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作品名:豆相人車(ずそうじんしゃ) 作者:松韻萬里

第2回   第二章 お化けのヒマワリ
 ヒマワリの遺骨は相模湾を一望する小高い丘に埋葬された。若くして死んだ娘を不憫に思ったお父さんが公園墓地にたてた小さなお墓、ここなら多くのファンが押しかけても大丈夫。

「だけど、お父さんお墓にちゃんと蓋しなきゃダメだよ。」
 一人娘に先立たれた父親は、墓を封印することが出来なかった。
「あたしの骨壷、雨が入って水浸しだよ。乾かすのに、外に出るしかないじゃない。・・・これって、いわいる、お化けだよ!」
 お化けでもわが子に会いたい、父親にとっては望む展開。

「しょうがないなァ〜」
 ブツブツいいながらヒマワリは墓地の上空に舞い上がり、みかん畑の先にある実家に向かった。
「あッ、いたいた」
 折しもお父さんは愛用の軽トラでみかん畑に出掛けるところだった。
「お父さんッ、ヒマワリのお墓、蓋がズレてるよ!」
 トラックの前に立ちはだかり、大声で叫ぶ。
「・・あれ? 聞こえないのかな。」
 トラックはヒマワリの体をスリ抜けると、何事もなかったように走り去ってしまった。

 畑まで追いかけ、再びお父さんに話し掛ける。・・・子供の頃一緒に来たみかん畑。春に白い花が咲き、秋には黄色い実がなる。ヒマワリはみかんの香りがするお父さんが大好きだった。

「やっぱりだめか。お化けって人間には見えないんだね。」
 まれに「見えたり」「気配を感じる」人もいるようだが、お父さんはごく普通の人だった。
「見えたら見えたで気味悪いだろうし・・・」
 たとえ肉親であってもお化けは人間に絡めない。
「あたしって、もうこの世のものでないんだ。」
 悲しい現実を知るヒマワリだった。


「ところで仕事ッ、気になるなァ。」
 死んでもなお仕事、ヒマワリは真面目な子だった。
「品川に行ってみようッと!」

 ヒマワリの実家は湯河原と真鶴の町境にあった。芸能事務所のある品川へは,真鶴駅までの徒歩を入れても二時間弱。小田原から新幹線を利用する手もあるが、ヒマワリは乗り換えなしで行ける在来線を愛用していた。
「対面式のボックスシートはNG、グリーン車に乗るようウルサク言われたけど・・・。」
 顔の売れたアイドルが一般人と混ざる訳にもいかない。でもヒマワリがグリーン車に乗ることはなかった。
「あたしみたいな小娘がグリーン車なんて申し訳ない。お仕事でお疲れのお父さん達が我慢してるというのに。」
 幼児から老人まで幅広い人気をもつヒマワリならではの気遣いだった。

「お化けは空を飛べるから速いョ。」
 真鶴半島の上空から相模湾に出る。江ノ島、鎌倉を経由して東京湾に抜けると品川はすぐ目の前だった。
「羽田上空は飛行機が多いから気をつけないと。」
 ぶつかりもせずスリ抜けるだけ。死ぬこともないのだが、飛行機に対する気配りも忘れないヒマワリだった。

 芸能事務所は品川駅の東側、大きなビルの一角にあった。ヒマワリが子供タレントだった頃から通い慣れた場所。
「スミレどうしてるかな。ユリ、コモモ、バラたちも・・」
 ビルの壁をスリ抜け中に入るヒマワリ。折しも会議室では「今後のお花畑」について激論が交わされていた。事務所のお偉いさんや太めのプロデュサー、部屋の隅には小さな体を寄せ合うメンバーの姿もあった。

「あれ? マネージャーのヒルちゃんがいない。」
 ヒルちゃんはいつも一緒にいるお姉さん的な存在。メンバーのステージ衣装を忘れたり、一番年下のユリをつまらないことで泣かしてしまったり、ちょっとプッツンだけどお花畑を影で支える大切な存在だった。
「居眠り運転で大事故起こしちゃったから仕方ないか。」

 悲しみを隠し頑張るお花畑のメンバー、その健気な姿を前面に打ち出しやってきたのだが、
「ファンの涙が乾く前に手を打たなくては。」
 事務所はヒマワリの後任となるセンターの人選を密かに進めていた。そして会議で提案された新センターは、既存のメンバーではない「黄花コスモス」だった。
「えッ、あのコォ〜」
 4人は弱々しい声で不満の意をあらわした。黄花コスモスは過激なトークと、猛烈な自己主張で一部のファンを魅了しているのだが、お花畑の「家族的なグループ」とは明らかにコンセプトが違う。彼女の登用はお花畑の崩壊を意味していた。

「お花畑は5人で一つでした。ヒマワリにしても嫌がるのを無理やりセンターにしただけで、自分だけが目立つなんて考えもしない。そんな仲良し家族のホンワカ感がファンに受けたのですが・・・」
 太めのプロデュサーが4人の気持ちを代弁する。特にスミレ、彼女はヒマワリと大の仲良しで声も似ている。告別式ではヒマワリの代役を務めファンの心を掴んだ。・・・スミレはセンターになることを確信していたに違いない。

 スミレ、ユリ、コモモ、バラの4人は事務所の幹部に懇願した。
「4人で続けさせて下さい。フアンの皆さんも含め、私たちは深い絆で結ばれた家族なんです。」
 黄花コスモスの参入は断固反対。お花畑に咲く可憐な花が外来種に駆逐される姿は見たくもなかった。
「でも、半年後に迫った日産スタジアムのコンサートをどうするかが問題なんだよ。」
 事務所の幹部がいう。確かに、ヒマワリのいないお花畑に7万人のファンを集める力はなかった。ヒマワリが生きていた頃数分でに完売した前売券も、今となってはキャンセルが続出する始末なのだから。

 ・・・結局、これまでの事務所に対する貢献が考慮され、4人で活動することだけは許された。ただ日産スタジアムの公演は中止となり、前売り券を全額払い戻す事が決まった。
「ファ〜、事務所にこれだけ損害与えちゃ、あたしたち終わったね。」
 小さい体を更に縮め、悲嘆にくれる4人。

 お化けのヒマワリはそっと4人の背中を撫で会議室を後にした。勘の鋭いコモモだけが「?」の表情を浮かべ振り返る。


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