20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:あれ、どうしたんだろう 作者:雲のみなと

第17回   17
それから綾奈と裕也はお互い時間を見つけては会うようになった。一週間に一度、食事や映画、ショッピング、ドライブなどを楽しみ同じ時間、空間を共有する。そのおかげでお互いの名前を呼び捨てに出来るぐらい親しくなった。
綾奈は裕也と時を過ごせば過ごすほど裕也のことを好きになっていく。綾奈が予感していた通りだ。そしてそれは裕也も同じだった。
付き合いだしてから三か月経ったこの日は海へドライブに来ていた。
真冬の浜辺には人影もなく、寂しさが海風となって砂浜をかすめる。冬の海など寒いから他の場所に行けば良かったのだが今日は小春日和。奇跡的に暖かい。といっても冬の温かさはたかが知れている、コートなしではいられない。
「やっぱり寒かったな。」
裕也が襟元を閉めながら呟いた。
「昨日よりはだいぶ過ごしやすいけどそれでも寒いね。」
綾奈はそう言いながら裕也に温かいコーヒーを渡した。
「ありがとう。」
二人は海を見つめながらコーヒーを飲んだ。波の音が海を形作る。一匹のかもめが海風に乗り沖へと飛んでいく。一人沖へ行くその姿に人生の過酷さと寂しさを感じる裕也と綾奈。それでも打ち寄せては引いていく波が子守唄のように二人を癒す。
静かで穏やかな時間が流れる。暫くは言葉もなく海を見ていた裕也がそっと聞いてきた。
「波の数ってどれくらいあると思う?」
「波の数?さぁ・・・想像したことないけど数えきれないぐらいだと思うわ。何千億とか何京とか、天文学数字だと思うけど。」
「波って不思議だよな。なぜ波は生まれて打ち寄せては引くを繰り返しているんだろう。」
「波が生まれるのは風のせいだというのは聞いたことあるけどなぜ引いていくのかは気にしたことなかったから分からないわ・・・。どうしたのいきなり?」
綾奈は不思議なことを聞くものだと思い裕也をまじまじと見つけた。
「いやなんとなく。生まれた時から当たり前にあったから波がどうして生まれるのかなんて気にしたことなかったんだけどよくよく考えてみれば波って不思議だよな。風によって波が押し寄せてくるのは分かるけどじゃあなんで引くんだろうっていう。」
「難しいことは分からないわ。ただ波は引くから美しいということだけは分かる。」
「そうだな。打ち寄せては引いていくから波は美しいんだよな。」
裕也は感慨深げに言った。そして
「人の人生もこの波と同じだよな。楽しいことがあって悲しいこともあるから人生って美しいんだと思うんだ。悲しいことだらけの人生はそりゃあ御免こうむるけど楽しいことだらけの人生も味気ないかもしれないな。打ち寄せるだけの波に何も感じないように、引いていくだけの波に何も感じないようにさ。打ち寄せては引いていくから波は見ていて飽きないんだ。だから人生も喜びと悲しみの両方があった方がいいのかもな。」
「そうね・・・。」
裕也に言われて綾奈は波を見つめた。私の人生もこの波と同じだなと思った。真二が死んだりしないで元気でいてくれてあのまま普通に結婚していたら今頃私は幸せだったと思う。それはそれでいい、楽しいことだけの人生だ。
でも現実は違った。真二を失い深い悲しみを知った。しかしこれが人生、打ち寄せては引くのだ。そしてそれは皆同じ。誰もが喜びと悲しみの間を行ったり来たりしている。
綾奈は自分の足元に視線を落とした。そこには砂浜に打ち上げられた白い貝殻があった。波に洗われては置き去りにされている。それを永遠に繰り返している。
この貝殻は海へ帰りたいのかな・・・。綾奈はそんなことをふと思った。なんだか貝殻がかわいそうになって思わず拾う。裕也もそれを見つめ
「貝殻?」
「そう。」
「なんかこの貝殻、裕也みたい。」
