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作品名:魔王の器候補は両性体 作者:雲のみなと

第54回   54
ティアの体の中に魔王の魂が封印されてから147年もの年月が流れた。
その間、世の中の様子はだいぶ変わった。まずは貯水設備が整い各家庭に水道管が通った。おかげでわざわざ遠くの川や湖に水を汲みに行かなくてもよくなった。電気も発明され電話が使えるようにもなった。魔電話のように使用する者の条件などないので魔力がない者同士でも会話が出来るようになり世の中がだいぶ便利になった。
いろいろなものが様変わりしていく。そんな時代の中にあってアルクだけはなにも変わらずにいる。その姿形もティアへの想いも。
アルクは不老不死となった為、年をとらない。だが周りの人間たちは普通に年をとりやがて天国へと旅立つ。アルクはその人たちを見送り続け孤独なままここまで生きてきた。


ヘロン魔法学校もだいぶ様変わりした。魔力を持って生まれてくる人間が年々少なくなってきている。それに伴い魔法学校も生徒数が減少していった。
以前は全校生徒合わせれば200人弱いたけれど現在は100人にも満たない。魔物退治を行う優秀な魔術師たちを輩出するヘロン学校には国から補助金が出ていたがそれも今では半減されている。
こんな状況下では広大な敷地面積を誇る学校を経営していくのが困難になり土地を売却することにした。それが8年前のこと。
売却された土地は市民の憩いの場の大きな公園となり、日々家族連れや子供たちで賑わっている。
ちなみにカウナとヨハイが住む森はそのまま残された。カウナとヨハイは今ではすっかり大勢の人間たちと親し気に接している。
というのも公園に遊びにくる子供たちがカウナとヨハイに懐いてしまったのだ。元々母親だったカウナはすぐに人間の子供たちと打ち解け、今では忙しい母親たちから子守を頼まれるほど。それはカウナにとってとても幸せなことだった。
ヨハイの周りにも子供がまとわりついて遊ぼう遊ぼうとねだってくる。ヨハイは「面倒くさい」だの「ガキは嫌いだ」だのとぶつくさ文句を言いながらもなんだかんだ子供たちの面倒をみている。まんざらでもないようだ。
カウナもヨハイも我が子や恋人を魔物に殺された悲しくて辛い過去がある。しかし今はそれを乗り越えて穏やかな気持ちで毎日を過ごしている。

現在のヘロン学校は以前校舎があった場所から20km東に移転して現在は小さな森の近くに新たな校舎を建て魔術の授業を続けている。
ちなみにカウナとヨハイは今でも週一のペースでヘロン学校に出向き、戦闘訓練に協力している。以前の校庭と比べれば3分の1程度の規模しかないが生徒数から見れば十分だ。
現在校長を務めるのはユイハ・ハミルトンという攻撃系の魔術師だ。中肉中背で物腰が柔らかく見た目は魔術師というよりは品の良い紳士という印象を受ける。設立者ローレイから代々受け継がれたこの魔法学校を守るために日々奮闘している。

