清潔なシーツにふわふわの枕。ティアはベッドの中にいる。魔王を再び封印したその日から一か月間眠り続けていた。 ここはユイハの家だ。魔術師たちは入れ替わり立ち代わりティアの様子を見に来る。もちろんアルクは四六時中ティアのそばにいて離れない。 「アルク、顔色がかなり悪いようです。ろくに寝ていないのでしょう?ここは私にまかせて少し休んでください。」 アルクの体調を心配したユイハが声を掛けた。しかしアルクは首を横に振った。 「お気になさらないでください。わたしがここにいるのはわたしのわがままです。ティアが目を覚ました時に真っ先にわたしを見て欲しいのです。」 「アルク・・・。」 ユイハはアルクのティアへの想いの深さに触れ、それ以上何も言えなくなった。 「何か変化があったらすぐに私どもを呼んでください。」 「はい。」 アルクはユイハの顔を見ずに答えた。アルクの視線は一瞬たりともティアから離れない。ユイハは小さくため息をつき部屋を出た。 部屋を出たところで相棒であるミライに会う。ミライは部屋の中にいるアルクに聞こえないように小声でユイハに尋ねた。 「ティアはまだ目を覚まさないのか。」 「あぁ。いまだ眠り続けている。」 「もしかしてティアの魂は魔王の魂と共に剣の中へ封印されてしまったのではないか。」 魔術師たち皆が一度は思ったことだ。ただしユイハを除いて。ユイハは確信めいた風に 「いや、それはないだろう。もしティアの魂が体から離れ封印されてしまっていたらティアはとっくに死んでいる。しかし現にティアは息をしているし体も温かい。魂は確かにティアの体の中にある。」 「そうか。それを聞いて安心した。ではいずれティアは目を覚ますだろう。」 「あぁ。私はそう信じている。神がティアとアルクを見捨てたりするはずがないからな。」 ユイハの言葉にミライは深く頷いた。
それからまた7日が経とうとしていた。相変わらずティアは目を覚まさない。アルクはティアの手を握りしめたまま疲れて眠ってしまっていた。 「ティア・・・。」 アルクが寝言でティアの名を呼ぶ。 その時だ。ティアの指先がぴくっと動いた。続いてまぶたがぴくりを動く。そしてゆっくりと開かれてく瞼。ティアの視界にぼやけた天井が映る。 「ここは・・・?」 声にならない声で呟く。ふと体のすぐそばにぬくもりを感じてそちらを見た。自分の手を握りしめたまま顔を伏せて眠るアルクの姿を見つけた。 「アルク。」 ティアは愛おし気に名を呼び、空いている方の手で優しくアルクの頭を撫でた。その時、アルクの左腕がないことに気づいた。 「アルク!!?」 心臓が止まりそうになるくらいに驚愕した。アルクの体から黒魔術の呪いの匂いがしてくる。これは不老不死の呪い。 「アルク・・・なんてことを・・・!」 ティアの心がズキズキと息苦しいほどに痛みだす。アルクが不老不死の体になる為に左腕を代償にしたことを悟ったのだ。 だが今のティアならアルクの失われた左腕を元に戻すことは可能だ。まずは左腕を黒魔術師から取り返さないとならないが。アルクが目を覚ましたらそのことを言おうと決心をした。 「本当にごめんなさい、アルク。」 ティアの頬に一筋の涙が流れていく。涙が眠るアルクの右腕に堕ちた。 アルクはなにかが自分に触れたことに気づき眠りから覚めていく。 そして顔を起こした。そこで見たものは何百年と愛してやまない人の優しい笑顔。 「ティア!!!」 飛び上がらんばかりの歓喜にあふれた声はユイハの家中に響いた。 ユイハとミライが顔を見合わせる。椅子から弾かれるように立ち上がるとティアがいる部屋へと向かった。それだけではない。他の魔術師たちも我さきへと階段を駆け上がる。 「ティア!!」 息を切らせて部屋の中へ飛び込めば、溢れる涙を拭おうともせずただただ強くティアを抱きしめるアルクとティアの姿があった。ティアはユイハたちの存在に気づき深くお辞儀をする。例えようもないくらいの気品と海のような深く優しいまなざし。 「神よ、なんという奇跡だ・・・。」 ユイハの瞳から一筋の涙が流れた。 「この方が伝説のティアか・・・。」 ミライは魂を持っていかれたかのように呟いた。次々と辿りつく魔術師たちも歓喜の雄たけびを上げた。祝福は花のように咲き乱れ、波のように溢れかえった。