「なんで?」
「本当は寂しいくせになんでもないふりしてここに佇んでいるから。寂しいのに本音を隠していつも笑っている。」
「・・・!」
綾奈は何気なく言ったつもりだった。だってそれはいつも感じていたことだから。裕也はいつも他人の気持ちを慮っている。本当は寂しいくせに笑顔を作って頑張り過ぎている。そんな寂しい思いをさせているのはこの私だとは分かっているので今まで言えなかったけど、今日はつい漏らしてしまった。海の魔法にかかってしまったのだろうか。
綾奈が寂しそうな笑顔で貝殻を裕也に渡そうとしたその時。
突然、綾奈は裕也に抱きしめられた。驚く綾奈。言葉も出ない。
「裕也!?」
裕也の熱い想いが体温と共に伝わってくる。切なくて苦しげ。綾奈は裕也の想いをはねのけることは出来なかった。それどころか綾奈の胸に切なさがこみあがってきて。
裕也は綾奈への愛おしさを我慢できなかった。今の今まで綾奈のためにと無理矢理理性を自分の中に抑え込んできた。いつか綾奈が真二ではなく自分と真正面から向き合ってくれる日が来るまで我慢しようと。それまで待とうと決心していた。
しかし貝殻を差し出した時の綾奈の笑顔と言葉で裕也の張り詰めていた自制の糸がぷつんと切れた。ただ愛しくて愛しくてたまらない。
「裕也・・・。」
綾奈が呟けば裕也は一層強く綾奈を抱きしめた。綾奈のぬくもりがコートを通って自分の体と心の中へ溶け込んでくる。
綾奈は裕也に抱きしめられたまま何も出来ずにいた。それどころかこのままでいたいと思った。真二の顔が脳裏をかすめても裕也から離れたくなかった。もちろん真二に対する罪悪感は消えたりしない。でもだからといって裕也への愛をなかったことにすることなんて出来なかったのだ。
綾奈は自分の気持ちに正直になって裕也と向き合おうと思った。自分の手を裕也の背中にまわそうとした時だ。
突然裕也が綾奈から離れた。しかしその顔はとても名残惜しそうで。綾奈は行き場を失った手をごまかすように笑顔を作る。
「綾奈、そろそろ帰ろうか。」
「・・・うん。」
綾奈は内心がっかりしたがとりあえず頷いた。
波音を背中に受けながら二人は来た道を引き返す。砂浜に刻まれる足跡。裕也が先を行き、綾奈がその後をついていく。海に来る時は並んで刻まれていた足跡が帰り道は違っていた。綾奈は何も言わない裕也の背中を見て例えようのない不安を覚える。
海からの帰り道、ハンドルを握ったのは裕也だった。裕也はずっと黙っている。綾奈は裕也の横顔をみてますます不安になっていく。こんなふうに重い沈黙は苦痛だ。
綾奈の脳裏をよぎる裕也からのさよならの言葉。もしかして煮え切らない私の態度に業を煮やした裕也が別れを切りだすのではないかと疑う綾奈、その心は嵐の海のようにうねった。三か月前に裕也に別れをきりだしたあの時のように今度は裕也が・・・。そう考えると胸が張り裂けそうになる。
ここで私が「好きです。」と告白すれば別れなくても済むだろうか、考え直してくれるだろうか、綾奈は一人で焦りまくっていた。涙が出てきそうなのを必死でこらえる。
しかし裕也はそんなことは全く考えてはなかった。綾奈への想いが引き返せないところまで来ている深刻さに思い悩んでいたのだ。果たしてこれからどうするべきか、このまま友人として付き合っていくべきか。いや、所詮始めから友達として付き合うなんていうのは到底無理な話だったのだ。
裕也と綾奈の沈黙はすれ違っていた。理由が異なる沈黙が車内を埋め尽くす。綾奈は告白しようと何度も思う、しかしその度に怖くなって口を噤んでしまう。
そうこうしている内に綾奈の自宅まであと三十分というところまで来てしまった。とうとうここまで会話することなく、別れの気配も打ち消せずに一人狼狽する綾奈。
信号待ちで車が止まった。その瞬間、このままではいけない!!と綾奈は告白をしようと決心した。
