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作品名:魔王の器候補は両性体 作者:雲のみなと

第55回   55
ユイハはアルクを連れてヘロン学校に立ち寄った。そこでミライという名の結界師と合流する。アルクとミライは初顔合わせだ。
「初めまして、ミライ・グリーヌと申します。私は2年前にこの学校に来たのでアルクさんとお会いするのは初めてですね。」
「初めまして、アルク・サンドラです。アルクと呼んでください。」
二人は挨拶をし握手を交わした。見たところこのミライという人物はユイハよりも年上のようだ。
「あなたとティアのことはユイハから聞いていますし、ローレイの遺言でも知っています。だから初めて会った気がしません。どうかティアのことは私どもにおまかせください。必ずやあなた方のことを守ります。」
「ありがとうございます。」
アルクはまた心強い味方を一人得た。

ユイハたちの後をアルクはついていく。辿り着いた先は白岩石で作られた教会。柱という柱には古代ヘロン象形文字が刻まれていた。厳かな空気に包まれた教会を奥に進んでいくとステンドグラスに覆われた部屋に辿り着いた。
その部屋の真ん中には美しい聖母の像があって、天井に飾られた窓から漏れてくるわずかな日差しが白像の肌に幾何学模様のステンドグラスの影を落としている。
ユイハは聖母像の目の前で跪いた。そして己の胸に手を当て聖母像に敬意を表した後、呪文を唱え始めた。アルクがその様子を固唾をのんで見守っていると突如、聖母像の足元の床がずずっと音を立てながらスライドし始めた。アルクは驚いて目を見張った。
「隠し部屋か・・・。」
スライドした床の下には階段があってそこから下に降りられるようになっている。
「アルク、私の後についてきてください。ミライはここで見張りをしていてくれ。」
「了解した。」
ミライは大きく頷くとその場に留まり辺りを警戒し始めた。
ユイハは当たり前のように階段を降り始めた。アルクもその後に続く。
長い石階段を下りていくとやがて石畳の部屋に辿り着いた。部屋の四方には明かりが灯されているから暗くはない。階段の上にいた時よりももっと厳かで張り詰めた空気が部屋を包み込んでいる。
部屋の真ん中には立派な剣が飾られている。いや、飾られているというよりは奉られていると表現した方がふさわしい。
「なんとも美しい剣だ・・・。」
アルクが剣に魅入られてように呟いた。
「この剣が魔王封じの切り札です。」
「これが・・・。」
アルクはなんとも不思議な気持ちになった。確かに美しい剣だ。でも奇妙なことに本来刃であるはずの所は銀色ではなく碧色に輝いている。それも透明感に溢れる碧色だ。鞘は豪華で精密な彫刻が彫られている。あまりの美麗さにこの剣は戦闘用でなくむしろ観賞用にさえ思えてくる。
「失礼ですがあまりに美しい剣なのでこれでは魔王に対抗出来ないように思えるのですが。」
アルクは心もとなくなって尋ねた。
「これは魔王を斬るものではなく突き刺すものです。魔王に突き刺すことさえ出来ればそれでいいのです。」
ユイハの回答にいまいち納得がいかないアルクは首をかしげた。ユイハはアルクの疑問に答えるかのように剣の刃にそっと触れた。そして刃に沿うように躊躇なくスッ・・・と指を引いた。
「ユイハ殿、何を!?」
アルクは慌てた。そんなことをしたら指が落ちてしまう。しかしユイハは平然として指先をアルクに見せた。指は落ちるどころか傷一つついていない。
「!?」
アルクは落胆した。見た目通りこの剣は見掛け倒しか。これがどう魔王封じの切り札になるというのだ。アルクの密かな失望をユイハは知ってか知らずか説明を続ける。
「この剣の刃は鉄で出来てはいません。隕石で出来ているのです。」
「なんと・・・!」
アルクは驚愕した。『隕石』は天から降って来る物体のことだ。実際に目にするのは生まれて初めてだ。
するとユイハは剣のすぐそばに寄り添うように置かれている握りこぶし大の石を手に取った。石は透明感で溢れる碧色に輝きそれは剣と同じ物で出来ているのは一目瞭然だ。
「どのようにしてその隕石を手に入れたのですか。」
「この隕石はジャポネ国の地下に長い年月眠っていたものです。」
