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作品名:あれ、どうしたんだろう 作者:雲のみなと

第21回   21
 2003年初夏。桜の花びらはとうに散ったが花びらの意志を引き継いだ葉桜が見事に咲き誇っている。
爽やかな風が結婚式場の屋根にある鐘をそっと撫でていく。
綾奈と真二は結婚式場にいた。実は一か月後にここで式を挙げるのだ。今日はその打ち合わせに来ていた。
「これどう?体のラインはっきりし過ぎかな。体に合うように補正してもらったんだけど。」
綾奈はマーメイドラインのウェディングドレスを試着しながら真二に尋ねた。真二は眩しそうに綾奈のウェディング姿を見つめる。
「ぴったりしすぎかもな。もうちょっと余裕持たせた方がいいんじゃないか?」
「どうして?」
「これから太ったらそのウェディングドレス着れなくなるだろう?」
真二は茶目っ気一杯に答えた。
「太るって・・・。太る予定ないけど?」
綾奈はむっとして反論した。
「いや太るね。お前完璧なウェディングケーキを披露するとかいってしょっちゅうケーキを味見しているだろう?あれじゃ太るって。」
綾奈は焦った。
「なんでそのこと知っているの?」
「パテシエの人が呆れていたからさ。」
「えっ!?」
「うっそ。冗談だよ。」
「もう!!」
綾奈が機嫌を損ねて頬を膨らませた。真二は笑いながら綾奈の機嫌取りに入る。
「冗談冗談。綺麗だよ綾奈。」
「え?あ、ありがとう。」
愛する人から褒め言葉を貰って綾奈は思いっきり照れた。真二と綾奈は顔を見合わせて微笑む。傍にいた式場の係の人も微笑ましい二人の姿に微笑んだ。
「ドレスはこれでよろしいですか?」
係の人に尋ねられた綾奈は幸せいっぱいの笑顔で答える。
「はい、お願いします。」
綾奈のドレスの試着を終え、式の細かい打ち合わせに入る。これが結構大変な作業だ。招待客の人数の最終確認、席次、料理、進行、演出の最終確認、引き出物の取り決め、すべての段取りを最終的に詰めていく。
とにかく打ち合わせは肩がこるもの、決して華やかなことばかりではない。裏側は大変なのだ。それでも綾奈と真二は幸福感で満たされていた。
打ち合わせを終え、二人は式場を後にした。休憩しようと近くの喫茶店に入る。
「いよいよあと一か月後だね。」
「あぁ、今から緊張してきたよ。」
「真二ったら緊張するのはまだ早いよ。」
綾奈は笑いながらコーヒーに口をつけた。
「で、真二はこれからどうする?一旦家に帰る?それとも真っ直ぐ飲み会に行くの?」
「あぁ、もうそんな時間か。いったん家に帰っている時間は無さそうだからここからタクシー拾っていくよ。」
「そう。」
「お前は先に寝てていいから。今日疲れただろう?」
「分かった。そうする。」
実は綾奈たちはすでにアパートで同棲している。そして今晩、真二と真二の友人たちが居酒屋で飲み会をすることになっているのだ。男同士の飲み会で、コンセプトは「さらば気高き独身生活」だそうだ。
「篤さんが発起人だっけ?」
「あぁ、あいつはなにか理由をつけては酒を飲みたがるからな。」
「理由をつけて飲みたがるのは真二の方でしょ?ちょっとお酒飲み過ぎだよ。」
綾奈は心配になって真二に忠告した。しかし言われた真二はまたかという顔をして
「またそれか。分かっているよ。飲みすぎないように注意するよ。」
真二はお酒が大好きだ。ちょっと飲み過ぎなんじゃないかと綾奈が心配になるほどに。お酒を控えて欲しくて「飲む量を少なくして欲しい。飲む回数を減らして欲しい」と何度も懇願したが真二はなかなか言うことを聞いてくれなかった。若さゆえの油断というところもあっただろうが真二は結構頑固だった。
「お酒だけでなく煙草も控えてよ。健康に悪いよ。」
綾奈がここぞとばかりに注意するが真二にはそれが少し煩わしい。だが真二は基本は優しい性格なので綾奈を安心させようと綾奈の頭に軽くぽんと手を置き
「大丈夫だから、心配すんな。」
真二の笑顔に綾奈はいつも丸め込まれてしまいそれ以上何も言えなくなってしまう。
「もう・・・。でも明日二人で婚姻届出しに行く約束でしょう。飲み過ぎないでよ、早く帰ってきてね。」
「あぁ、分かっているって。酒臭い体で市役所に行ったら市役所のおっちゃんに、この人はヤケで結婚したのかと思われかねないしな。」
真二はほんの冗談のつもりで言ったのだが綾奈は聞きづてならない。
「ちょっと?ヤケになって結婚するの?!」
「冗談だってば。」
真二は笑いながら答えるが綾奈はどうも腑に落ちない。
「明日、午前中に婚姻届を出しに行こう。誰よりも早くな。俺たちが一番乗りだ。」
真二は無邪気にそう言って綾奈の手を握った。綾奈は先ほどまでの憤慨はどこに行ったのか嬉しくて幸せいっぱいに微笑む。
「そろそろ行かないと待ち合わせの時間に遅れるよ?」
綾奈が照れながらも勧めれば真二は慌てて腕時計を見た。
「そうだった。綾奈、先に寝てていいからな!」
「うん。真二も楽しんできて、独身最後の飲み会。」
「あぁ。じゃあ行ってくる。」
真二はにこやかに立ち上がり伝票を持ってレジ向かった。綾奈も微笑みながら真二の背中を見送る。真二がレジの所で手を振った。綾奈もそれに答えて手を振る。
これが二人が交わす最後の言葉になるとは思いもしないで。


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