き去られた。母親についての情報は何もない。
「ただオシメの端に書かれた「ヒルタ」の文字から、私は蛭田恵になった。蛭田って何だかね。でも「恵(めぐみ)」の名は「恵み多き女性になりますように」って園長先生が付けてくれたんだよ。」
「そうだったの。ヒルちゃん苦労してるんだね。」
「ヒマワリみたいに踊りや歌が上手いとか、カワイイとかじゃないから、ズット下働きだョ。」

「「下働き」なんて・・・ヒルちゃんがいなかったら、あたしたち活動出来なかったョ。」
「それでも、ヒマワリやお花畑の皆んなは、何万人に一人の存在なんだ。私の代わりは幾らでもいるけどね。」
「あたしツイテタだけだよ。」
「ツキも実力の内。ツイテナイ私がヒマワリのツキを取り、死なせてしまった。」
「ヒルちゃんそんな風に考えちゃダメだよ。・・・見てきたじゃない、あたしの死は自業自得。お化けのあたしが原因だったんだから。」
「・・・」

 落ち込むヒルちゃんに同情したヒマワリ、妙案を思いつく。
「そうだ! あたしたち時空を飛べるじゃない。・・・ヒルちゃんのお母さんに会いに行こうよ!」
「・・・」
「大丈夫。ヒルちゃんのお母さん良い人だよキット。なんか訳があってヒルちゃんを手放したんだ。」
「・・そうか・・そうだね、ヤッパ・・お母さんに会いたい。・・かな」

 二人はヒルちゃんの生まれた27年前に時間の軸を設定した。
「ヒルちゃんのいた養護施設って何処にあるんだっけ?」
「杉並区の阿佐ヶ谷だよ。中央線の線路の北側。」
「了解ッ!」
 いつもの通り真鶴半島から相模湾に出て、江ノ島、鎌倉の上空を抜ける。三浦半島の根っこから横浜、多摩川、環八を越えると阿佐ヶ谷はすぐ目の前だった。


 たどり着いたのは施設の玄関前、木枯らしが吹き荒れ全てが凍りつく寒い晩だった。辺りは真っ暗、門灯が照らす弱い光の中に、おくるみを抱く若い女性の姿があった。
「あれだ・・・私のお母さん」
 底知れぬ悲しみが伝わってくる。
「ああァ〜」
 悲痛な声をあげるヒマワリ。

 女性は地べたにペタンと尻をつけたまま動こうとしなかった。が、小一時間を過ぎたころ意を決したようにおくるみを施設の前に置く。
 その時、突然ヘッドライトの強烈な光が母子を照らし、車から中年の紳士が飛び出してきた。
「こんな寒い所で!とにかく乗ってッ。」
 運転手付きの高級車は不幸な母子を乗せると、同じ町内にある森の中のお屋敷に向かった。

「あれ? なんか変だよ。」
 ヒマワリとヒルちゃんは想定外の展開に混乱する。
「とにかく、お屋敷の中を覗いてみようよ。」

 ここでビデオを早送りしたような状態になる。せわしない動きと音が暫く続く。・・・そして再び定速に戻った時、お屋敷には女の子とお母さんの姿があった。
「ねえお母様、バレーのレッスンのあと沙耶香(さやか)表参道に寄ってきたいな。」
「あら、何の御用なの。それならドライバーの鈴木に言っておかなければ。」
「沙耶香、中三にもなるんだから鈴木さんはいらない。お友達と電車で行くよ。」
「デッ、電車なんてッ。お友達とウチのロールスで行けばいいじゃない。」
「お母様ッたら、いつもそうなんだから。」

「ますます違ってる。でも沙耶香って子、どことなくヒルちゃんに似てる。・・・ヒルちゃんッテやっぱお嬢様だったんじゃない。」
「確かにあれって私だよね。でもこんな素敵なお屋敷にいた記憶はない。大きな森の中、夢みたいだよ。」
 当のヒルちゃんにも状況は飲み込めなかった。
「あの中年の紳士がヒルちゃんのお父さんなのかな?」
 義理のお父さん?それとも本当のお父さん?

「それにお母さん、あの人にそっくり。」
「うん、私もそう思っていた。」
 ヒマワリとヒルちゃんのお墓に来てくれた女性。
「でも一人でお寿司食べてた人は、お金持ちじゃないよ。」 


 訳の分からぬまま墓地へ引き返す二人。・・・帰りはいつもの事ながら時空が乱れる。
「あッ、列車が落ちる! 人が乗ってるよッ!」
 蒸気機関車が牽く8両編成の列車。それだけじゃなかった、線路、駅舎、プラットホーム、全ての構築物が土砂とともに海に沈んでゆく。場所は根府川。海抜45M、山の中腹に設置された駅だった。
「これって・・・」

「ヒマワリ、関東大震災だよ!」
「そうだね。お隣の根府川で列車の転落があったと聞いてる・・・これだッ。」
 大正12年(1923年)9月1日に起こった地元の惨状。揺れはいつまでも続き、南側の谷を流れる小糸川でも土石流が発生していた。


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