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作品名:あれ、どうしたんだろう 作者:雲のみなと

第13回   13
日曜の映画館。大きな宣伝看板が道ゆく人の目を引く。様々な謳い文句に引き寄せられた人々が映画館の中へ吸い寄せられるように入っていく。
裕也は映画館の前に今から15分前に到着した。待ち合わせの時間までもう少し余裕がある。
裕也は綾奈と会うのは今日で最後だということは覚悟してここに来た。
綾奈と初めて会ったのが一週間前、ひと目ぼれだった。36歳にもなってまだ一目ぼれするパワーが自分に残っていたのかと驚いたりしたが。それから今日までの一週間、メールや電話を欠かすことはなかった。不思議と話したいことは途切れず、また綾奈の話ももっと聞きたいと思った。
そして綾奈のことを知れば知るほど好きになっていった。たった一度しか顔を合わせてなくても人を好きになることはある。人を愛することは理屈でも、それにかけた時間でもない。ただ好きになってしまった、愛してしまった、ただそれだけのことだ。
だがそれも今日で終わり。綾奈は別れを告げる為にここに来るのだ。そのことは昨夜の綾奈の様子で分かる。例え電話越しでも、だ。
今日で最後、だからこそ今日という日を思い出深いものにしようと決心した。綾奈ともう会えないのは辛いけど綾奈に自分と付き合っていく気持ちがないのではどうしようもない。元々この前一度きりで終わっていたかもしれないことだ、それが今日に伸びただけ、裕也はそう思うことにした。随分物わかりがいいものだと自分自身に苦笑いもしたが・・・。
といいつつ心のどこかで昨夜から今までの間に綾奈の心境に変化が起きてやっぱり付き合いを続けようと言ってくれることを期待している自分もいる。その一縷の望みに縋っているから今こうしてここで待てるのかもしれないと思った。
綾奈の姿が遠くに見えた。そのとたんに裕也の鼓動が慌ただしくなる。
向こうがこちらに気づくよりも先に綾奈の表情を窺った。そしてその表情を見た途端、裕也の一縷の望みも消え失せた。
綾奈は酷く暗い顔をしていて、生気のない体でこちらに向かって歩いてくる。別れの気配を背中に漂わせている。
やっぱり今日でお別れか・・・。裕也は沈痛な面持ちで綾奈が到着するのを待った。
辿り着いた綾奈は軽く会釈をする。
「こんにちは・・・。遅くなってごめんなさい。」
「いいえ、遅くないですよ。時間通りです。」
裕也は笑顔を作り、無理矢理朗らかに答えた。すべてが演技だがここで自分まで暗い顔をしたら二人の最後の日が台無しになってしまう。ええい!もうやけだ!!今日を悔いのないように過ごそう!!裕也は苦し紛れで気持ちを切り替えた。
「さぁ、中へ入りましょうか。」
「はい。」
裕也が笑顔で促したら綾奈も笑顔で答えた。綾奈の笑顔はぎこちないが綾奈は綾奈なりに踏ん張っている。
休日だから館内は人の群れでごったがえしていた。家族連れや恋人同士ももちろん多いが特に女性のグループが多かった。今、女性の間で大人気のコメディー映画が上映されているせいだった。
「今、女の人に人気がある映画があるんですけど綾奈さんもそれでいいですか?」
「はい、おまかせします。」
裕也は懐からチケットを取り出した。人気があるので前もって買っておいたのだ。それをみた綾奈は動揺した。
「あっ・・・あのチケット代払います!」
「気にしないでください。実はこのチケットは会社の同僚がくれたものなんです。だからチケット代はいりませんよ。」
裕也は張り裂けそうな胸の内を隠すように精一杯の笑顔を作り明るく振る舞った。もちろん同僚がくれたなんて嘘だ。綾奈と一緒に見れる映画が楽しみで待ちきれなくて映画を見に行くと約束した次の日にさっそく購入したものだ。あの時間が幸せであればあるほど今の自分が惨めになるがそれを綾奈に悟られるわけにはいかなかった。
綾奈は遠慮がちに「ありがとうございます・・・。」と今にも消え入りそうなか細い声で礼を言った。
上映時間までまだ少し時間があった。
「なにかドリンク飲みませんか?」
「・・・飲みます。」
綾奈は裕也の気遣いに返事はするものの心ここにあらずという感じだ。綾奈はいつ別れを切り出そうかとずっと迷っているのだ。その迷いは裕也にも伝わり、裕也は密かにため息をついた。気が変わることはないんだろうな・・・・と。
裕也は際限なく落ち込みそうな自分自身を叱咤し、きわめて明るい声で綾奈に話しかける。
「この映画、かなり面白いという評判なんですよ。コメディー映画なんだけど綾奈さんこの前、コメディー映画好きだと言っていたからきっと気に入りますよ。」
「そうですね。」
ドリンクを買う列に並び、裕也が話しかけ綾奈がぼそりと答える。一昨日までの電話のやりとりとはまるで違う一方通行な会話。裕也は電話での楽しそうな綾奈の声を思い出して辛くなった。そして内心、綾奈がそんなに別れを切り出すことに迷っているのならこのまま付き合ってもいいんじゃないか?とも思い始めた。それぐらい綾奈は元気がなかったのだ。
コーヒー二つと一口サイズのパンケーキを二つ買って裕也は座れるところを探した。混んでいるので空いている席を探すのは一苦労だったが、なんとか二人分の席を見つける。
「あそこ開いていますよ。」
「はい。」
