「あの町は平和過ぎて退屈だ。それにティアがいないんじゃあの町にいる意味ないしな。それにしても眠っていても綺麗な女だな。これで半分男なんて信じられるか?俺がティアを女にしてやりたかったがこうなってはどうすることも出来ないな。寝ている女にことを致すなんて俺の趣味じゃないし。」 「貴様・・・!」 ラッセルの軽薄な言葉にアルクの堪忍袋が切れるまであと一歩だ。アルクはラッセルを睨み付けその胸倉を掴んだ。だがラッセルは涼しい顔をしている。それどころか。 「そうこなくっちゃな。」 とニヤリと笑った。ラッセルの欲しかった反応をしてしまったことがなんとも悔しいアルクは掴んでいた胸倉を離しティアに向き直った。それにつられるようにラッセルもティアを見つめた。 「なぁアルク・・・。」 「なんだ。」 「お前は信じられないかもしれないが俺は俺なりにティアに対して本気だったんだぜ。」 「貴様が?」 「俺の両親というのが酷い親でさ。父親はあっちこっちに女を作り、家に全く帰ってこない。たまに気まぐれで帰ってきたかと思ったら浴びるほど酒を飲んで俺や俺の母親を殴る蹴るだ。母親も母親でその鬱憤を晴らすかのように俺に辛く当たる始末さ。『お前がお腹に出来なかったらあんな男と結婚しなかったのに!』てさ。あげくの果てによその家庭の旦那と出来ちまいやがって俺を捨てて駆け落ち。笑えるだろう?」 「・・・。」 「父親も全く帰ってこなくなったし晴れてめでたくストリートチルドレンになった。毎日がその日を生き抜くのに精いっぱいで糞みたいな人生さ。その時俺は心に固く誓った。誰も信用しない。俺一人の力で生き抜いて見せるって。そして俺を捨てた両親を見返してやるって。」 「・・・見返してやることは出来たのか?」 「いや、いまだにどこでどうしているか分からん。もうとっくにくたばっちまったのかもな。まぁ俺には関係ないけど。ストリートチルドレンをしている俺はある日役所に保護されて孤児院行きだ。幸い俺は運動神経は抜群で頭もいい、おまけに顔もいい俺は騎士になることを勧められて独学で学びめでたく騎士となったわけ。」 「自分で顔がいいとか言うなよ。」 「まぁ顔がいいのは本当のことだからな。この顔で女を騙して男に取り入って出世街道まっしぐらさ。でも・・・。」 「でも?」 「その日暮らしの雇われ騎士になって自由気ままに世界中を旅しているのにちっとも心が満たされないんだよ。」 「・・・・。」 「俺は何物にも執着しない。女にも男にもな。だって執着して何になる?どうせ裏切られて捨てられるだけだ。」 「だから根無し草をやっているのか。」 「そうだ。だがティアと出会って初めて他人に執着したいと思った。こいつが欲しいと思った。だって初めてだったんだよ。」 「なにが・・・。」 「他人からお前の居場所はここだと言われたのがさ。」 アルクはそんなことがあったか?と過去を遡る。 「ドムナがタクトの湖を汚染しているのを見て見ぬふりをしたことをティアに咎められたことがあっただろう?」 「あぁ、あの時。」 「あの時、ティアは『半年もここにいるならもうあなたはここの立派な住民だ。住民なら他の住民が困っていたら助けなさい!見捨てるな!』と叱ってくれただろう。あの時俺は嬉しかったんだ。ここがお前の居場所だと言ってくれたような気がして。俺は誰かに必要とされているんだと初めて思えた。」 「そうだったのか・・・。」 「この先こんなことを言ってくれる人には出会えない。」 「そんなことないさ。お前が誰かを必要とすれば必ず誰かがお前を必要としてくれる。まずはお前から心を開かないと誰もお前の気持ちを知らないままだ。」 「・・・まぁそれはそうかもな。」 ラッセルが感慨深げに呟いてそれっきり黙りこくってしまった。アルクもそれ以上何も言わない。静謐な時間がどれだけ流れただろう。 「さてと。」 突然ラッセルは立ち上がった。 「これからどこへ行くつもりだ。」 「さぁね、風が向くまま気が向くまま適当に流れていくさ。お前とも二度と会うこともないとは思うけど、まぁ達者でな。」 「あぁ。お前もな。」 「・・・ティアが目覚めるまでずっとそうしているのか。そう内、尻に根っこが生えるぞ。」 「余計なお世話だ。」 アルクが苦笑いし応えた。それを見てラッセルは安堵した表情を一瞬見せる。 「まぁいつかはお前の大切なお姫様も目を覚ますさ。その時まで死ぬなよ。」 「お前もな。」 ラッセルは背中越しに手をバイバイと振りながら立ち去って行った。残されたアルクは心なしか寂しそうに呟いた。 「死ぬなよ・・・か。」
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