「シャポネ国ですか。しかし隕石が採れるという話は聞いたことがない。」
ジャポネ国とはここからさらに東に進んだところにある島国。資源豊かな国だが隣接する大国にその資源を狙われず平和を保っている奇跡の国だと謳われている。
「それはそうでしょう。隕石が眠っていることはジャポネ国民さえ知らない。知っているのはジャポネ国の王族と我がヘロン国の魔術師たちだけです。とても厳しい箝口令が敷かれていてこの隕石のことを少しでも他に漏らしたら漏らした者もその話を聞いた者も即処刑されたほどです。」
「なぜそれほどまでに厳しい箝口令が敷かれていたのですか。」
「それはこの隕石が魔物の魂を吸い込み封印するからです。」
「なんですと!?」
アルクにはその話がにわかに信じられなかった。
「そんな奇跡がありえるのですか。」
アルクは震える声で尋ねた。ユイハは深く頷く。
「ありえるのです。現に私はこの目でこの剣に魔物の魂が吸い込まれる場面を目にしました。吸い込まれた魂は二度と外には出てくることはない。」
「その隕石にそのような力があろうとは。」
アルクは心の底から感激していた。まさしく人知を超えた奇跡であり神様がくれた宝物だ。
「はるか数百年前にジャポネ国に隕石が落ちたと思われます。幸いなことに隕石はそれほど巨大なものでなかった為に天変地異も起こることなくジャポネ国の大地に眠ることになった。それが今から5年前に偶然発掘された。」
「確かに巨大な隕石が落ちたらこの世界にどれほどの悪影響を与えたか、魔王が復活したのと変わりない。」
「えぇ、それが不幸中の幸いでした。大きさ的には馬一頭分ぐらいでした。しかしこの馬一頭分の隕石が計り知れないほどの恩恵をわれらに与えた。」
ユイハは身震いしながら話を続ける。この奇跡に歓喜しているようだ。
「どうしてその隕石に魔物退治の効果があると分かったのですか?」
「偶然です。2年前のことですがジャポネ国の王族に招かれた時に珍しい物が手に入ったから土産に持って行けと国王が一握りの隕石を私どもにくれたのです。」
「ジャポネ国王はその隕石に魔王退治の効果があると知っていてあなたたちに渡したのですか?」
「いいえ国王は知らなかったと思います。ただとても美しい石であったから私どもにくれたのでしょう。おもてなしとして。しかし私はその石を手にした瞬間、石の内側からとてつもないエネルギーを感じました。」
「その時に魔封じが可能なエネルギーだと確信したわけですね。」
「名だたる魔剣を百本集めても到底及ばないくらいの膨大なエネルギーでしたから。」
「それほどまでにですか。」
アルクも身震いした。
「私どもはすぐさまここに戻り、捕えていた魔物にその隕石を掴ませたのです。すると石は碧の輝きを増しあっという間にその身の中に魔物の魂を吸い込んでいったのです!」
ユイハはかなり興奮気味に説明している。
「私はすぐにジャポネ国王に連絡しこの隕石について何人たりとも他に漏らすことのないようお願いしました。この石に魔封じの力があると知った不埒な輩に奪われないようにする為です。金の為に盗掘されて外に持ち出されたら一巻の終わりです。二度と取り戻すことは出来ない。もっと最悪なのは魔物に奪われた時です。間違いなくこれを破壊しつくしこの世から消し去ってしまうでしょう。そういう最悪な状況に陥らないように箝口令を敷いてもらった。」
「そうですね。もし魔物の手に渡っていたらと思うとぞっとします。」
「ジャポネ国王は快諾してくれました。それどころかジャポネ国に残る全ての隕石を私どもに渡しこれを魔物退治に役立ててくれと言ってくれました。私どもは国王のお言葉に甘え隕石を持ち帰り逡巡しました。いかにしてこれを魔物退治に利用しようか。魔を退治するには魔の源である魔王を倒さなければならない。逆にいえば魔王を退治さえすれば魔物たちは存在を薄くする。この世界に及ぼす影響力は限りなく小さくなるのです。」
「魔王を退治する・・・。」
アルクはその言葉に引っかかった。魔王すなわちティアのことだ。ユイハはティアに何をするというのだ。アルクの表情が曇った。


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