アルクは年を取らない。だから一つの町には留まれない。一か所に長く留まると年を取らないことが周りの人間にバレてしまう。
だから一つの土地で長くて10年過ごして10年経ったら他の土地へ引っ越す。そこで10年過ごしまた引っ越すを繰り返してきた。
そうやって世界中を転々としてきたのである。引っ越す時はもちろんティアも一緒だ。眠るティアの体を馬車に乗せ、あるいは列車や船に乗せあらゆる場所を旅した。
そんな生活を繰り返すアルクに対してユイハはティアと共にヘロンに戻ってきたほうがいいと何度も忠告している。
アルクとユイハは面識があった。ヘロン学校の校長になった者には代々受け継がれる使命がある。
それはローレイの遺言であり『アルクとティアを常に見守り何があっても二人を守ること。アルクとティアを二度と不幸にしてはならない。』というものだ。故にユイハもこの使命を守りアルクと連絡を取っているのだ。
ローレイの遺言書には過去にアルクとティアの身に起こったこと、ティアの体の中には魔王がいることがこと細かに書かれている。
校長や教頭になる者、教師になる者たち全員がその遺言書を見て、アルクとティアのことを心に刻むのだ。故にユイハはアルクのことがとても心配だった。もし万が一結界が崩壊したらアルク一人で対処出来るはずがないからだ。
「今すぐにでも我々の元に戻ってきてください」と何度頼んだことか。だがアルクはその度に拒否した。世界中にどれだけの魔術師がいても誰一人ティアを魔王から解放出来ない現実。
アルクは魔術師への不信感がどうしても拭えなかった。他人のせいにしても何も解決しないのは分かってはいるのだが。
それでもユイハがあまりにも熱心にヘロンに戻ってきて欲しいというのでようやくひと月前にヘロンに戻った。ユイハにティアの様子を定期的に見せているので以前ヘロンに来た時から数えたら3年ぶりだ。

アルクは仕方なしにヘロン学校からそう遠くない空き地にポツンと放置されていた空き家に住むことにした。
そこに住んで一か月になるのにいまだにカーテンも家具もない。実に殺風景な部屋だ。部屋の片隅にはまたいつでも引っ越せるようにと鞄の中に服がまとめてある。その他にあるのはベッドの上に大切に置かれて眠るティアだけ。
アルクは無言なまま帰宅した。夕食を買いに行っていたのだ。夕食といっても固いパンと牛乳だけ。前の住人が置き去りしていった古ぼけた木のテーブルにパンと牛乳を並べ、まずはパンを口に運んだ。味がしない、というより感じない。147年も食べ続ければさすがに飽きるというもの。
「はぁ・・・。」
アルクは乾いたため息をついた。この味気ない暮らしを納得させる為に飽き飽きのパンを牛乳で無理やり喉の奥に流し込む。

その夜アルクはいつもと同じようにティアのベッドの横の床に敷いた布団にもぐりこんだ。布団を外干ししないのでかび臭い。しかしアルクは眠れさえすればそれでいいので気にしなかった。
浅い眠りに堕ちたアルクは夢を見ている。夢を見ることにさえ飽きているけれど。

しかし今宵はいつもの夜と全く違った。奇跡が起こったのである。夢の中にティアが出てきたのだ。それも眠っているティアではなく元気な姿の時のティアだ。ティアは美しいエメラルドグリーンの瞳を潤ませている。
「ティア!!目が覚めたのか!」
アルクは喜びを爆発させティアを抱きしめようと駆け寄った。だがティアは悲しそうな表情で一歩後ずさった。
「ティア・・?」
アルクはティアに拒絶されたようで酷く傷つく。するとティアはあまりに思いがけないことを伝えてきた。
「もうすぐ結界が破られてしまう。魔王を封じ込めておこうと今まで頑張ってきたけれど魔王の力はあまりに強すぎてもう結界が持たない。お願いアルク!私の周りに魔術師たちを集結させて!魔王が結界を破ったらすぐにまた封印して欲しい。魔王がもし外に出たら今度こそこの世界は魔王に支配されてしまうわ。この世界を魔王の好きにさせたくない!だからお願い!!」
ティアの悲痛な叫び声がアルクの胸を貫いた。

「ティア!」
手を伸ばした先には天井があった。夢から覚めたのだ。とてもリアルティーがある夢だった。体中に脂汗を掻いている。夢だけど夢ではないと思った。これはティアからのメッセージだと直感した。近い将来起こる現実だ。
「こうしてはいられない!」
アルクは飛び起きベッドの上のティアを見た。やはり眠っている。そのことにがっかりした。もしかして目覚めたのかもしれないと一瞬期待したのだが・・・。
だが今は落胆している場合ではない。アルクはユイハの家に向かうことにした。電光石火の早業で服を着替え家を出る。

