「違うよ、タカッチはそんなミーハーな人じゃないよ!」 「タカッチ?」 「あ、その人、高土裕也(たかつちゆうや)というの。だから苗字からとってタカッチと呼んでいるの。」 「で、そのタカッチがどうしたの?」 「タカッチは私が入っている倶楽部でピアノ弾いているんだけどね。この前、雑談していたら『恋の旋風』の話題が出て。」 「恋の旋風ってドラマの?」 「そう。で、美咲みたいな女の人って本当に実在するのだろうかとタカッチがいうから私のお姉ちゃんがそうだと話したら一度会ってみたいって言ってきてさ。」 多華子の説明を聞いて綾奈は呆れた。 「まるっきりミーハーじゃん。」 「そんなことないって!真面目でとてもいい人なんだから。一度会ってみれば分かるよ。」 多華子は必死でそのタカッチという男性を庇う。一瞬、その人のことを多華子は好きなんじゃないかと疑ったが、でももしそうだとしたらわざわざ姉に紹介しないだろうし。 綾奈は複雑な気持ちになった。それにしても『恋の旋風』の美咲に似ているか・・・。 『恋の旋風』とは現在放送中のドラマだ。大ヒットしている。主人公は美咲二十八歳。八年前に恋人を交通事故で亡くし、それ以来上手く人を愛せないでいる女性。だが美咲は超美人。周りの男が放っておくはずがなく次々と美咲にアタックするが玉砕するというストーリーだ。過去に恋人を亡くし、それ以来恋愛をしていないという点では確かに綾奈と共通点はあるが。 しかしどういう気持ちで一度会ってみたいと思っているのかが綾奈には測り知れなかった。どうしてもミーハー心からのようにも思えてあまり良い気はしない。 「例え会ってもそれっきりなのは多華子も知っているでしょ。タカッチとやらにはちゃんとそのこと伝えたの?」 「もちろん。お姉ちゃんは美咲がテレビから出てきたような人だし会っても九十九%それで終わりだよとちゃんと言った。」 「ちょっと、美咲がテレビから出てきたような、なんて説明しないでよ。あんな美人じゃないし期待されたら困るわ。」 「そこは大丈夫。容姿はだいぶ違うよと言っておいたから。」 多華子は悪びれることなく失礼な事をさらっと言ってのけた。綾奈は一瞬むっときたが変に期待されるよりはいい。 「それでもタカッチは会いたいというの?ただの好奇心でそう言っているんじゃないの?」 すると、綾奈を見る多華子の目が急に真剣になった。 「タカッチはお姉ちゃんが思っているような人ではないよ。幼い頃に母親を亡くしてつい最近もお父さんを亡くしてずっと苦労してきた人だから。きっとお姉ちゃんの気持ちも分かってくれると思う。」 多華子は今まで見せたことのないような真剣は表情。綾奈はそれが引っ掛かった。 「ひょっとして多華子はタカッチのこと好きなんじゃないの?」 思わず聞いてしまった。しかしあまりに意外なことを言われたのか多華子は驚愕している。 「やめてよー。タカッチと私はそんなんじゃないよ。第一、もし仮に好きだったらお姉ちゃんに紹介しないって。姉と妹が一人の男をめぐってなんて地獄絵図の修羅場になるじゃないの。修羅場なんて面倒くさいもん。」 「あんたは面倒くさがりだからそういうと思ったわ。」 「タカッチは私のこと女だと思っていないよ。私もタカッチのこと男としてみてないけど。本当気のいい友人だよ。」 27歳の女性が女として見られていないのはそれはそれでどうかと思うけど。綾奈はそう思ったが口には出さなかった。 「友人か・・・。そういうものなのかねぇ。タカッチは年いくつなの?」 「お姉ちゃんの二つ上の36歳。だから一度会ってみてよ。一度会うだけでもいいと言ってるんだから気楽なもんよ。気分転換だと思ってさ。」 綾奈はタカッチに失礼なことをしているようで気が引けた。いくらタカッチがそれでいいと言ったって、中途半端に会うよりは始めから会わない方がいいと思うけど・・・。 その時、ふと由美の顔が思い浮かんだ。彼氏との旅行を優先させて女友達との先約を反故した友人。その由美が言った「私たちもう34歳でしょ。」との一言。由美と違って恋愛することを捨てた綾奈にとっては関係のないことなのだが、その一方で友人たちに取り残される寂しさを感じているのもまた事実だった。由美が海斗と結婚すれば友人たちの中で独身は自分ひとりになる。智香も鈴音ももう家庭を持っている。いや、だからってタカッチと付き合うつもりはない。綾奈にはもう二度と恋愛をする気力も欲望もなかった。あるのは罪悪感と虚無感だけ。 しかしなんとなく会ってみてもいいかなという気になっていた。旅行をキャンセルされた穴埋めなんていったら相手に失礼だけど本人が会うだけでいいと言っているなら・・・。 やっぱり寂しさには勝てないな・・・。綾奈は自嘲気味にため息をついた。 「本当に一度会うだけでいいのね。」 綾奈は念を押した。そのとたん多華子が目を見開いた。信じられないことが起こったかのように口もあんぐり開いている。 「なにもそこまで驚かなくても。そもそも多華子が言いだしてきたことでしょ。」 綾奈がふて腐れて言った。するとようやく多華子に実感が湧いてきたのか 「マジで!?マジで会ってくれるの!?」 綾奈の肩を掴んで揺すった。綾奈は力強く頷いた。 「やったーーー!!」 多華子は飛びあがって喜んだ。その喜びようは半端なく、綾奈は多華子の気持ちを目の当たりにして泣きそうになった。自分はこれほどまでに家族に心配かけているのだと思い知らされた。 「さっそくタカッチに連絡するね!」 多華子はそういうと携帯電話を取り出した。綾奈は妙に照れくさくなってその場から離れた。それから暫くして多華子が綾奈の元にやってきた。 「今度の日曜日、13時待ち合わせ。タカッチの顔分からないだろうから待ち合わせの場所には私が案内するから。いいよね?」 多華子がはりきって聞いてくる。 「いいわよ。」 「あー楽しみ楽しみ〜。お風呂入ってくる!」 多華子はウキウキしながら風呂場へと向かった。その場に一人残された綾奈。 「一度会うだけならいいよね?真二。」 その場にいない人に許しを請うかのように静かに天を仰いだ。
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