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作品名:あれ、どうしたんだろう 作者:雲のみなと

第3回   3
綾奈は台所に入り水を一杯飲んだ。それからご飯が炊き上がっているのを確認し、エプロンをつけて味噌汁作りに取り掛かった。家族全員仕事休みなのでまだ皆寝ている。綾奈はなるべく大きな音を立てないように静かにニンジンやじゃがいもなどを刻んでいく。
味噌汁のいい匂いが立ち上った。それからほうれん草の御浸しを作った。他にもおかずを作ろうと思えば作れるのだがあえて味噌汁と御浸しだけにした。今の内からおかずを揃えてしまうと皆が起きてくる頃には冷めてしまうからだ。せっかくの休日、家族には好きな時間に起きて好きな時間に朝食を食べて欲しい。
綾奈は炊飯ジャーから出来たてのご飯をよそった。その時、母親が起きてきた。
「綾奈、おはよう。」
「お母さん、おはよう。」
「相変わらず休みの日も起きるの早いわね。休日ぐらいゆっくり寝ていたらいいのに。」
「うん。でも土曜日曜とぐうたらしていたら月曜日の朝がつらくなるもの。ペースを崩さない為にはこれがいいのよ。」
「綾奈は真面目ね。多華子も綾奈のことを見習ったらいいのに。あの子ったら真夜中の三時近くまで起きていて漫画読んでいたり、DVD観てたりしてたのよ。この分だと起きてくるのはお昼近くになると思うわ。」
「休日なんだからいいじゃないの。」
「それはそうなんだけど、あの子お嫁に行けるのかしら。もう27歳だというのに料理は苦手だと言ってやらないし、洗濯掃除もいい加減だし、彼氏に呆れられてしまいそうだわ。」
母親は多華子のずぼらな性格を心配している。それを見て綾奈はくすっと笑った。
「まだ27でしょ。それに大丈夫よ。多華子は普段はのんびりしているけどいざとなったらやるのよ。ほら覚えている?小学校の時の夏休み。多華子はいつも夏休みの宿題をぎりぎりまでやらないで始業式の3日前になってようやくとりかかったじゃない。でも私たちの心配をよそにちゃんと3日で終えたんだからたいしたものじゃない?」
「だってそれはお父さんや母さん、あなたまで手伝ってようやく出来たんじゃないの。算数や科学や社会はいつもお父さんにまかせ、国語は私。あなたには確か図工やらせてたわ。」
「まぁ、お父さんは電気技師だから数学や科学は得意だものね。始めのうちは自分でやりなさいと忠告していたお父さんもいつの間にか多華子のペースにはまってたわね。」
「多華子は人をおだてるのが上手いのよ。こういう専門分野はパパにやってもらった方がいい、得意な人がやった方が効率もいいし、さすがパパ!!かっこいい〜って褒めまくって。」
母親はその時の様子を思い出したのかふっと笑った。母親にとっても父親にとってもあの頃ことは宝物の思い出なのだ。まだまだ子供に手がかかる日々。それが嬉しくもあり懐かしくもあり。綾奈も多華子に褒められてまんざらでもない父親の顔を思い出して吹いた。
「お母さんもいつも国語やらされてたね。」
「おかげでこの年になっても漢字忘れがなくて今は助かっているけどね。」
「それに多華子だって自分でやるべきものはちゃんと自分でやっていたわよ。」
「本来自分の宿題は全部自分でやるべきものだけどね。」
母にそうつっこまれ綾奈もそれもそうだと思った。
「ねぇ、お母さん、絵日記覚えている?」
「絵日記?」
「うん。絵日記だけは全部多華子一人で描いていたじゃない?すごい集中力だったわよ。なんせ3日で一か月分の出来事を描くんだから。だから実際やってないこともやったように想像力を膨らませて書いて、読んでいてそれはとても楽しい絵日記だったわ。だって昨日北海道で蟹を食べたと書いたのに次の日は鹿児島でさつま芋掘りして楽しかった、だもの。」
綾奈は多華子のとんでも日記を思い出して笑った。母親もおかしそうに笑う。
「あの日記は嘘だって先生にはバレバレだっただろうね。」
「うん、きっと。」
