20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:あれ、どうしたんだろう 作者:雲のみなと

第24回   24
「・・・そんなことがあったのか・・・。」
裕也は呟いた。その表情には苦渋が色濃く刻まれている。
「私があの時もっと真二の言葉を真剣に受け止めていたら・・・。彼のサインを見逃さないでいたら彼はあんなことにならずにすんだのよ。」
「・・・。」
後悔に打ちひしがれ絶望している綾奈に裕也はかける言葉も失っていた。
「だから私は幸せになる資格がないのよ。それが私の贖罪なの。」
綾奈の瞳は悲しげに揺れ、それは諦めの色にも似ていた。それを見た裕也はなんとかしてあげたいと思った。綾奈の胸に深く刺さった棘をなんとか取り除いてあげたいと。でもどうすれば目の前にいる愛しい人を罪悪感から、苦しみから救ってあげられることが出来るだろう。裕也は手探りで言葉を探し始める。
「でも綾奈は僕の言葉をちゃんと受け止めてくれた。あの時綾奈が病院に行けと言ってくれなかったら僕は病院に行かなかった。病院嫌いの僕が今こうしてここにいられるのもピアノを弾き続けられるのも綾奈のおかげだ。」
しかし綾奈は苦しげに唇を歪め
「彼はもう帰ってこないの・・・。私は彼に償うことは出来ないのよ。二度と・・・。」
そう言うと綾奈は窓の外の空を見上げ遠い目をした。まるであの空のどこかにいる彼に語りかけるように。裕也は苦しくてたまらなくなった。
そして悟った。綾奈の心のどこにも自分が入り込める場所はないのだと。どんなに愛しても綾奈は自分を愛してくれはしないだろう。この先ずっと綾奈の心にいるのは八重樫真二、ただ一人なのだと。彼こそが綾奈にとって最後の愛する人。
その現実を突き付けられ裕也は苦しくなった。心がえぐられるように痛い。今すぐここから逃げ出してしまいたいくらいだ。逃げ出せたらどんなにいいだろう。
でも逃げ出してはいけない。自分は一度逃げ出した。だからもう二度と逃げない。綾奈を救わなければ。綾奈にもう一度未来に向かって歩き出して欲しい。
裕也は覚悟を決めた。
「真二さんは君に幸せになるなと言ったのかい?」
裕也は瞳に厳しさを滲ませ綾奈に尋ねた。突然の問いに綾奈は狼狽する。そしてまじまじと裕也を見つめる。しかし裕也はおかまいなしに続ける。
「真二さんは君に幸せになる資格はないと言ったんだな?真二さんはそういう人だったんだ。」
裕也の決めつけたかのような言い方に綾奈は眉を顰めた。
「真二がそんなこと言うわけがないわ。彼はとても優しくていい人だったのよ。そりゃあ、たまにはお互いの意見が合わなくてケンカもしたけどいつも彼は最後には許してくれた。そんな彼が私に幸せになるな、なんていうはずがないじゃない!」
綾奈は、無神経なことを口走る裕也を責めるかのように反論した。裕也の胸がチリチリと痛む。
「でも君は彼がそんな人だと思っているんだろ?彼が今でも許してくれないと思っているから自分は幸せになる資格がないと言っているんだろう?それなら彼がそんな人だと言っているのも同じじゃないか。」
尚も突き放すような裕也の口調。今までに見たことがない裕也の厳しさだ。そんな裕也の姿に綾奈は戸惑いを覚えながらも真二を悪く言われたことが腹立たしい。思い出を穢された気がしたのだ。
「真二はそんな人じゃないと言っているじゃない!私が勝手に幸せになる資格がないと思っているだけよ!彼のこと馬鹿にしないで!!」
綾奈はむきになって裕也に掴みかかった。
しかし裕也の反応は意外なもので。綾奈のむき出しの怒りの感情を見てどこかほっとしているようにも見える。
「じゃあ、君が勝手に思っていることなら勝手にそう思う事もやめられるね。」
「えっ」
綾奈は一瞬なにを言われたか分からなかった。目の前にいる男性が何が言いたいのか分からない。
「どういう意味?」
裕也の意図を図りかねて聞き返せば裕也は静かに微笑んだ。そして
「綾奈が幸せになる資格がないと勝手に思い込んでいるだけなら、勝手にその思い込みを捨ててもいいということだよ。」
綾奈は唖然とする。この人は一体何を言おうとしているのか・・・。
「・・・勝手に捨てられるはずがないじゃない。私があの時彼の言葉を無視しないですぐに病院に連れて行けば彼は死なずに済んだのよ。あんな重大なことが起こっているなんて思いもせずにただ酔っぱらっているだけだと思い込んで彼をほったらかしにして。そんな私が幸せになっていいわけないじゃない!」
綾奈は反論した。
「だから君は彼が君を許さないと思うわけだ。君に幸せになるなと言っていると。」
「だからそれは私が勝手に・・・!!」
「君だったらどうなんだい?」
「えっ・・・。」
突然の裕也の切り替えし。綾奈はふいを突かれ困惑した。
「もし君が彼の立場だったら君も彼に幸せになるなと言うわけ?決して許さないと彼にそう言うわけ?」
綾奈の体に衝撃が走った。私が彼だったら・・・?
