「ねえヒルちゃん、あの時本当に寝てたの?」 お化けどうしの会話には遠慮がない。 「うん、警察がそう言っていた。睡眠時無呼吸症候群とかなんとかで夜眠りが浅いと、昼間に寝ちゃうんだって。」 「ヒルちゃんそんな病気あったっけ。」 楽屋、駐車場、事務所の会議室、たしかにヒルちゃんはよく寝ていたのだが。
「事故の直前までお喋りしてたじゃない。それがなんかの弾みで路肩に突っ込み、あたしの座ってた所がちょうど電信柱だった。・・・知りたいのは「寝てもいないヒルちゃんがなんで路肩に突っ込んだか」だよ。」 ヒマワリはヒルちゃんの居眠り運転が原因とされたことに納得できなかった。 「ねえ、現場に戻って確かめようよ。」 「・・なんか気が進まないけど、ヒマワリがそう言うんならそうするよ。」 ヒマワリに負い目のあるヒルちゃん、そうするしかなかった。
「でも事故は何ヶ月も前のことだよ。今更現場に戻って何か分かるの?」 「そこなんだけど、どうやらお化けは時空を超越しているみたいなんだ。」 ヒマワリは品川の事務所から戻る時に見た情景を思い出していた。 「真鶴岬の沖に、安房国(房総半島)に船で脱出する源頼朝の軍勢がいたんだョ。」 「ヒマワリ、それってなに?」 「石橋山の戦いで平氏に敗れた頼朝が安房国に逃れるクダリ、あたしたちの地元では有名な話なんだ。鎌倉幕府ができる直前の話。」 「鎌倉時代?随分前まで時間を遡ったんだね。」 「そう!だから数ヶ月前なんて簡単だよ。」
手をつなぎ二人は横浜アリーナ近くの事故現場に向かった。時間の軸は事故が起こった日時に設定してある。・・・時空のゆがみを越えて行く内に、ヘッドライトがせわしなく行き交う郊外の道路が見えてきた。 「アッ、あれだ!」 見慣れたピンクの車、まさに事故現場に差し掛かるところだった。
お化けのヒマワリはワゴン車の前に素早く回り込み、運転中のヒルちゃんに呼びかける。 「ヒルちゃん危ないッ!よく前見てッ!」 お喋りをしていたヒルちゃんの顔がみるみる内にコワバッテいく。 「うわッ!!」 お化けのヒマワリに驚いたヒルちゃんは急ハンドルを切った。するとワゴン車はバランスを失い、右のタイヤを浮かせたまま電柱に激突してしまった。
ドスンという衝撃音にエアバッグの爆発音が重なる・・・後はもう大混乱。 車の横に放心状態のヒルちゃんがいて、ヒマワリは助手席に座ったままピクリともしない。ヒマワリに駆け寄るスミレ、救急車を呼ぶコモモ。ユリとバラは道端にしゃがみ込み頭を抱えていた。
数分で救急隊が到着し、潰れたワゴン車の隙間からヒマワリを引きずり出す。 「エ〜けが人は、アイドルのヒナゲシさん。症状重い。呼吸、心拍なし。意識レベル3。」 別の隊員が無線で連絡している。ヒマワリの名前が違っているがそれどころではなかった。 「AEDを使い除細動を行ないます、離れて下さい。」 ヒマワリにべったりくっ付いているスミレを引き剥がすと、隊員は素早くヒマワリの胸に電極をあてた。電気ショックによる海老反りが二回三回と繰り返される。
「やだァ、おっぱい丸出しじゃない。お父さん以外の男性に見せたことなかったのにィ。」 お化けのくせに照れまくるヒマワリ。 「そう、ヒマワリは今時の子にしちゃオクテだったよね。関西ツアーでファンに尻触られた時なんかショックで寝込んじゃうんだもの。」 ・・・その時、ヒマワリは死んでいた。多臓器破裂で即死の状態。 「こんな事があったなんて知らなかった。蘇生させるため懸命にやってくれた隊員さんにも感謝しなきゃ。」 救急隊員はヒマワリの熱烈なファンだった。
「やっぱりヒルちゃん寝てなんかいなかった。・・・あたしがいけないんだよ。いきなり車の前に飛び出したりするから。」 お化けは人間に絡めないことを知りながら、ついやってしまった悲しくも愚かな行い。 「ヒマワリィ、やっぱり見なきゃ良かったんじゃない?」 今度はヒルちゃんがヒマワリを慰める。 「そんなことないよ、ヒルちゃんのセイじゃないって分かったんだから。」 気丈に答えるヒマワリだった。
「事故のいきさつを話せば、ヒルちゃんお化けにならないで済んだかも知れないね。」 「でも記憶がすっ飛んで何も話せなかったんだ。それに、お化けに驚いて急ハンドル切ったなんて言っても・・・」 「誰も信じないか。」 「そうだよ、もっとマシな嘘つけッテ言われちゃう。」
公園墓地に帰る途中、二人のお化けは箱根の向こうに奇妙な光景を見た。 「あれッ、富士山が!」 山頂から黒い煙が立ち昇っている。 「富士山が噴火している。これってどの時代?」 「有名な宝永の噴火なら江戸時代、でもその時の火口はたしか山の中腹だよ。・・・ということはもっと古くて「有史前」、はたまた「未来」かも知れない。」 「未来ッテ?」 「私たちお化けは時空を超越しているからねェ。」 過去に行けるということは、未来にも行ける・・のか?
|
|