空はまだ夜明け前で暗かった。風もすこぶる冷たい。アルクは明かりのない道を駆け抜けユイハの屋敷の前に辿り着いた。ユイハの家はヘロン学校のすぐ裏手にある。
ドンドン。
アルクは玄関のドアを乱暴に叩いた。やがて扉が開いた。中から一人の恰幅の良い男性が不機嫌さを露わにして出てきた。
「こんな朝早く誰ですか。あまりに非常識ですよ。まだ朝の4時ではないですか。」
男性はユイハの家の使用人だった。眠たそうに瞼をこすっているのは無理もない。だがアルクはそんなことを気にしている暇はない。
「今すぐユイハ殿に知らせたいことがあるのです。ティアの結界がもうすぐ破られてしまう。」
「!!」
使用人は一気に目が覚めたようだ。どうやら事情は知っているらしい。
「すぐにユイハ様を呼んでまいります。」
これは一大事だと使用人は家の奥へと消えていった。ほどなくしてユイハが現れた。寝起きなんて微塵も思わせない爽やかさだ。
「結界がもうすぐ破られるとティアが言ったのですか?」
「はい、先ほどティアが夢に出てきて言ったのです。もうすぐ結界が破られる。今まで耐えてきたけれどもう持たない。自分の周りに魔術師たちを集結させて再び魔王を封印して欲しい。この世界を魔王の好きにさせたくない、と。」
「分かりました。それはティアの伝言に間違いありません。今すぐ選りすぐりの結界師、及び攻撃系を世界中から招集します。だからアルクは心配しないでください。」
ユイハの心強い言葉でアルクはひとまず安心した。
「とにかく中へ入ってください。温かいコーヒーをお出ししますので。」
ユイハはアルクを労ったつもりで勧めたがアルクはそれに苛立ちを見せる。
「そんな悠長なことしている場合ですか。一刻も早く魔王を再び封じ込める作戦を練らないと!」
結界が破られたらティアはどうなってしまう。今度こそ魔王に乗っ取られてしまうのではいか。アルクはそればかりが気になってコーヒーなど優雅に飲んでいる気分にはなれなかった。そんなアルクの焦りをユイハは察した。
「私どもはこういうことがあろうかと以前から準備を整えていたのです。だからアルクが案じる必要はありません。」
「準備?」
「はい。それは後程お見せします。だから今は一時でも心と体を休めてください。それに私どもはアルクとティアを命がけで守るようにとローレイから言われています。だから・・・。」
「ローレイさんから・・・?」
意外なことを今知った。
「ローレイの遺言なのです。『アルクとティアのことをなにがなんでも守ること。二度と二人を不幸にしてはならない。』これがローレイの遺言です。だから私どもは全力でアルクとティアを守り抜きます。この世界を魔王の好きになんかさせません。だから安心してください。」
「ローレイさんがそんなことを・・・。」
アルクの胸に熱いものがこみあげてきた。同時に魔術師たちへの不信感が少しづつ薄れていくのを感じた。
「中へどうぞ。少し休んでください。」
「ありがとうございます。」
アルクはユイハの厚意に甘えることにした。客間に案内されるとすぐに使用人が温かいコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとうございます。」
「いいえ、ごゆっくり。なんなら客室でひと眠りなさいますか。まだ朝の4時過ぎなので眠いでしょう?」
使用人は軽く嫌味を言った。朝早く起こされたのを根に持っているのだろうか。
「すみませんでした。」
アルクは恥ずかしそうに頭を掻いた。それを見たユイハと使用人は柔らかな笑みを浮かべる。アルクは思った。この人たちに任せれば何もかも上手くいくと。
コーヒーを飲み終えたら、それを待っていたかのようにユイハが切り出してきた。
「太陽が昇ったら案内したい場所があります。ついてきてくれますか。」
「もちろん。」
アルクは深く頷いた。


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