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作品名:豆相人車(ずそうじんしゃ) 作者:松韻萬里

第1回   第一章 ヒマワリの死
 ヒマワリはもうお花畑に戻らない。

 ロックが絡む前衛的なサウンドに、激しいダンス・・・アイドルグループ「お花畑」のヒマワリは多くのファンに驚きと感動を残したまま、突然十七年の人生を終わらせてしまった。移動中に起きた事故は女性マネージャーの居眠り運転が原因。他のメンバーは無事だったものの、センターを失ったショックは計り知れない。

 青山葬儀所で執り行われた芸能事務所主催の葬儀には、ヒマワリとの別れを惜しむファンや業界関係者が多数訪れ、献花を待つ人の列は敷地の外まで続いた。報道によるとその数5万、コンサートの度に武道館や東京ドームを満杯にする人気アイドルにふさわしい葬儀だった。

 築地本願寺か青山葬儀所、大きな葬儀がおこなえる会場は意外と少ない。その青山葬儀所にしても建物の中は狭く、300〜450席を確保するのがやっと。ヒマワリの葬儀では敢えてそれを200席に減らし、代わりに特設の舞台が設けられた。
 因みに200席の内訳は、親族・関係者用に50席と一般の参拝者用が150席。お行儀の良さで定評のあるお花畑のファンは、体の不自由な人々を優先し残りを抽選で割り振った。


 ベースギターの地を這うような重低音が告別式の始まりを告げる。・・・僧侶の読経にも似た荘厳な調べは、多くの楽曲を提供してきた比駕院(ヒガイン)が徹夜で書き上げたミサ曲だ。
 広い祭壇は季節に珍らしいヒマワリの花を中心に、仲間の名前にちなんだスミレ・ユリ・モモ・バラの花が添えられた。そして巨大なパネルはヒマワリの遺影・・・可愛いヒマワリの一番カワイイ部分を切り取った写真は生々しく、いやがうえにも人々の涙を誘っていた。

 参列者は中庭に面した渡り廊下で一輪のバラを受け取り順に祭壇へと進む。10人が横に並べる献花台は瞬く間にバラの花で埋めつくされ、回収されたバラは後の参列者のために使い回された。うず高く積まれたバラの花に、造花のヒマワリやヌイグルミが混ざるあたりはいかにもアイドルの葬儀。

 長い長い弔問の列が半分に縮み、献花を終え出棺を待つ人々が広場に集まりはじめた頃、会場に流れていたレクイエムが突然激しい音楽にかわった。
 一瞬の躊躇のあと「ウォー」という歓声があがる。「美羅暴瑠(ミラボル)」、お花畑のコンサートでは定番の曲だ。

 祭壇の前で踊るスミレ・ユリ・コモモ・バラの姿は、野外に置かれた巨大なディスプレーでも見ることが出来た。赤・ピンク・緑・青のふりふりスカートを着け歌い踊るメンバーたち。

 どんな時にも人を元気にさせるお花畑のパフォーマンス。曲が終わり4人がフォーメーションを換えて静止すると、会場は再び静まりかえった。・・・「オッ、まだやるな!」ファンには堪らない瞬間。細身の少女たちが作り出すシルエットはどこまでも美しく、顔に微笑みさえ浮かべている。これぞアイドルの真骨頂、どんなに悲しくても彼女たちは明るく元気、フアンへのサービスを忘れない。

 二曲目は「星屑のセレナーデ」、お花畑には珍しく穏やかで乙女チックな曲だ。ヒマワリのパートにさしかかり、ファンの皆が息を飲んだところでスミレがマイクを握る。・・・会場のあちこちから嗚咽の声が漏れる。仲の良かった5人の中でも黄色のヒマワリと赤のスミレは別格、声も似ていた。

 会場の皆んなが我に返った時、コンサートと同じ4曲連続の演奏は完結していた。お花畑ならではのパワフルな舞台は健在。ただ、黄色を欠く違和感はどうにもならず、小さくシャクリ上げるような音声が曲の端々に入ってしまう。
 4人は歌い踊りながら泣いていた。・・・こんな芸当が出来るのもアイドルのサガなのだろう。いくら悲しくても少女達は呪縛を掛けられた人形のように歌い踊り続ける。

 最後までやり遂げたメンバーを称える拍手。そして舞台には貧弱な体を寄せ合って震える普通の少女たち、生きたままのマイクがpi-piした子供の泣き声を拾っていた。


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