子供の頃は目に入るもの手にするものすべてが未体験の宝庫でなにもかもが楽しかった。そしてあの日々が楽しいものであればあるほど今の自分の現実を思い知らされる。
「私ね・・・多華子のあの天真爛漫さに救われているの。」
綾奈はしみじみと呟いた。それを聞いて母も頷く。
「母さんもよ。家族みんな多華子の明るさに救われている。そして綾奈、あなたにも救われているわ。」
「私?でも私は多華子みたいには振る舞えないわ。それどころかこの年になってまで家族に心配かけて、迷惑かけて・・・。お父さんやお母さんがせっかく持ってきてくれたお見合い話を断るばかりだし・・・。」
綾奈は母に救われていると言われ意外だと思った。そして反論しているうちに自己嫌悪に陥った。あまりにも多華子と違いすぎる。これじゃ太陽と月。陰と陽だ。
すると母は顔を横に振った。
そして慈愛あふれる笑顔を綾奈に向けた。
「綾奈も多華子も私たちにとってはかけがいのない宝物よ。」
なんともベタは言葉。でも母は真剣そのものだった。綾奈は母の心の底からの言葉を受け取り、なんとも照れくさい、でもとても嬉しい気持ちになった。
朝の9時過ぎになって父が起きてきた。
「おはよう。」
「おはよう、あなた。でも時計を見て。おはようという時間でもないわよ。」
母は呆れ気味に返すと父は少しばつ悪そうに頭を掻いて椅子に座った。
「綾奈もおはよう。」
「おはよう。」
綾奈は朝食を終えた後もリビングでまったりとしている。その横で父は遅い朝食を取り始めた。
父がご飯を食べ終わる頃、ようやく多華子も起きてきた。その様子を見ていた母はたまりかねたように小言を言い始める。
「やっと起きてきたわね。今何時だと思っているの?いくら休みの日だからってのんびりしすぎよ。多華子ももう27歳なんだから少しは家事を手伝いなさい。今からそんなだとお嫁に行ったときこ・・・。」
また始まった母のお説教。しかし多華子はどこ吹く風だ。それどころか大きなあくびをしながら
「はいはい。分かった分かった。」
返事もそこそこに朝食につこうとする。さすがの父も呆れたのか叱咤した。
「こら多華子!行儀が悪いぞ。」
多華子は茶目っ気たっぷりに肩をすぼめた。これをやられると娘に甘い父はそれ以上なにも言わなくなる。それは多華子も分かっているようで、やはり確信犯だ。
「あ、お姉ちゃん、今日はなにか予定あるの?」
多華子がいきなり聞いてきた。
「うん。今日は由美と11時に待ち合わせしているのよ。」
それを聞いた多華子は驚いたように窓の外を見た。
「でも今日は雨だよ。わざわざ雨の日に出掛けるの?」
多華子が言う通り、外は雨。庭の芝生もお隣の家の屋根も大気もしっとりと濡れている。
「旅行の打ち合わせがあるのよ。」
「あぁ、そうか。今度由美さんとグアム旅行に行くんだっけ?来週の金曜日からだよね?」
「そう。仕事が終わったらまっすぐ成田空港に直行するわ。」
実は来週の金曜日から月曜まで4日間、グアム旅行をする計画を立てているのだ。月曜日の有給休暇はもちろん貰っている。ちなみに旅行は由美から誘ってくれた。南の海と空を見ながら女子同士気兼ねなくゆっくりと過ごせば気分転換にもなるだろうと提案してきたのだ。綾奈も久しく旅行に行っていなかったし気分転換もしたかったから断る理由はなかった。それどころかかなり楽しみにしているのだ。
「いいなぁ〜。私も行きたい。連れてって〜。」
多華子は心底羨ましげに綾奈にすり寄った。
「多華子は由美とも仲良いから一緒に行くのは大賛成してくれると思うけど、でもいいの?演奏会があるのに。」
綾奈は多華子が行きたいというなら連れて行ってもいいと思った。鈴木由美は綾奈の高校時代からの親友。なので家によく遊びに来ていて多華子ともちょくちょく顔を合わせていた。そしたらいつのまにか由美と多華子は仲良くなっていたのだ。それを見た綾奈は多華子は天性の人たらしだと感心せずにはいられなった。
しかし演奏会という言葉を聞いて多華子は思い出したのか、ちぇっと唇を尖らせた。


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