「君が呟いた言葉を彼が拾わなかったことで君にもしものことが起こったら、君は彼を恨んで彼に幸せになるなと言うのかい?一生後悔して生きろと言うのかい?」
心の傷に塩を塗るような容赦ない裕也の言葉に綾奈の表情が強張った。傷口がひきつれる。触られたくない部分に熱い溶岩を注ぎ込まれているようだ。
私が彼の立場だったら?そんなこと考えたこともなかった。私が彼の立場だったら・・・。
「そんなことあるわけないじゃない。私がもしそうなったら彼に幸せになって欲しいと思うわ。私のことなど早く忘れて幸せになって欲しい。」
綾奈は心の底から本音を吐いた。この気持ちに嘘偽りはない。その言葉を聞いた裕也は優しく頷く。そして
「そうか・・・。でもそれは彼だって同じだよ。」
「!!」
思いもしなかったことを言われて綾奈はハッとする。
「綾奈が真二さんに幸せになって欲しいと思うように、真二さんも綾奈に幸せになって欲しいと思っている。なにも違わないんだよ。」
綾奈には返す言葉がなかった。
「綾奈が願うであろうことを真二さんも同じように願うだろうとどうして思えないの?綾奈が真二さんの為に願うことは真二さんも願っていること。それが想いあう、愛し合うということじゃないのかな。」
「・・・。」
綾奈の瞳に涙が浮かび上がってきた。
「真二さんは今はここにいないけど今でも綾奈の幸せを願っていることを信じて欲しい。目の前にいなくても信じ続けることは出来るよ。真二さんがどんなに素敵な人であったかを証明出来る術は綾奈が幸せになることだ。逆に綾奈が幸せになる資格がないと卑屈になればなるほど綾奈にとって大切な真二さんの人柄を貶すことになるんだよ。だって真二さんがそういう人だと綾奈が言っているようなものだから。綾奈が幸せになることを願っている、それが本当の真二さんの姿だよ。」
裕也の言葉の一つ一つが綾奈の心に染みこんでいく。暖かく、熱く、優しく、容赦なく。
「罪悪感の中に逃げ込んで真二さんを悲しませてはいけない。真二さんは天国で今この瞬間も綾奈が幸せになることを願っている。それを見て見ないふりしては駄目だ。さっき綾奈が自分自身で言っただろう?どんな小さなサインも見逃しては駄目なんだろう?それならば今、真二さんが送っているサインを見逃しては駄目だ。ちゃんと彼の願いを受け止めよう。同じ過ちを繰り返さない為に。」
「・・・裕也・・・。」
綾奈の瞳から涙が溢れて止まらない。死ぬまで消えないと思っていた罪悪感が今、嘘のように消えていく。何年も何年も血のついた針山の床に自分を縛り付けていた鎖が外れた瞬間だった。綾奈の顔に光が射していく。
真二を本気で信じる。私が真二の幸せを願うように真二も私の幸せに願ってくれている。どうして今まで真二なら私の幸せを願ってくれていると思いながらもそれを信じきることが出来なかったのだろう。どうして疑っていたんだろう。どうして気づかなかったのだろう。
そう、私は自己憐憫に逃げていただけだ。
ごめんなさい、真二。
綾奈は今、罪悪感や後悔から今、解き放たれた。涙があふれ出て止まらなかった。裕也はそんな綾奈を慈愛溢れる眼差しで見守っている。
「綾奈。」
裕也が綾奈を真摯に見つめた。綾奈がハッとして裕也の顔を見つめる。裕也は覚悟を決めた。
「綾奈、幸せになってください。」
「裕也・・・。」
綾奈は思い出した、始めて裕也と出会った時のこと。その帰り道。裕也から初めてメールを貰った時のこと。毎日のように電話でお互いの話をしたこと。一度は別れようと決心した日のこと。映画を見たこと。食事やドライブを重ねたこと。海辺のこと。抱きしめられた時のこと。優しい笑顔。私を闇から救ってくれた人。罪悪感を取り除いてくれた人。これからも自分の傍にいて欲しい。傍にいたい。
その声、その言葉、そのぬくもり、そのまなざし、その笑顔・・・その心、数えきれないくらいのあなたのものをこんなに欲しがっている。
そうだ、私はこんなにも裕也、あなたのことを愛してしまっていたんだ。
そう、私は裕也を愛している。
次の瞬間、綾奈は告白していた。欲しているというありったけの正直さと熱と切なさを込めて。
「裕也を愛しています。だからどこにも行かないでね。」
突然。投げかけられた愛しい人の告白の破壊力はすさまじく裕也の心が一瞬にして吹っ飛んだ。
綾奈の裕也を見つめる瞳には愛が溢れていた。
裕也はたまらなく愛おしくなって綾奈をぎゅっと抱き寄せた。
「僕も綾奈のことを愛しているよ。」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2259