二人は目ざとく席に座った。隣り合って座る二人。裕也は肩が触れ合うくらいの近さに綾奈がいるので緊張したが綾奈の方はそれどころではなかった。
裕也は自分の緊張を解きほぐそうと喋りまくる。そのたびに綾奈は相槌を打つ。裕也はもっと綾奈に喋って欲しい、綾奈の声が聞きたいと思ったが今の綾奈にそれを望むのは酷だった。
館内にアナウンスが響いた。裕也たちが見る映画の入場案内だ。
「行きましょう。」
「はい。」
裕也は内心いつ綾奈が別れを切り出してくるか冷や冷やしていた。だがそれを悟られないようにと平静さを装う。
一方、綾奈はさよならを切り出すタイミングを窺っていた。しかし同時に裕也の隣にいることでの居心地の良さも感じていた。裕也といるとなぜか懐かしい気がしてくるのだ。まるで昔からの知り合いみたいにありのままでいられる自分がいる。さよならを言わなければいけないと思えば思うほどそれに反比例して裕也と一緒にいたいという思いが強くなっていく。自分でも自分の気持ちが分からなくなってきたのだ。
座り心地の良い椅子につきほっと一息。綾奈は益々心が休まった。別れを切り出そうとしていることを忘れてしまいそうなほどだ。適度にクッションがきいた椅子、そして自然な自分でいさせてくれる裕也の存在。どんどん癒されていくことに綾奈は逆に困惑し始める。
そして気づいたのだ、やっぱり自分は裕也のことを必要としているんだ、と。さよならを言うことを忘れてしまいそうになるのは、さよならしたくないという証拠だ。裕也のことをどう思っているか、忘却の彼方に追いやることなど出来ないということを思い知らされた。
でもだからといって自分の中の真二に対する罪悪感が消えるわけではない。綾奈はどうすればいいのか分からなくなって裕也の顔を見た。
裕也は綾奈の視線に気づき優しい笑顔で答える。
「どうしたの?」
裕也の優しい声、優しい笑顔に綾奈は動揺した。心臓がバクバク鳴り始めた。そういえば今気づいたのだが肩が触れ合うくらいの近い距離にいるではないか。綾奈は裕也との至近距離に緊張してしまう。だがそれは先ほど裕也が通った道だった。
綾奈の緊張は高まっていくのとは正反対に裕也は緊張も取れリラックスしている。そうこうしている内に場内は暗転し、映画が始まった。
スクリーンに映像が映し出され、音声が館内に響き渡ると綾奈の緊張も次第に薄れてきた。それどころか映画の世界にあっという間に引き込まれていったのである。
コメディー映画を選んだのは正解だった。元々綾奈が好きなタイプのストーリー。それに輪をかけて面白いとなればのめり込まないはずがなかった。
裕也は綾奈が映画を楽しんくれているのが見て取れてほっとした。これで自分も遠慮なく映画を楽しめると思った。
映画は笑いにつぐ笑い。ストーリーの展開が早く飽きさせない。場内は客の笑い声、歓声であふれにぎやかだ。裕也も綾奈もすっかり映画の世界観に取り込まれてしまった。
爆笑、クスッ笑い、苦笑い・・・観客の様々な笑顔がそこかしこに咲き誇り、実に素晴らしい映画。しかも笑わせるだけではなく、ほろっと泣かせる感動シーンもあったりで鼻水をすする音も遠くから近くから聞こえてきた。エンドロールが流れても観客はなかなか席を立とうとはしない。それぐらい観客は魅了されたのである。
場内に明かりがついてようやく人々は腰を上げ始めた。
「面白かったですね。」
裕也が満面の笑顔で声をかければ綾奈も嬉しそうに
「はい、とても面白かったです。観て良かったです。」
綾奈の笑顔を見たらとても別れを切り出すようには見えない。もしかして今日で最後というのは自分の思い過ごしなんじゃないかと裕也は思い始めた。明日も明後日もこの先ずっと一緒にいられるような気がしてきて俄然元気を取り戻す。
ギラギラと夏の太陽がアスファルトを炙り、蜃気楼が真夏の午後を揺らす。気温がどんどん上がる中、裕也と綾奈は涼を求めて噴水のある公園を散歩することにした。クーラーが効いている店内で涼んでも良かったが綾奈が散歩しようと提案したのだ。生命力溢れる緑の中を歩きたかった。
「それにしても暑いですね、綾奈さんは暑いの得意ですか?」
「得意というほどではないですけど苦手ではないですよ。裕也さんは苦手ですか?」
「僕はインドア派なので炎天下にいると干からびてしまいますよ、アスファルトの上にのびたカエルみたいにね。」
裕也は冗談っぽく笑いながら答えた。綾奈もつられて笑っていたがよくよく考えたらこうしてはいられないと焦って
「あ、でもじゃあ干からびる前にどこか店に入った方がいいですね。」
「大丈夫ですよ。そこまで僕はやわではないですよ。それに綾奈さんとこうして一緒に歩けるならどこでも快適です。」
裕也はさらっと言ってのけたが綾奈はとたんに頬を赤く染めた。何気なく嬉しくさせることを言う裕也。
二人は風が吹き抜けるベンチに座った。近くに噴水がありマイナスイオンがそこかしこに漂っている。それと日陰になっているのでベンチ周りは過ごしやすい気温になっていた。
あれやこれやと話しているうちに綾奈のこのまま裕也といたいと思う気持ちは揺るぎない確固たるものになっていた。裕也もこれからの人生も綾奈と一緒に過ごせることを確信しそれを幸せに思い、もはや二人の未来を疑う余地はなかった。
しかしそれはつかの間の幸せだった。
それはなんの前触れもなく突然やってくる。


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