それからまもなくしてアルクの夢の中に再びティアが出てきた。ティアは深刻な顔をしている。 「もう、結界がもたない。あと持って一日。それまでに世界中の魔術師たちを集結させて。魔王を人間界に降臨させては駄目だ!」 ティアの悲痛な訴えでアルクは目を覚ました。体中が嫌な脂汗を掻いている。ベットの上で横たわるティアを見れば変わらずに瞼を閉じている。しかし心なしかその表情には苦悶の色が浮かんでいるような気がした。 「いよいよ来るのか。」 人間界が再び魔王の支配の危機に晒される。 しかしそれ以上にアルクの胸の内を支配しているのはティアがようやく目覚めてくれるという喜び。ティアと会える期待感と幸福感が魔王への恐怖をはるかに凌駕していく。
アルクは着替えもそこそこにユイハの元へとすっ飛んでいった。ユイハは真夜中だというのに緊張の面持ちで起きていた。驚くことにユイハの周りにはたくさんの魔術師たちがいた。 アルクはさっそく先ほどの夢のことをユイハたちに話した。ユイハたちはその報告を受け急いでティアの元へ行く。ユイハはティアの体を一目見ただけで悟った。 「ティアを包む魔力が急激に上がってきている。おそらく魔王の魂が結界のすぐそばにまで上がってきているからだと思います。」 ゴクッ。アルクは唾を飲んだ。緊張感が高まる。 「ティアの結界は破裂寸前だ。アルク、いよいよです。」 ユイハは真摯な表情で碧色に輝く魔剣をアルクに渡した。アルクはそれを固く握りしめる。 「本当に俺に出来るだろうか。右腕しか使えないし、もし魔王の魂に届かな・・・。」 「アルク。」 ユイハはアルクの言葉を遮った。 「心配はご無用。アルク殿は自分自身を信じるだけでいい。後のことは我々におまかせください。」 ユイハの強いまなざしがアルクを射抜く。 「分かりました。」 そしてティアに語り掛ける。 「ティア、その時を教えてくれ。絶対に聞き逃さないから。絶対にティアを助ける。」 アルクは固く誓った。 それから夜はどんどん更け、月が西の地平線に沈もうとした時だ。 突然、ティアの体が激しく震え始めた。 「!!!」 「ティア!!」 その場にいる全員に緊張が走る。147年間眠り続け、蝋人形のように血の気を失っていたティアの頬に赤みが刺した。 「来た!!」 アルクが待ちにまったこの時がようやく来る。ティアの目覚めの時が。 ティアの眉間に苦しそうに皺が寄った。体の震えはますます大きくなる。ティアは明らかに必死に何かに耐えている。 「ティア!もう耐えなくていい!もう抵抗しなくていいんだ!俺がティアを救う!ここにいる皆で魔王を再び封印する!だから俺たちを信じろ!」 アルクはティアの震える体に己の体を寄せて必死に語り掛けた。 「俺を信じろ!!」 アルクの魂とティアの魂が共鳴したその時。 ティアの瞼がカッと見開いた。147年間、閉じられたままだった瞼が開き、エメラルドグリーンの美しい瞳が姿を現した。 「ティア!」 アルクの胸はあまりの感激に打ち震える。ユイハたちも心から安堵した。瞳の色は魔王のものではなくティアのものだ。ティアは魔王に支配されていない。だがティアの体温は急上昇し魔力は膨れ上がり爆発寸前。それでもティアは魔王を外に出すまいと懸命に耐えている。 「まずい!このままでは結界だけでなくティアの体も破壊されてしまう!!」 ユイハが叫んだ。アルクの心臓がズキッ!!と激しくうねった。 「ティア!!」 ティアの体が暴発したかのように大きく跳ねた。 『今よ!!』 ティアの声がアルクの頭の中に響く。それと同時にアルクはなんの躊躇もなく思いっきりティアの胸に魔剣を突き刺した。 「グワアアアアァアアア・・・・!」 この世のものとは思えない地を這いずるようなおぞましい悲鳴がティアの体から上がった。 「この声は!?」 「魔王のものです!魔王の魂に魔剣が届いた!!」 アルクは成功したのだ。 魔王が結界を破って飛び出してきたここぞという瞬間、いやここしかないという瞬間を狙って魔王の魂に剣を突き刺したのだ。 「ギギギギギギ・・・・。」 魔王のうめき声が上がる。それと同時に魔剣が激しく震えだした。 「くっ・・・!」 アルクが剣を離すまいと必死に握りしめる。すぐさまユイハも加勢し共に握りしめる。他の魔術師たちは万が一、封印が失敗した時の為に備え、この部屋全体にドーム型の結界を張った。最悪ここにいる者全員を魔王ごと封印してしまう覚悟で。
どれくらいの時間が経っただろう。やがて魔剣の震えは小さくなっていった。 「グワワワ・・・・グワ・・・グ・・。」 これが魔王の断末魔か。やがて魔王の呻き声は聞こえなくなった。魔剣はひと際眩しく緑色に輝きいている。 「封印は成功したのか?」 アルクが恐る恐る尋ねた。ユイハは力強く頷く。 その瞬間、部屋中に歓喜の声が沸き上がった。 「魔王の封印完了。」 ユイハが凛とした声で宣言し、魔剣はティアの胸から引き抜かれた。 するとユイハは海のような深い眼差しでアルクに向き直り静かに語りだした。 「アルク、あなたにもう一つ伝えたいことがあります。魔王の魂を排出したティアの体は人間の体に戻りました。それはすなわち不老不死ではなくなったということ。これから普通に年を取りますし、やがては死を迎えます。ティアの体内時計はこの瞬間から再び動き出したのです。アルク、あなた自身はどうしたいのか、それはあなたが決めることです。」 「ティアが不老不死ではなくなった・・・。」 「そうです。」 そうと聞けばアルクの心は決まった。ティアと共に生き、ティアと共に死ぬという想いはこの147年間一瞬たりとも変わることがなかった。それは今も同じ。アルクは再び瞼を閉じたティアの体をぎゅっと深く抱きしめた。
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