「裕也・・・。」
「あれ。」
告白しようとした綾奈の言葉を遮るように裕也が不思議そうに呟いた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。」
「そう・・・。」
綾奈は勢いを削がれてがっかりした。またタイミングを失う。
しかし実はこの時、裕也は左腕にかすかな痺れを感じていたのだ。今の今までなんでもなかったのに。ピアノの弾き過ぎで腱鞘炎にでもなったかと苦笑いする。たいしたことのない痺れだ、じきに収まるだろうとそのまま運転を続ける。しかしどうも左腕の痺れが気になる。
これはきっとハンドルを長時間握っていたせいだろうと考え少し休憩を入れたいと思った。
「ちょっと休んでいいかな。運転疲れみたいだ。」
「え?あ、うん、いいよ。ここから私が運転変わるよ。」
綾奈はちょっと心配になり気遣った。
「ありがとう。その前になにか飲み物買ってくるよ。」
「うん。」
裕也は何でもないような笑顔で言うので綾奈はホッとした。コンビニを見つけ駐車した。綾奈は裕也の体調の心配と別れへの不安が同時に消えた気がした。私の思い過ごしだったんだと一安心して運転を変わろうとドアを開ける。裕也も飲み物を買ってこようと車から降りた。だがその時、裕也の体にまたもや異変が起こった。
ふいにめまいが起こり、少しよろめく。そして
「あれ、どうしたんだろう。」
「!!?」
裕也がぼそっと呟いた。綾奈はそれを聞き逃さなかった。裕也の言葉が綾奈の耳に衝撃を持って突き刺さる。弾丸のように心を貫いて綾奈を震え上がらせた。綾奈は激しく動揺する。心臓が壊れるのではないかというぐらい鼓動が早くなる。あの時と同じ・・・!
しかし裕也のめまいはすぐに治まった。裕也はたいしたことないやと安心した様子でコンビニに入ろうとした。
だが綾奈は安心などしなかった。それどころか必死な形相で裕也の元へ駆け寄り
「なにがあったの!?」
この世の終わりかというほど青ざめた顔をして綾奈が聞いてくる。裕也は戸惑った。
「いや、ちょっとめまいがしただけでたいしたことはないよ。運転疲れだよ。それにすぐに治まったし。」
綾奈を安心させようと笑顔で言うが綾奈はそれどころでない。尋常ではない様子で裕也に縋る。
「病院に行って!!今すぐに病院に行って!!」
綾奈の必死な姿と自分の今の体の状態にどうにもギャップを感じた裕也は綾奈にちょっと引いてしまった。
「いや、でも本当にたいしたことはないから。すぐに治まったし。少し休めば大丈夫。」
「そんなことないって!!お願いだから病院に行って詳しい検査をして!今すぐ!!」
綾奈は切羽詰まっている。裕也は困惑しっぱなしだ。
「でもあまり病院好きじゃないし。」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょ!私が病院に連れて行くから車に乗って!!」
「え・・・。」
綾奈の迫力に気圧された裕也は茫然と立ちすくむ。綾奈はじれったいと思ったのか無理矢理裕也の体を引っ張り助手席に押し込んだ。そして間髪置かずに自分も運転席に乗り込む。
「綾奈?」
「行くわよ。」
綾奈は、茫然とする裕也を乗せてアクセルを踏んだ。
車は病院に向かってなんの迷いもなく一直線だ。綾奈の横顔は切羽詰まったかのように真剣そのものだ。有無を言わせない迫力に裕也は困惑することしか出来なかった。
遠くに病院が見えてきた。そして裕也は気づいた。この綾奈の必死さは真二さんと関係がある、と。こんな時まで僕は真二さんの身代わりか・・・。そう思うと内心面白くなかった。
しかしその面白くなさもすぐにひっくり返されることになるとはこの時の裕也は思いもしなかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2262