突如、校庭に一陣の風が吹いた。生徒たちは埃っぽい風に思わず目を瞑った。風はすぐに収まり目を開けるとそこにはヨハイが立っていた。 「!!」 生徒たちは恐怖のあまりに思わず後ずさった。何度もヨハイ相手に訓練しているのにまったく慣れない。そんな生徒たちの中にあってティアだけはヨハイを間近で見ても怯えることなくただ見つめている。その瞳に恐怖の色はない。 ヨハイはティアに気づき目を細めた。 「ほほぉ。新入りか。俺の姿を見て怯えないとはなかなかいい度胸しているな。」 ヨハイのどすの効いた低い声が響いた。そこでドルーはおもむろに指示を出す。 「カイトとティアから始めるぞ。前へ出なさい。」 「えぇ俺とティア?やだよぉこんな男女。頼りないよ。結界師を他の奴に変えてよ。」 名指しされたカイトが唇を尖らせてブーブー不満を言い始めた。 「せいぜい俺の足を引っ張るなよ。」 カイトは尊大な態度でティアに文句を言うと前に進み出た。生徒たちは遠くから闘いを見守ろうと後ろに下がっていく。ティアは申し訳なさそうにカイトの後をついていった。 するとヨハイは耳元まで裂けた唇をニヤッと歪ませて 「小僧、お前は何も分かってないな。そんなこと言えるのも今のうちだ。」 意味深なことを言い放った。 「?」 カイトは何を言われたか分からなくてきょとんとしている。その時である。なんの予告もなく突然ヨハイは高く高く舞い上がった。 「!?」 あっけにとられるカイトたち。次の瞬間ヨハイはものすごいスピードでカイト目がけて急降下してきた。 「!!」 あまりに急なことでカイトは驚きと恐怖のあまり体が固まってしまっている。思考回路が停止してしまったのだ。ドルーが身構える。いざという時生徒に危害を加えられないように。 ヨハイはものすごいスピードで急降下してきた。 「あぶない!!」 「ぶつかる!!」 生徒たちは思わず目を瞑った。しかしなんの衝撃も余波も来ない。不思議に思い恐る恐る目を開けるとそこにはカイトの体を包み込むように結界が張り巡らされている光景が広がっていた。 「!?」 カイトは驚きのあまり腰を抜かして地面に座り込んでいる。その周りで結界がピリピリと音を立てていた。 ティアの仕業だった。とっさに結界を張ったのだ。ヨハイは結界におのれの体がぶつかる寸前に飛びのいた。ティアの真剣な表情を見たヨハイはまたしてもニヤッと笑った。そしておもむろに結界のすぐ傍まで歩み寄ると結界に触れようと手を伸ばした。 バチバチバチ・・・ッ。結界がヨハイに反応して電気のようなものをスパークさせた。ヨハイは思わず後ずさった。生徒たちもドルーもヨハイが後ずさるのを初めて見た。 結界は素晴らしく強靭でその中に魔力を塵ほども通さない。 「これほどの結界はそうそう見たことがない。さすがだな。」 ヨハイが嬉しそうにティアを褒めた。予想もせずに褒められたティアは嬉しくなって微笑んだ。 「ありがとうございます。」 生まれて初めて他人から認められた気がする。相手は魔物であるけれど。ドルーは感心したようにティアの元へ歩み寄った。 「ローレイ様に聞いてはいたけどまさかここまでとは。10歳でこの魔力、この結界。先が楽しみだな。」 ドルーはティアをまじまじと見つめる。生徒たちが一斉にティアの所へ駆け寄ってきた。 「すごいじゃんティア!こんな強い結界を張れる人は上級生でもなかなかいないよ。」 「本当に10歳?年齢ごまかしていない?」 「今度俺と組んでよ。」 「いやいや、私と組んでティア。他の男じゃ頼りないから。ティアと組めば心強いわ。」 クラスメイトが目を輝かせながらティアを尊敬のまなざしで見つめ、自分とパートナーを組んでと頼んでくる。 ティアはとても嬉しかった。一気にクラスメイトに受け入れられたような気がしたし何よりこんな自分でも皆の役に立てるんだなと思えたから。
しかしそんな光景を一番後ろで面白くなさげに見ている二人の女がいた。この二人の女は結界系だ。つまりティアと同じ能力を持つ者。 今、ティアを憧憬のまなざしで見ているのは攻撃系や治癒系、透視系、操作系の者たちばかり。彼らはティアのような有能な結界師と組めば自分の身の安全度は格段に上がるし魔物退治もやりやすくなる。ティアが守ってくれるとなれば魔物が現れても安心だ。 要は結界系の二人の女『コナー』と『ミズリー』はティアに嫉妬したのである。 入学早々こんなすごい結界を見せつけられたら自分たちの立場がない。名門ウィルソン家の出だというのにティアの結界の半分以下の強度しか作り出せない。何度カウナやヨハイに結界を破られたか数え上げたらきりがない。共に13歳のコナーとミズリーのプライドはズタズタになった。 「なによ、出来損ないの両性体のくせに。」 「せっかく仲良くしてあげようと思っていたけどやめた。あんな生意気な奴。」 コナーとミズリーは苦虫を噛み潰したような歪んだ表情でティアを妬んだ。 それがティアにとって運が悪かった。一度はクラスメイトとうまくやっていけそうなだと思ったけれどその期待は儚く崩れ去った。ティアはクラスメイトの中で一人、浮いた存在になってしまったのである。
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