「その剣が魔物にしか作用しないのは分かりました。魔物の魂を吸い込み封印するということも。でもその剣をどうやって使うのです?まさかティアの体に刺すということはないですよね?」 アルクは恐る恐る尋ねた。ユイハは当たり前のように答える。 「もちろんティアの体に刺すのです。」 「刺すって!?」 アルクは激しく動揺した。思ってもみなかったことだ。 「眠っているティアにこの剣を握ってと語りかけてティアが握ると思いますか?第一、魔王はティアの体の中にいる。魔王の魂に届かなければ意味がない。」 「それは分かります。しかしティアの体に刺すなんて・・・。」 「先ほど説明した通りこの剣は人間の体を傷つけない。あくまでも魔物の魂だけに届く刃です。ティアの体にはそれほどダメージは残らないでしょう。」 ユイハの言葉にひとまずは安堵したアルクだがまだ疑問は尽きない。 「分かりました。でもそれならティアの魂はどうなるのです。ティアと魔王の魂は一つになっているのですよ。魔王の魂と一緒にティアの魂も封印されてしまうのではないですか?」 アルクは冷静を装って尋ねるが内心穏やかではない。その証拠に握りしめたこぶしが小さく震えている。 だがユイハは冷静だ。風のない湖面のようにその表情は薙いでいる。それがかえってアルクの神経を逆なでした。ユイハにとってティアのことなど所詮他人事なのだろう。魔王を封印するためならティアがどうなってもかわない、アルクの目にはそういう風にしか映らない。アルクの胸の内に行き場のない怒りが湧いてくる。 「魔王と共にその剣の中にティアの魂を封印するというなら今までと何が変わるというのです!ティアの魂がいる場所が剣に変わっただけではないか!そんなこと・・・!」 アルクは取り乱している。だがアルク自身も分かっているのだ。魔王を再び封印して欲しいと言ってきたのはティアの方。人間に守る為ならティアは喜んでまた己の魂を差し出すだろう。分かってはいるがどうしてもやりきれない。 なぜティアばかりこんな目に合うのだ!!ただ魔王の器にふさわしい体に生まれてきてしまったというだけで魔王と共に永遠に眠り続けなければいけないのか。 アルクはひどく憤慨している。それほどまでにティアのことを想っているのだ。 「落ち着いてください、アルク。」 「これがどうして落ち着いていられる!」 「この魔剣は魔物の魂だけを封印するのです。魔王の魂だけを。」 「それは何度も聞いた!それがどうしたというのだ!ティアと魔王の魂は一つになっている!」 「いいえ、それは違います。」 「!?」 「ティアの魂が人間のものである限り、人間の心を保っている限り、ティアは人間です。」 「ティアが人間・・・。」 「心と魂は繋がっている。心が人間なら魂もまた人間のものなのです。仮にすでにティアが人としての心までも魔王に取り込まれてしまっていたとしたらあなたの元へ訪れて結界が破られることを伝えたりしない。魔王を再び封印してくれなど望むはずがない。違いますか?」 「・・・!!」 アルクはユイハの言葉で気づかされた。というより目が覚めたといってもいい。 確かにユイハの言う通りだ。ティアはこの世界を守りたくてアルクの夢枕に立ったのだ。それはティアがいまだ人間の心を失っていない証拠。人間としての魂は今でもあり続けている。アルクはティアのことを一瞬でも疑ったことを心から恥じ、猛烈に反省した。 「ユイハ殿、申し訳ない、取り乱してしまってお恥ずかしい限りだ。」 アルクは恐縮することしきり。 「いいえ、お気になさらないでください。それだけあなたがティアのことを想っているということですから。剣は魔の魂と人間の魂を判別し魔の魂だけを吸い込みます。ティアの魂は体内に残るはずです。」 「そうしたらティアはどうなるのですか。目を覚ましますか?」 それが一番知りたいことで一番肝心なことだ。147年間、ティアが眠りから覚めるのをひたすら待ち続けた。片時も離れずにずっと・・・。 「ティアはおのれの体に魔王を封印したが故に深く長い眠りに入りました。魔王の魂を排出し、封印の役目から解かれたらおそらく目を覚ますでしょう。」 「!!!」 ユイハの答えはアルクが待ち望んでいたものそのものだった。これのほどの喜びがあるだろうか。これほどの幸せがあるだろうか。片腕を失いながらも147年間待った甲斐があるというもの。 やっとティアが目を覚ましてくれる。この手で思いっきりティアを抱きしめよう。アルクは喜びを全身から溢れさせている。 「うぉぉぉぉ。」 幸福感と喜びが体中を何度も駆け巡る。とうとう喜びがおさえきれなくなって雄たけびをあげた。涙が後から後から溢れてくる。ユイハはそんなアルクを感慨深げに見つめている。 しかしここでアルクはふと我に返った。一つ疑問が沸いたのだ。 一体誰がこの魔剣をティアの体に刺すというのか。やはりユイハ殿か・・・。 「果たしてその剣は誰がふるうのです?」 「それはあなたです。アルク。」 「えっ?」 衝撃的なユイハの言葉にアルクは一瞬耳を疑った。 「俺が?」 「はい、あなたしかいません。」 アルクは激しく狼狽した。脳裏を掠めるのは忘れたくても忘れられないあの光景。 147年前、ティアが自らの手で己の胸に剣を突き立てたあの壮絶な姿。あの時の衝撃、あの胸が張り裂けた時の痛み、ティアを失った悲しみが昨日のことのように思い出される。 「そんなこと出来ない!!」 アルクは拒絶した。いくらティアやこの世界を守るためとはいえ、ティアの体にそれほどダメージが残らないとはいえ剣を突き立てることなど出来るはずがない。 「しかしやらなければ今度こそティアは魔王に支配されてしまいます。魔王も147年前と同じ失敗は繰り返さないでしょう。結界が破れたと同時にティアの心と体を瞬時にのっとってしまう。再び封印されない為に。」 「それならユイハ殿がやってください。見ての通り俺には片腕しかない。うまくいく自信がないのです。もし失敗したら。」 「そうです。失敗は絶対に許されません。」 「だったら!!」 「だからこそです。」 むきになるアルクに対してユイハは確信めいたような表情を浮かべた。 「ティアの心の声を聞けるのはあなただけです。剣を刺すタイミングは一瞬しかない。結界が破壊され魔王が出て来たその一瞬です。魔王の魂がティアの結界の中にいる間はこの剣の能力は届かない。だから早すぎても駄目なのです。魔王が外に出た瞬間を狙わなければいけない。遅すぎたら手遅れになる。今度こそティアの心は魔王によって壊され支配されてしまう。ティアの身も心も魔王になってしまえば誰も止められない。世界中の魔術師たちが抵抗しても無駄でしょう。この世の終わりだ。」 「そんな重大な責務を俺に任せるというのか・・・。」 「早すぎても遅すぎても駄目、ここぞというタイミングはティアが教えてくれるはずです。ティアの心の声を聞くことが出来るあなたしかこの役目は果たせない。」 ユイハは真剣な眼差して訴えてくる。ティアを信じろ、おのれを信じろ、と。 なんの為に147年間も待ち続けたのだ。ようやくティアに会えるというのに何をためらう。 アルクは決心した。 「分かりました。やります。」 ユイハはそれを聞いて深く頷いた。 魔剣は来るべき時に備えるように神々しく輝いている。
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