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作品名:あれ、どうしたんだろう 作者:雲のみなと

第4回   4
「そうだぞ、多華子。お前は旅行なんて行っている暇ないだろう?結婚式で演奏を披露するんだろう。ちゃんと楽器の練習しとけ。」
父が新聞を読みながら言った。
結婚式での演奏会。というのも来週の土曜日、多華子が勤めている会社の会長の孫娘が結婚披露宴をすることになっていて、その会場で多華子が演奏をすることになっているのだ。なぜ多華子が演奏をするのかというと多華子は会社の倶楽部に入っているからだ。入部しているのは吹奏楽部、つまり楽団に所属している。一口に楽団と言っても本当に小規模なもので最小限の人数しかしないが。総勢十人しかいないので同好会的なこじんまりとした吹奏楽部だが会長の孫娘ということで結婚式に狩り出されることになった。
だが、会長の孫娘の結婚式となればそれなりに大きな会場でやるし、失敗は許されない。
「大丈夫よ。楽器は一日サボれば三日サボったのと同じ。家で毎日練習しているもの。」
そうだった。多華子がいる楽団は週に一回、毎週金曜日の就業後から練習をしている。けれど週に一度では物足りないと思った多華子は家に帰ってくると必ず一時間ぐらいは練習していた。フルートを担当している。
多華子は中学校、高校と吹奏楽部に所属してきた。フルートが大好きで活き活きと練習している。
そもそも多華子がフルートに興味を持つようになったのは綾奈の影響だった。綾奈も小学校、中学校、高校の八年間、吹奏楽部に所属しフルートを吹いてきた。綾奈が好きなものは多華子も好き。男性の好み以外は実に見事に綾奈の好みとシンクロしている。
しかし現在綾奈はフルートを吹いてない。高校を卒業したあたりからフルートと疎遠になっていった。そうなったことにこれといった理由はない、ただなんとなくフルートに手を伸ばす気になれなかったのである。決して飽きやすい性格というわけでもないのだが・・・。
それに比べて多華子は現在でもフルートを手放さない。会社の仲間と、家でと、大好きなフルートに勤しむ日々。多華子は人生を謳歌している。人生の楽しみ方を知っているというか・・・。綾奈はそれが羨ましかった。すると
「綾奈、そろそろ出かけなくていいの?あと三十分しかないわよ。」
「!」
母が忠告してくれたおかげで約束を思い出した綾奈。
「そうだった。行ってきます!」
綾奈は急いで玄関に向かう。
「いってらっしゃ〜い。」
多華子のんびりした声が綾奈の背中に届いた。
「いってきます。」
綾奈は大きな声で返事をし、お気に入りの傘をさして外へと走って行った。
待ち合わせの場所まで車で行っても良かったが今日はなんとなく歩きたい気分だった。濡れてしまうのにわざわざ歩きたいなんて不思議な話だが、雨の匂いやいつもとは違うアンニュイな景色を味わいたかった。


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