その日の夜。さっそくティアはアルクの失われた左腕を治したいと申し出た。しかしアルクはそれを拒否する。 「どうして!?今の私には治癒能力があるから左腕を元に戻せるわ。黒魔術から腕を奪い返してそれから・・・。」 「ティア、いいんだ。黒魔術が147年も俺の左腕を保管しているとは思えない。とっくに消滅しているさ。」 「でも私のせいで・・・。」 ティアはどうしても諦めきれないようだ。アルクはティアの肩にそっと手を乗せ優しく語り掛ける。 「ティアが気に病むことはない。これは俺が勝手にしたことだ。それに右腕一本だって不自由はしていないさ。世の中にはそういう人たちはたくさんいる。でも皆たくましく生きているんだ。俺だって出来るさ。」 「・・・。」 ティアは返す言葉が見つからない。するとアルクは一つの提案をしてきた。 「その代わりと言ってはなんなんだけど、不老不死の呪いを解いてくれないか。ユイハ様から聞いたんだ。魔王にも匹敵するほどのティアの魔力なら黒魔術の不老不死の呪いも解くことが出来るだろうって。」 「・・・でもいいの?それだけで。」 「もちろん!俺はティアと一緒に年をとり一緒にこの世界からおさらばしたいんだ。おばあちゃんになったティアとおじいちゃんになった俺が見られる。先が楽しみだよ。それにさすがに147年も生きたら飽きるよ。人生には終わりがあるから今という時間を大切に生きられるんだ。」 「・・・分かったわ。でも黒魔術の不老不死の呪いを解除するには『月下美人』が咲いた時の花びらが必要なの。手に入ってからでいい?」 「あぁもちろん。」 アルクが心の底から安堵しているのが伝わってくる。これでやっと死ねるのだ。
月下美人は思いのほか早く手に入った。というのもユイハがこうなることを予想していて用意していたのだ。左腕を代償にしてまでティアと共にありたいと思っているアルクならティアの亡き後も生きたいと思わないはず、そう考えていたのだ。その予感は的中した。 ユイハはティアに月下美人を渡した。月下美人は夜にしか咲かない。しかもいつ咲くか分からない。例え咲いても一晩だけだ。翌朝には萎んでしまう不思議な花。 それでもティアとアルクはひたすら待った。二人が共に生き、共に死ぬ為に。 そして新月の夜、とうとう月下美人はその美しい姿を現した。 ティアはアルクの不老不死の呪いの解除に成功した。涙を流しながら喜ぶアルクとそんなアルクを優しく抱きとめるティアの姿を月下美人の花びらが優しく見守っている。
不老不死ではなくなったアルクが次に望むのはティアに対する欲望だ。 元気になって柔らかく微笑むティアの横でアルクの渇望はどんどん膨れ上がっていく。 今すぐティアを抱きたい。 一つになりたい。どこまでも深く熱く繋がりたい。もう二度と離れないように。 悶々とするアルク。しかしティアとてアルクを欲しているのだ。 アルクと一つになりたい。この身をアルクに捧げたい。自分が両性体でなくなり魔力を失うとしたらその相手はアルク以外に考えられないのだ。 ティアもアルクもお互いを欲する気持ちに気づいていた。 しかしここはユイハの家。自分たちは客人だ。二人はユイハに遠慮していた。 だが欲望は限界点を突破寸前。 「ティア、ラフの森のそばの空き地に俺とティアの家があるんだ。」 「アルクと私の家?」 「ティアにはまだ言ってなかったけれどそこに今住んでいる。ティアは今まで眠っていたから知らないだろうけど。今からそこに行かないか?」 アルクが突然、ティアを誘った。その瞳は欲望の火がぎらぎら燃え上がっている。それが何を意味するのかティアはすぐに悟った。ティアは顔を赤らめながら覚悟決めた。 「行こう。」
二人は家の前に着いた。手を繋いで中に入る。なるほどいかにも以前空き家だったという殺風景さだ。 「おかえりティア。」 「ただいま。」 二人は見つめ合う。お互いの距離はあっという間に近くなりやがて唇が重なり合う。 何度も熱い口づけを交わし そしてティアとアルクは身も心も一つに繋がった。
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